第41話 温泉にて
あちこちから白い煙が天へ立ち上っていた。
全体的に赤銅色なその街は、日本人のプレイヤーならばどこか懐かしさを感じる和風な様相であった。
「なんだか変な臭いがします……」
「硫黄の臭いだね。温泉……っていうか火山地帯ではよく臭うんだって」
獣人特有の優れた嗅覚を持つカリニャンには少しキツいのだろうか、顔をしかめていた。
「それにしても初めて来たな、ホムラノユ」
この世界でも有数の温泉観光地、ホムラノユ。
一行はせっかくだしとついでに観光してから、温泉宿で全力でくつろぐ事にしていたのである。
「なあ、あれってまさかレイドボスの……」
「うわマジだ……」
「かわいい、モフつきてぇ……」
観光地という事は、それ即ちプレイヤーも多い。
カリニャンとコハクは最近話題のレイドボスであり、敵対さえしなければ友好的という稀有な存在――あとかわいいと絶大な人気を誇っている。
それ故、プレイヤーの多いこの場では〝あえて〟姿を見せる事にしている。
もしも仮にここでコハクたちにちょっかいを出すプレイヤーがいたとすれば、それこそ他のプレイヤーたちから袋叩きである。
そんなこんなでカリニャンとコハク、メノウとジンは、お土産屋を物色したのしいたのしいイチャイチャ買い物タイムに突入していた。
それを血涙を流しながら見守るヒスイがいたのは言うまでもない。
*
それから日が暮れて、一行はついにやって来た。
「これが……そうなのですね!!」
そう、温泉である。
一行が泊まることにした旅館は、各部屋ごとに露天風呂がついているというなんとも贅沢なカップル御用達な宿であった。
事実このパーティーにはカップルが二組もいる。
なので、これまた贅沢なことに3部屋も使う事になったのであった。
ちなみにヒスイは一人ハブられている。
本人が希望したことだが、なんとも悲しい状況であった。
それはさておき。
「えへへ、お姉さまと温泉に入れるなんてたのしみですねぇ~」
脱衣場で二人は衣服を脱いで行く。
ここに来てコハク、ようやくあることに気がついた。
(――そうだ、温泉って入るのに裸になるんだった!)
至極当然のことだが、目の前で服を脱ぎ去ってゆくカリニャンを見ていて自分の認識の甘さを痛感した。
まさかここまで自分がカリニャンを意識しているとは。
カリニャンの裸自体はよく見かける。
そのもっふもふの毛皮がある以上、カリニャンにとってはあらゆる衣服が邪魔なのだ。
それ故、リラックスする時は下着すら脱ぎ去ってだらけるのである。
更に、極めて毛深いので大事な部分は完全に隠れている。なのでそこまでただの裸のカリニャンを意識するなどとは、思ってもいなかったのであった。
だが、そうではなかったのだ。
「? どうしましたお姉さま?」
「い、いやなんでもないよ」
ぶんぶんと頭を振るって煩悩を退散させる。
いや、一応はカリニャンとコハクは恋仲なのだから煩悩はあってもいいはずだ。というか一線を越えても何の問題もない。
しかし、コハクは奥手であった。
「あったかいですねぇ~」
それから数分後、岩造りの露天風呂にて二人は長旅の疲れを癒していた。
巨躯のカリニャンすら肩まで浸かれる深さもあり、足のつかないコハクは湯船にぼんやりあお向けに浮いていた。
「こっち来てくださいよお姉さま~♡」
「う~」
1度意識してしまったら、もんもんしてなかなかカリニャンに近づけなくなってしまった。
そんなコハクをからかうようにカリニャンがすいすい追いかける。
カリニャンの裸などいつも見ているはずなのに、なぜこうもドキドキするのか。
「お姉さま捕まえました~!」
「にゃあぁっ!?」
そんなコハクの悶々を知ってか知らずか……恐らくは察した上で、カリニャンはコハクを捕獲し抱き寄せた。
「待っ……はわわ、はわわっ……」
普段はふわふわしているカリニャンの毛並みは、今は水に濡れてぴっちりと貼り付いている。
それによりカリニャンの体のあんなこんなラインがハッキリと浮かび上がっていた。
より一層コハクは慌てふためき、のぼせそうになるその寸前……それは目に入った。
カリニャンの肌に刻まれた無数の傷痕。
普段はその毛並みに隠れて見えるはずもない。恐らくはコハクが死んでいた1年間に刻まれたものだろう。
あるいは、ランリバーにつけられたものもあるかもしれない。
「カリニャン……」
それを見ていると、ただ恥ずかしいからという理由で拒否するのが恥ずかしくなった。
――カリニャンはこんなにもコハクを求めているのに。1年間も辛い思いをさせてしまったのに。
恥ずかしいという気持ちが消えてゆく。
今はただ、自分の気持ちに正直に……コハクはカリニャンを受け入れる事にしたのであった。
「えへへ……捕まっちゃった」
「逃がしませんよ~おね~さま?」
ぎゅっとコハクを抱擁して、逃げ場を無くしてゆく。
コハクはただ、カリニャンが求める事に応えたい。
心臓がドキドキしている。
コハクのものも、カリニャンのものも。
大きさの違う手を繋ぎ指を絡ませて、二人は互いを求め合う。
火照るこの熱は、温泉に浸かっているからだろうか。
あと少し、あと少しで二人は一線を越える。
二人の顔の距離が、限りなく近づいてゆく――
その時だった。
バチィンッ!!!
電撃が迸った。
もちろんカリニャンやコハクの魔法ではない。
何者かが、何処かから2人に向けて放ったのだ。
「いたた……何ですかイイところなのに……」
「はふぅ、はふぅ……」
不機嫌に怒るカリニャンが守るように抱き締めるそのうでの中で、我に返ったコハクは顔を真っ赤にして放心していた。
「お姉さま、ちょっと待っててくださいね?」
犯人の居場所は既に把握している。
カリニャンはそのまま跳び上がり、遠くの木の上に潜んでいたプレイヤー数名の元へと攻撃をしかけた。
「クソ、なんで居場所がわかんだよ!?」
先の電撃は、凶級レイドボスを討伐して名を上げようとした愚かなプレイヤーたちの狙撃だった。彼らは頭を撃ち抜けば倒せると、本気で思っていたのだ。
カリニャンの急激な接近に、プレイヤーたちは迎撃をしようと試みる。
しかし
「うぐぁっ!? 目がぁ!? 目があぁぁぁ!!!?」
裸でびしょびしょのカリニャンにセクシャルガードが自動で発動、〝スケベなものを隠す謎の光〟がその場のプレイヤーたち全員の目を焼いた。
その結果、迎撃どころか何もできないままそのプレイヤーたちは瞬殺され、あとついでに【蕃神の呪い】で後々酷い目に遭うのであった。
もっとも、彼らは目が焼かれていなくともカリニャンの前に2秒も保たない程度のプレイヤーだったが。
「待たせましたねお姉さま、さあ続きを……お姉さまっ!?」
カリニャンが目にしたのは、すっかりのぼせてぐったりしたコハクの姿だった。
さすがのカリニャンもそんな状態のコハクと一線を越える訳にはいかず、やむなく湯船から引き上げて涼ませるしかなかった。
ちなみにその後意識を取り戻したコハクは、胸のはだけた浴衣姿のカリニャンを目撃し再びのぼせて動けなくなってしまうのであった。
おかげで翌朝も大変だったのは言うまでもあるまい。
だんだんおちゃ堕ち(造語)してゆくコハクちゃん……




