第46話 NPCなんかに
その少年を一言で表すならば、漆黒であろうか。
漆黒の髪を束ね、隻眼を漆黒の眼帯で隠し、漆黒コートに身を包む。
「くひゃはははははは!!! ボクつえええええええ!! このナギサ様に怯え平伏しろ雑魚ども! 頭が高いぞ!!!!」
漆黒の少年――
彼はこの世界で『ナギサ』と名乗っていた。
「闇の焔に焼き尽くされろぉ!」
ナギサは逃げ惑う村人たちの背中に漆黒の炎を放ち、次々に消し炭にしてゆく。
阿鼻叫喚がこだまし、地獄がそこにはあった。
『LEVEL UP!』
ピロンっと、レベルが上がった事を通知するメッセージが視界の端に浮かんだ。
「さっすがランリバーさんの〝技能〟。レベルアップ速度がダンチだね」
魔物のみならず弱いNPCを日夜問わずひたすら狩り続け、ナギサのレベルは200台にまで到達していた。
ヴォルヴァドスを始めて2年、ナギサは1度もゲームオーバーになったことがない。
強敵には挑まない。
――だって万が一負けたらダサいから。
それがナギサのモットーであった。
黙々と延々と雑魚狩りを続けること2年。レベルが100に到達した頃のこと。
「お前珍しいスキル持ちだな。どうだ、俺のパーティーに入らないか?」
金髪の青年――
日本人のヴォルヴァドスユーザーならば知らない者はいないと言われるほどの強者――ランリバーに勧誘されたのだった。
そこからは凄まじかった。
【獲得経験値×10】
【レベルアップ速度×5倍】
レベル10以下のNPCどもの村を焼き尽くすだけで、一気に15も上昇することもあった。
ランリバーがパーティーメンバーにのみ付与できるこの二つの技能の効果により、ナギサのレベルは短期間で倍以上にまで伸びる。
現在のレベルは243。ちなみに称号は【漆黒の帚星】。
このゲームのほぼ全てを蹂躙できうる力をナギサは持っていた。
そんなナギサの脳裏にとあるNPCの姿が浮かぶ。
――墓守の白獣姫
最近巷で噂のレイドボスである。
彼女はレイドボス、とありながら極めて温厚で会話も成り立つというやや異質な存在だ。
たまに街中に出没することもあり、その際には呑気にプレイヤーと2ショットを撮ってあげたりとファンサも完備している。
――気に食わない
ナギサがまだレベル100前後だった頃、1度だけ白獣姫に戦いを挑んだ事がある。
街中で歩いている所を死角から襲ったのだ。
しかし、攻撃はあっさりと受け止められそのまま一撃喰らって危うくゲームオーバーになりかけた。
それからだ。
ナギサは墓守の白獣姫が恐ろしくてたまらなくなったのだ。
だが、今のナギサはあの頃よりも遥かに強い。
――今ならあのケダモノにも負ける気はしない。あんなのはレベルにかまけただけのデカブツでしかない。
ナギサの脳内では、仮にカリニャンと戦った場合ナギサが勝利することは確定しているのだ。
「よぉナギサくん。ちょっとおつかい行ってきてほしいんだけどいいか?」
「おつかい、すか?」
そんな絶好調のナギサに、ランリバーがある頼み事をした。
「そ。凶級レイドボス――〝蒼天の彗恵龍〟の討伐だ」
†
ナギサの刀を受けとめ、睨み付けるジン。
「……念のため聞くぞ。おれの友達を傷つけたのはお前か?」
「友達? ああそうか、そういう設定ね。運営も泣かせること考えるね。
……そうだよ、君のお友達はボクが殺した!!」
「そうか……死ねっ!!!!」
ジンの握る剣が突如として金色に輝いた。
それを見たナギサは、バックステップで逃れる。
――レベル……198か。まあまあ高いね。けどまあ、今のボクにとっては多少強いだけのただの雑魚だ。
「可哀想だしハンデとしてこの刀は使わないでおいてやるよ。
さて、起動……【魔獣狩り・〝人面獅子〟】!!」
ナギサは瘴禍刀を鞘に収めると、別の短剣を取り出し突きつけ――
「っ!?」
巨大な黒光りする蠍の尾部が、短剣の形を変えて解き放たれる。
蠍の尾は凄まじい速度でジンへと迫る――が、ジンはこれを剣でいなしそのまま切断した。
「その程度か?」
「……ふーん、雑魚にしてはやるね。それじゃこれはどうかな?」
その瞬間、ナギサの持つ武器やその周囲からさまざまな魔物やその一部が顕現しジンに襲いかかった。
大蛇の頭、蝙蝠の大群、狼の牙、雷鳥の翼、ドラゴンの巨腕――
「どうだ! これがボクの技能【魔獣狩り】の力だ! 過去にボクが倒した魔物の力を引き出せるこの力っ! ドラゴンを倒したこともあるこのボクに恐れおののくがいい!!」
ありとあらゆる無数の魔物の群れに襲われるジン。
だがジンは、それらにいたって冷静に対処しいなし全てを打ち払ってみせた。
「これだけか? 単調だな」
「……っ!? 図に乗るなよクソガキが、まだこれからだ! 来い瘴禍刀!!」
先程はハンデとしてしまっていた刀を取り出し、ナギサは怒りのままにジンへと大振りに斬りかかった。
しかし
「これだけ?」
ジンはものともせず、ナギサの一撃を相殺した。
ナギサは強い。レベル243から放たれる攻撃力は伊達ではない。
――だが、それだけだ。
「ごがっ……!?」
ジンの一太刀が、ナギサの無防備な胴体を切り抜いた。
「隙だらけだよ、プレイヤーさん」
「ごの゛っ――」
大きく怯んだナギサへ、ジンは更に追撃を仕掛ける。
攻撃されまいと魔物の一部を召喚し防御を試みるナギサだが、それらは全てジンの金色に輝く剣により紙切れのように切り裂かれてしまう。
ジンがレベル200寸前で手にした新たなる技能――
【断鉄】
斬撃系の攻撃力が大幅に上昇し、魔法やデバフなどの物理的でないモノさえ切断できるまさに〝剣豪〟の力。
それだけではない。
ジンの師匠はカリニャンだ。魔境でその身一つで歴戦の魔物たちを1年間屠り続けてきた猛者である。
そして最近は旧き神たるアイリス、コハクやヒスイにも模擬戦をつけてもらっている。
そんな圧倒的格上との稽古で培われた経験。
それは技能やレベルといったステータスに反映される数値だけでは推し測れぬ、ジンそのものの〝技量〟として確かに蓄積されている。
「な、なんでこのボクがっ……こんな格下のっ、レベル200も無いNPCなんかにっ……!」
ジンの現在のレベルは198。
にも関わらず、剣戟を交わすことさえままならぬまま、ナギサはほぼ一方的に攻撃を喰らい続けていた。
魔物の持つ治癒能力で辛うじて致命傷だけは避けているが、それも時間の問題である。
ジンとは違い、ナギサに技量と呼べるものは無い。
遥か格下ばかりが相手であり、なおかつ己の技能とレベルによる高ステータスに任せっきりの戦いしかした事がないのだ。
ジンとナギサでは、レベル差40程度では埋まらぬ〝差〟がある。
このままでは、ナギサは負ける。
死亡になってしまえば、ナギサのレベルは半分になってしまう。
何より、今まで死亡したことがないという誇りに傷がつく。
それだけは、それだけは避けなければならない。
「クソっ……こうなればっ!!」
――ナギサの切り札。
なるべく使用を避けていたが、やむを得ない。
「このボクを怒らせたこと、後悔させてやる! 【禁龍化】――っ!!」
ナギサの肉体が、黒く黒く変貌してゆく。
肌を鱗が覆い、額からは長い1本角が伸び、長い尻尾が生えてきた。
人型のシルエットは留めながらも、全く異質の……言うなれば〝龍人〟であろうか。
【禁龍化】
それは、ナギサが過去に倒した全ての魔物の力を己の肉体に宿すこと。
ありとあらゆる魔物の能力と力が集約され、ナギサのレベルは一時的とはいえ飛躍的に上昇した。
「くくく、はっはっはっ! これがボクの真の力だ!!!」
「っ!!」
ナギサのただの技量もない一撃が、ジンの肩を抉った。
その身体能力はそれまでとは比較にならないほどに向上しており、ジンの反応が一瞬遅れてしまうほどであった。
――Lv313
ナギサの猛攻がジンを襲う。
だが、パワーが増して速くなったとはいえ動きはそれまでとは変わらない。
辛うじて、ジンはナギサの猛攻を耐えていた。
「どうしたどうした! さっきまでの威勢が見えないなぁっ!!」
「ぐうっ……!」
一撃、ジンは瘴禍刀による攻撃を脇腹に喰らってしまった。
ジンの手傷は増える一方で、ナギサの強固となった龍の身体はあらゆる攻撃を弾いてしまう。
「いい気分だ! 戦いとはこうでなくっちゃあね! 今のボクは最強だ!! 君は凶級レイドボス以上の隠しボスだったみたいだけど、それでもボクの方が強い!」
ハイになったナギサは、ゲラゲラ笑いながら独り言を吐き出しつつジンを甚振ってゆく。
ジンも負けじと必死にナギサの攻撃に食らい付く。
だが、肉体を蝕む瘴気がじわりじわりと広がってゆく。
そして……ついにジンは、膝をついてしまった。
「はっはっはっ! これが〝格〟の違いってやつさ!!」
ナギサはジンにとどめを刺さんと、全力で瘴禍刀を首めがけて振るった。
が、ナギサの攻撃が再びジンに届くことはなかった。
「ずいぶんと楽しそうですね?」
真っ白なふわふわの手でどす黒い刀身を掴み、巨躯の白虎の少女は黒い龍人にゾッとするほど冷たく語りかける。
「お、お前はっ! ひ、久しぶりだな、墓守の白獣姫っ!!!!! お、おお、お前もボクの能力の一部にしてやる!!」
「久しぶり? 誰ですかあなた?」
カリニャンは目の前のプレイヤーの態度に困惑しつつも、ひとまず現況を探る。
――満身創痍のジン
どす黒い何かに染まった花畑
青龍と思われる蒼髪の少女が抱える、黒い人型の……焼死体のような何か。
――アイビー?
「……あなたが誰だろうとどうでもいいです。今この場で、再起不能にしてあげますから……!」
カリニャンの脳裏に奪われた大切な人たちの記憶がよみがえる。
もう2度と奪わせやしないと決めたのに。
悔いと怒りの風が、カリニャンの中で静かに凪いでいる。




