第43話 神獣〝青龍〟
〝青龍〟の棲家とみられる空島に降り立った一行が出会ったのは――
「にゃ、ななな、にゃっ……なんだお前りゃあっ!?」
派手にズッコケて泥まみれの顔で涙を浮かべながら情けない声をあげる、緑髪の少女であった。
この子が青龍……という訳でもなさそうだ。
威厳も神秘もクソもない。
「いきなりの訪問失礼しました。わたしはカリニャンといいます。こっちはコハクお姉さまで、この人は――」
「わっ、わ……ワレはアイビー! この天空島の……管理人であるっ!!」
腰が抜けて立てなくなりながらも、懸命に自己紹介をしてくれるアイビー。
そしてやはり、青龍ではないようだ。
「アイビーさん。僕らは青龍という神獣に用があって会いに来たんだけれど、何か知ってないかな?」
「し、しししらんぞ!!! セイ様の事とかこの空島の秘密とか、お前らみたいな怪しい輩に教えるようなことは何も知らん!!!!」
「知ってるじゃん」
呆れつつもこちらは敵ではないと示そうとしたその時――
「セイ様!?」
突風が吹き抜けた。
花々を揺らし、木の葉を散らし、アイビーとコハクたちの間に割り込むようにして、〝それ〟は現れた。
――青龍
それは、龍形態のアイリスよりも細く小柄な蒼き龍だった。
だがそのオーラは並大抵の魔物の比ではない。
『……』
警戒心と僅かな敵意を向け、青龍はコハクたちを威圧する。
それに対抗するように、同じ神獣であるカリニャンが前に出た。
睨み合う両者。
超越者同士の威嚇。
一触即発――
……かに思えたが、しかし。
「せ、セイ様……?」
青龍はぷいっとそっぽを向くと、そのまま体をうねらせ飛び立ってしまった。
――お前たちと敵対する気はない。
そう告げられた気がした。
『クオオォォォォ――』
空島の更に上空で青龍が嘶く。
すると雲も無いのに雨が降りだし……そして、花々は煌めき虹の橋が生まれる。
「きれい……」
――青龍は、神獣たちのなかでも特に穏和な気性であった。
花を愛で、小さき生き物を可愛がり、殺生は好まない。
そしてその力は戦闘よりも、『癒し』に特化したものである。
そんな気質は自我を失った今もなお健在であった。
「セイさま、喜んでる……?」
この煌めく祝福の雨は、青龍からカリニャンたちへの歓迎である。
カリニャンたちは悪ではない。そう判断したのだ。
*
「せ、セイさまは……昔は人の姿をしていてな。わ、ワレは、セイさまに危うい所を救われそのまま拾われてゴニョゴニョ……」
ゴニョゴニョしている中から聞き取れた所によると、アイビーはどうやら青龍がまだ自我を失う前から生きているようだ。
そして数百年、青龍とともにこの空島で暮らしているという。
「セイさまはもうずっと言葉すら忘れてしまってな……けどずっとワレの側にいてくれて……」
――――
称号:邪龍の眷属
名前:アイビー
種族:稀人
Lv:23
状態:不老の呪縛
――――
稀人――
「おれとおんなじだ」
稀人は、ジンと同じ種族である。
普人の中から稀に生まれる、潜在的に強い力を持っている稀有な個体。プレイヤーからはレアNPCとして重宝されている。
アイリスいわく――
〝勇者の末裔〟
勇者。それは嘗てアイリスの加護を受け、共にヴォルヴァドスと戦った人間たちだという。
稀人は成長すると――具体的にはレベル200を越えると、種族『勇者』に覚醒する。
現在ジンのレベルは198。あと一歩で覚醒できる所だ。
「――それでおれは、メノウお姉ちゃんを守れるくらい強くなりたかったんだ」
「ほうほう。……でゅふっ、尊いな。これが俗に言うおねショタ……」
それから互いの境遇を打ち明けたジンとアイビーは、なぜか意気投合していた。
同じ『稀人』だからか、はたまた見た目の年齢が近いからか。
とにかく二人はすっかり仲良くなっていたのである。
「わ、ワレもジン殿のように強くなれるだろうか? ね、願わくばワレもセイさまを守れるようになりたい……」
「……なれるさ。諦めなければきっと、いつの日か――」
そんな二人の様子を青龍は少し遠くの空から観察していた。
長らく自分としか関わる相手のいなかったアイビーが、笑ってくれている。
言語も忘れ自我を失くした獣は、愛する少女の笑顔に安堵するのであった。
――願わくば、あの子をここから連れ出してやってほしい
そう、僅かに残る心から願った。
*
それから数日――
ヒスイは、屋敷とアイリスの元と空島を行き来しながら青龍の【破邪】に励んでいた。
最初こそ誤解され青龍に敵対されかかったりと大変だったものの、少しずつ破邪をかけてゆくことでヒスイの意図を察したらしい。
今では自分から来るようになった。
「いいのか? アイビーちゃんが嫉妬しちまうぜ?」
『……』
まだ言葉までは取り戻していない。だが、確かに青龍の瞳には理性の光が戻りつつあった。
このままうまくいけば、近いうちに人の姿を取り戻すこともできるだろう。
「しっかし平和だなぁ。どこもこんな平和だったらいいのにな」
キャッキャと戯れるメノウとジンとアイビーを見つめ、ヒスイはぽつりと漏らす。
青龍はその言葉に同意するかのように瞳を閉じる。
ずっと空島で生活していたアイビーは知らないが、この世界は今未曾有の危機に瀕しているのだ。
青龍も天空より世界を見渡していて、それを理解していた。
もう二度とヴォルヴァドスに世界を奪わせはしない。
戻りつつある理性の中で、青龍はそう確固たる決意を抱くのであった。
ごとり
おもむろにヒスイの懐から、何か重たいものが落ちた。
ボーリングボール大の真っ赤なそれは、まるで意思があるかのようにひとりでに転がって行き……ヒスイの足に当たって動きを止めた。
「な、なんだ……?」
ぱきり
内側から少しずつ、少しずつ、卵の殻が剥がれてゆく。
その様子をヒスイと青龍はじっと見守っていた。
ぱきり
ぱきっ
ぱきっ――
水色の髪の少女が、じっと瞼を見開き見つめている。
それこそが彼女が暗闇を食い破り世界に生を受け初めてその瞳に写した存在。
「ぴぃー、ぴゃぅー」
それはまだ濡れた真っ赤な髪にタマゴの殻を被ったその幼い子供。ただし、両腕は短いながら鳥の翼そのものとなっており、まるでハーピーのようであった。
そんな鳥の少女はヒスイと目が合うなりこう言った。
「ぴぁ……マ、マ?」
――〝神獣『朱雀』〟
「マジ、かよ……」
1度は侵略者の魔の手により殺められた神獣が、再びこの世に産まれ落ちた。
そして意図せず、ヒスイはその母親となってしまったのである。
がんばれ。




