第40話 次なる目標は
「ほれほれ、隙ありじゃ!」
「あでっ!!?」
ジンがアイリスに斬りかかるも、ひょいっと避けられ、後頭部をべしっと叩かれる。
「あとちょっとだったねジンくーん!」
頭をさすり悔しげに項垂れるジンに、メノウが慰める。
ジンは少しでも強くなるために、アイリスに稽古をつけてもらっていた。
見た目こそどちらも幼いものの、二人の間には圧倒的な差があった。
「ただいまーっ!」
「おっ師匠」
ジンの稽古がきりのいい所で、コハクとカリニャンの二人が転移してきた。
コハクの手には黒曜石の勾玉が握られている。
「よくぞ戻ってきたの。して、それは玄武じゃな。その姿になっとるという事はやはり自我を……」
「そのことなんですけど、相談が――」
コハクとカリニャンは、先で起こった出来事について語った。
玄武が数百年、辛うじて自我を留めていたこと。
しかし空虚なる道化の急襲により、玄武は殺され珠の姿となってしまったこと。
そして、現在玄武は休眠状態にあること。
「なるほどのう……」
現状を把握したアイリスは思案する。
「妾との繋がりがなければ龍脈の力が暴走し自我を失ってしまう……そう思っておったのじゃが、違ったのじゃな」
アイリスは神獣たちとの微かな繋がりから、彼女たちが自我と理性を喪失しかかっていることを感知はしていた。
しかしその理由までは把握できておらず、龍脈の力に耐えられなかったのだと推測していた。
しかし実際の原因は、ヴォルヴァドスにかけられた『呪い』だった。
「完全体の妾ならばヤツの呪いなど容易く解けるじゃろうが……ううむ、今は力が足りぬな」
珠となった玄武を見つめ、アイリスは唇を噛む。
「こんちゃーっす……ん?」
そこへヒスイがログインしてきた。なにやら真面目な雰囲気を察し、たじたじなヒスイ。
そんな様子を見ていたカリニャンは、ふとある事を思い出した。
「アイリスさん。わたし、実は白虎に進化した際に理性を失いかけていたんですよ。たぶんそれも〝狂化の呪い〟の影響ですよね?」
「ほう? 確かにこの呪いは、龍脈の力を使える血族にも遺伝し発現するようにできておるな」
「その時、ヒスイさんの力で狂化を解いてもらったんです。もしかしたら……」
「……えっ、俺? なに、なんのこと?」
*
「――マジ? 俺が来る前にもうだいたい終わっちゃったのかよ……」
対玄武との戦いに参戦する気ノリノリだったヒスイだが、あいにくコハクの機転ですぐに決着がついてしまったので戦いにおいて出番はなかった。
が、まだ出番がない訳ではない。
「……で、これに破邪をかけりゃいいと」
ヒスイはアイリスに手渡された勾玉に魔力を込める。
――【破邪】
勾玉の中にあった淀みと濁りがかき消えてゆく。
「ふむ……」
勾玉を見つめるアイリスは、少し不思議そうに首をかしげる。
「解呪は成功じゃ。しかし……」
――妙だ。
プレイヤーの力は運営者……すなわちヴォルヴァドスの支配下にある。
ヒスイも含めプレイヤーは〝ゲームをプレイする〟というフィルターを通してこの世界に干渉しているのだから、それは間違いないはずである。
ならばなぜ、この呪いを解呪できるのか?
神獣の呪いを解きアイリスに力を取り戻させることは、ヴォルヴァドスにとって不利になる要素である。
……何か狙いがあるのだろうか?
それとも――
「アイリスさん?」
「……いや、なんでもない」
一瞬脳裏に浮かんだ可能性を振り払う。
その『可能性』が『事実』だったとしたら、たとえ完全復活を遂げたアイリスでさえ太刀打ちできないだろう。
しかし、少なくとも今はこちらに有利に事は進んでいる。
今はただ、できることをやるしかないのだ。
「それよりも、次元上昇とやらを目論む連中じゃな。玄武を殺めたという道化とやらも気になるのう」
「ひとつずつ整理していこうか」
「うむ」
――反使徒。
プレイヤー、およびヴォルヴァドスと敵対するという目的は一致している。
しかし、その手段は『地球を滅ぼす』というもので、到底コハクたちが容認できるものではない。
「そもそも地球を攻める……次元上昇なんてことができるの?」
「不可能ではない。妾もヴォルヴァドスとの決戦には次元上昇を行うつもりでいたからのう。
しかし、神の力も使わずそんな芸当を行えるのかは疑問じゃが」
疑問ではある……が、アテはあるのだろう。だからこそカリニャンを勧誘してきたのだと考えられる。
「現状すぐに敵対することはないとは思うが、要警戒じゃな」
場合によっては協力関係も視野に入るかもしれない。
地球への進攻は看過できないが。
「あとは〝道化〟とやらじゃな」
空虚なる道化――
正体不明で、プレイヤーと交戦したという話は一切聞いたことのないレイドボス。
なぜいきなり玄武を殺し、そしてカリニャンにも襲いかかったのだろうか。
「……分からぬ。妾にもそやつが何者なのか、全く分からぬ」
少なくともアイリスや神獣たちが居た頃に、そんな存在は聞いたことがない。
それほどの強者ならば耳に入ってもおかしくはないはずだ。
すなわち、比較的最近になって現れた者だということになる。
「妾たちの敵で間違いないじゃろう。しかし、ヴォルヴァドス側の存在でもなさそうじゃ」
そう、そこが不気味である。
空虚なる道化はレイドボスとしての名前がある、つまり討伐が推奨されているのだ。
「不思議な事も言ってました。この世界が作り物だとか、観客がどうって……」
「ふむ……」
気の触れた強者であることは間違いないだろう。
ヴォルヴァドス側ではないということ、そしてその強さからして単身で『第三勢力』になりうる怪物だ。
アイリスのように何らかの神性を獲得した存在の可能性もなくはない。
「……気を付けるんじゃぞ、としか言えぬのが歯がゆいのう」
懸念要素があろうとも、それでもアイリスはコハクたちに頼るしかないのだ。
*
「それじゃ次は〝青龍〟さんの所だっけ?」
「うむ。居場所は遥か上空のようじゃな。しかも常に移動しているようじゃ」
今現在存命している最後の神獣、青龍。
玄武はいわずもがな、朱雀はプレイヤーの魔の手により討伐され、白虎は神獣としての力を子孫に託し寿命で死んでいるらしい。
故に、青龍は最後に残された神獣なのだ。
「上空……どうやって行こう?」
「それについては考えはある。ひとまずは場所じゃな。あやつは同じルートを数年かけて回っているようじゃ」
「それじゃ待ち伏せするってこと?」
「うむ。そうじゃ、地図はあるかの? この大陸のものじゃ」
アイリスの要求に、ヒスイが収納から地図を取り出して応えた。
「ここ、ここじゃな。今どうなっておるかはわからぬが、かつて巨大な都市があった場所じゃ。そこをもうすぐ青龍が通るようじゃ」
アイリスが指さした場所。
そこは、プレイヤーの間では人気のスポットであった。
現代でも巨大な都市としての形を残しつつ、それでいて一大観光地でもある。
「……〝温泉都市ホムラノユ〟か」
小国が収まるほどの面積の都市であり、その全域から温泉が涌き出るという地域だ。
「お姉さま、おんせんって何ですか?」
「地面から涌き出る天然のお風呂って感じかな。温かくて、浸かれば疲労や病気が回復したりととっても健康にいいんだって。僕も入ったことないけど」
「それなら私、お姉さまと一緒に入ってみたいです!!! お姉さまとふたりきりであったかい温泉に浸かってゆっくり過ごすんです!!! お姉さまと一緒に!!!!!! そう、お姉さまとふたりきりで一緒に裸の付き合いを!!!!!
もちろん青龍さん探しのついでに!!!!!」
ふんすふんすと鼻息を荒くして捲し立てるカリニャンを、ヒスイはニヤニヤ眺め、アイリスは微笑ましそうに見つめ、メノウは羨ましそうにしていた。
「僕も温泉には1度入ってみたかったんだ。いい機会になりそうだよ。
……ヒスイ? なんでそんなニヤニヤしてんだよ?」
「いやほんと、お前ってたまーに信じられないほど鈍感になるよな」
「何の話?」
「くっくっく、まあいいや。ふたりきりの温泉旅行、おたのしみにしてこいよ!!」
「は、はあ。楽しんでくるよ?」
全く話についていけないコハク。
その背後で、白い毛皮の下の頬を紅潮させ、舌なめずりをするカリニャンが立っていた。
温泉旅行を楽しみに楽しみに、カリニャンはコハクの楽しみとはまた別の意味でそれはそれは楽しみにしているのであった。
コハクちゃんおちゃ堕ちチャンス!!!




