第5話 強くなりたい
今でもときどき夢に見る。
圧倒的な力の前に、大切なものを奪われてゆくあの光景を。
お父さんも、お母さんも、優しくしてくれたお店の人も、仲の良かったみんなも。
私の尊厳さえも。
何もかもあのプレイヤー……ランリバーに奪われた瞬間を。
憎い。
あの男を千度切り刻んで千度殺しても足りないほどに憎い。
けれど、私にはどうすることもできない。
それに、今の私には大切な人がいる。
守られてばかりだけれど、私も守りたい人が。
お姉さまなら、ひょっとしたらランリバー相手でも負けないかもしれない。しかし、私の復讐に巻き込みたくはない。
だからこそ願う。
――強くなりたい、と。
*
「強くなりたいの?」
「はいっ! どうすればお姉さまのように強くなれますか?」
「うーん……僕はここで生活してたらいつの間にか強くなってたって感じだからなぁ……」
NPCとプレイヤーのレベリングは全く異なる。
プレイヤーは敵を倒せば経験値が手に入り、規定値に達すれば『レベルアップ』する。
極めて単純で達成しやすい修業方である。
しかし通常のNPCは、敵を倒しただけで強くなりはしない。
鍛練、精神的成長、思考力の向上。
様々な要素が組合わさって初めて『レベルアップ』するのだ。
なので、NPCでありながら高レベルの者は総じて長命な傾向にある。
仮にカリニャンがプレイヤーのコハクほど強くなるとすれば、本気で修業しても100年近くはかかるだろう。
「一応聞くけど……なんで?」
「それは……その」
「答えたくないなら今はいいよ。でも、いずれ気が向いたら聞かせてほしいな。僕はもっとカリニャンのこと知りたいしね」
コハクとて、カリニャンがただ思い付きで強くなりたいと言っている訳ではないくらい察している。
けれど、コハクにも話せない事情があるならば今は無理して聞く必要もないだろう。
けれど――
「いえ……全部話します。私がお姉さまに拾われる前のことも、全部――」
カリニャンは、全てを包み隠さず打ち明けた。
ランリバーというプレイヤーに家族を奪われ、飼われていたことも、使えないからと殺されそうになったことも。
「私にはもう、お姉さましかいないんです。お姉さまにまで見限られてしまったなら、私もう……」
「大丈夫、見限ったりなんてしないよ。カリニャンはいっつも頑張ってくれてるんだから。僕だって、カリニャンには秘密にしていた事もある」
「お姉さまの、秘密……?」
カリニャンにとっては覚悟の告白だったのだろう。ならば自分もそれに応えなくてはいけない。
コハクも、覚悟を決めて秘密を打ち明ける事にした。
「ずっと話すのが怖かった。
……実は僕もね、侵略者なんだ」
「っ!? お、お姉さまが……?」
「うん。今まで黙っててごめん」
カリニャンにとってプレイヤーとは、唾棄すべき対象であり激しく憎んでもいる。
それが、実は最愛の人の正体だったならば……
コハクは、カリニャンがプレイヤーを憎んでいる事に気づいてはいた。
しかし、嫌われるのが怖くてずっと秘密にしていたのだ。
「ごめん……僕のことを嫌うならそれでもいい。ここで暮らすのが嫌なら街まで送る」
「いいえ……お姉さまなら、大丈夫です。私が憎んでいるのは、ランリバーのようなプレイヤーのみです。
お姉さまは私のことを大切にしてくれました。私を守ってくれて、それにこんなに気にかけてくれています。そんなお姉さまを嫌えるはずないじゃないですか!」
「カリニャン……」
プレイヤーとNPC。
プレイヤーは現実世界の住民で、NPCは架空の世界の住民。そこに意思や感情はなく、人工知能によってそうあるように振る舞っているだけ。
そう、誰かが言った。
しかし、コハクはそうは思わない。
カリニャンたちにとっては、この世界が現実なのだ。
カリニャンたちには感情も意思も愛だってある。そう確信している。
この世界は、現実と何も変わりはない。
「カリニャンは……強くなりたいんだよね?」
「はい。お姉さまを守れるくらい、誰にも負けないくらい強くなりたいんです!」
「……手っ取り早く強くなれる方法がある、と言ったら?」
「ほんとですか!? やりたいです!!」
「まずは話を聞いてから考えて。僕はカリニャンのことを縛りたくないんだ――」
この世界はゲームだ。
敵を倒せば経験値が手に入り、規定値に達すればレベルが上がる。
レベルが上がればスキルを獲得したり、身体能力や魔力が向上し戦闘に有利になる。
だが、このシステムが適用されるのはプレイヤーのみ。
NPCが魔物を倒しても経験値はほぼ入手できない。NPCで高レベルの強者は、よほど大量の魔物を倒した……もしくは日々の鍛練を途方もない年数継続した者に限られる。
ただし、ひとつだけ例外がある。
プレイヤーの『パーティーメンバー』に加入している事だ。
パーティーメンバーに加入しているNPCは、プレイヤーと同様に敵を倒せば経験値が手に入る。
比較的簡単にレベルアップができ、場所によっては一月ほどでレベル50も上げる事だってできるのだ。
普通なら年に1~2もレベルが上がれば良い方なのに、である。
ただし欠点もある。
『パーティーメンバー』になるという事は、リーダーのプレイヤーには絶対服従させられてしまう、ということでもあるのだ。
「――私、お姉さまになら縛られても構いません。私にはお姉さましかいないんです。だからどうか……」
「……わかったよ。手、出して」
「……? はい」
差し出されたカリニャンの掌の上に、二回りも小さなコハクの手が被さった。
すると、数秒淡く輝き……やがて光は消えた。
痛みはない。特に何も変わった感じはしない。
「これでカリニャンは僕の〝パーティーメンバー〟になった」
「これだけでいいのですか?」
「うん。今のカリニャンは僕に絶対服従の状態。でも、僕は絶対にカリニャンに命令なんかしないし、意思を尊重するよ」
「ふふ、だから私はお姉さまのことが好きなんです」
この繋がりを、カリニャンは一生大切にするだろう。
そして、これでコハクを守れるくらい強くなれる。
「早速だけどカリニャン。〝レベル〟、上げてみる? 初めてだからいろいろ大変かもだけど」
「もちろんです! 私こう見えても魔物を倒した事だってあるんですよ!」
異形とはいえ、生き物を殺す事にはそれなりの精神的なハードルがある。
しかしカリニャンは住んでいた集落を守るために、比較的弱いとはいえ魔物を何体か倒した経験がある。
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称号:邪神の狂信者
名前:カリニャン
Lv10
性別:♀
種族:白猫族
異質技能
【蕃神之寵愛】Lv繧ォ繝翫Φ
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カリニャンのレベルは10。
これでも、平凡なNPCよりは強い方だ。
だがしかし、この〝魔境〟では赤子と大差無い。
ここでは比較的弱いヒダルガミでさえ、レベル60は下らない。
そこらを歩けばレベル100超えの魔獣に当たる事もざらにある。
レベル100超と言えば、街ひとつ簡単に消せる怪物だ。
プレイヤーの中でも上澄みな層でなければまともに対処することさえ難しく、時には『レイドボス』として討伐クエストが発注される事だってある。
それが、ここでは虫のようにそこらじゅうに生息している。
たかが10レベルのカリニャンは、最下級の中でも更に下。
羽虫と同列と言っても過言ではない。
しかしカリニャンには、魔境でも最強格の生物が味方についている。
故に、カリニャンが最も手っ取り早く強くなる方法。
それは――
「それじゃ早速、今からカリニャンの手で100レベル超の魔獣を倒してもらうね」
「え? ……ええぇぇぇ!?」
――超超超格上を倒す事なのである。
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