第42話 龍の巣
「ふふ、お姉さま……朝ですよーお姉さまっ」
ふわふわして暖かくて柔らかいものに包まれながら、コハクは目を覚ます。
「んー、おはよカリニャン……」
昨晩のことはよく覚えていない。
なんとなく、温泉でのぼせて気絶していたような記憶はある。
のそのそとカリニャンのふわふわの胸の中から抜け出すと、ぐっと伸びをして目をこすって目を開く。
「おはよーございますお姉さまっ!」
カリニャンはやはり大きかった。起き上がったコハクと寝転んだカリニャンの肩幅が同じくらい大きかった。
それだけじゃない。今のカリニャンは、浴衣姿であった。
胸ははだけて露出しており、そこからはみ出たふわふわが存在を主張し、恐らくコハクはそこに顔を埋めて寝ていたのであろう。
普段から毎晩カリニャンに抱き締められて眠ってはいるが、その浴衣姿がなぜか妙に色っぽく、コハクの中の既に壊れていた性癖を更にめちゃくちゃに破壊してしまっていた。
「お、おはよ……」
煩悩を振るってコハクは着替えて宿を出る準備をする。
今日は青龍がこの近くまで降りてくる日なのだ。
早めに出発した方がよいだろう。
*
「おはよーカリニャンちゃーん、そっちも楽しめたようだねぇ?」
メノウとジンの様子も何やらいつもと違った。
顔を茹で蛸のように赤く染めぼんやりとしたジンと、肌をツヤツヤさせてご機嫌なメノウ。
きっと昨晩はおたのしみだったのであろう。
もっとも、2人の間には越えられない壁があるので、どこまでできたかは定かではないが。
少なくともジンの性癖を木っ端微塵に粉砕するような事はしたのかもしれない。
「カノジョ、ホシイ……」
一方のヒスイは完全に目が死んでいた。ヒスイだけがこの中でパートナーのいないぼっちであり、カップルどものイチャイチャを朝から見せつけられていたからだ。
もはや血涙すら渇れた。
長い付き合いのコハクは、ヒスイにもいつかいい相手ができるよ……という無慈悲な言葉を飲み込むのであった。
閑話休題。
宿の美味しい朝食を食べた一行は、すぐに目的の場所へと向かった。
その場所とは――
――ホムラカルデラ。
台地がぐるりと囲むそこは、見渡す限り不毛の灼熱の大地が広がっていた。
言うなれば、超巨大な火口。
嘗てはここに【神獣・朱雀】が住んでいたそうだが、少し前にランリバー率いるパーティに殺害されている。
あちこちにごく最近できたと思われる巨大なクレーターや冷えて固まった溶岩などが散らばっており、その戦闘の規模の大きさを物語っていた。
「ヒスイ。例のタマゴはどう?」
「おう。ここに来てからちょっとだけ動いてる」
朱雀の御霊を倒した時に落とした、謎のタマゴ。
ここに持ってくればひょっとしたら何かあるかもしれないと、アイテムボックスから出してみたのだ。
「案の定だね。このままもう少し待ってみたいところだけど、行かなくちゃね」
上空に妙な雲が見える。不自然なほどまん丸な雲だ。
あの中に、恐らくは青龍がいるのだろう。
この場にいるプレイヤーの誰もが、100年以上も大昔のアニメ映画に出てきた光景を想起していた。
とあるアニメ映画のように、雲の中に城が隠されていたりしそうである。
実際は正真正銘龍の巣なのだが。
「それじゃ、呼ぶね?」
コハクは手を翳す。
するとそこに巨大な陣が展開される。
『出番じゃな?』
陣の内より、それは顕れる。
長大な金色の身体をうねらせて、神々しく圧倒的な存在感を放ちながらアイリスは現れた。
【転移陣】にて、アイリスの分身をこの場に呼び出したのだ。
龍形態のアイリスは極めて高い飛行能力を備えている。
『しっかり掴まっておれ、振り落とされるでないぞ?』
アイリスは全員が背に乗り込んだのを確認すると、離陸し天空の雲へと飛び立った。
*
真っ暗だった。
目を開けているのもやっとなほどの激しい風と雨粒に打たれ、耐えること数分。
突然、辺りが明るくなった。
「おいみんな! あれ見てみろ、すげえぞ!」
まず最初に声をあげたのは、ジンだった。
ジンに言われずとも、皆すでにそれを見ている。
その上で、言葉を失っていたのだ。
「すごい……ホントに映画みたいだ」
嵐が嘘のようだった。
陽射しを受け、小さな小さな花たちが、色彩豊かに風に揺られていた。
アイリスの背に乗って突入した巨大な雷雲の中には、いくつもの空島が浮かんでいた。
空島から空島へ滝が降り注いでいたり、見たこともない小鳥のような生き物が花畑でさえずり歌っている。
まるで、天国に迷いこんでしまったかのような――そんな錯覚をしそうになるほど、幻想的で夢か幻かと疑ってしまう風景。
『む、すまぬ。時間切れじゃ』
そんな花畑の脇の岩場に降りると、アイリスの分身はそのまま霧散して消えてしまった。
まだ封印されている以上、外部に分身を長時間出し続けるのはかなり苦労するそうだ。
5人は恐る恐る地面に降り立つと、警戒しつつ周囲を探る。
すると……
「……そこに誰かいますよね?」
カリニャンがこちらを覗く何者かの気配に気づいた。
そしてその何者かは、木陰から飛び出し走って逃げようとして……そのまま派手にコケた。
「にゃ、ななな、にゃっ……なんだお前りゃあっ!?」
涙を浮かべ甲高いすっとんきょうな声をあげる、そんな緑髪の少女であった。
星評価おなしゃす……




