第38話 血塗られた矛
ティアキンたのしー!
その孤独なる魔王は、報いたかった。
夢と希望を教えてくれた最愛の人を救うために、強くなろうとした。
けれども、世界は彼女が強くなる前に、報いる力を得る前に奪い去ってしまった。
それでも、彼女は約束を果たすために戦い続ける。
そして、全てを手に入れた。
手を汚し、身を削り、時に心が折れそうになろうとも。
気高く誇りを捨てず、魔王となる約束を果たし勝ち取った。
それが、とある世界の気高く儚き吸血鬼の魔王――
「おいで――
――【奈落の灰被姫】」
コハクの背後に、黒い長髪の少女が舞い降りる。
漆黒のコートを纏い、黒曜石のように黒い翼をはためかせ、コハクの肩に手を置いた。
「……力を貸して」
『……』
こくりと頷くと、灰被姫はコハクの体に溶け込むようにして消えた。
コハクの影と一体化したのだ。
――――――
【奈落の灰被姫】
Lv:326
――――――
奈落の灰被姫の持つ、唯一つ無二の能力。
それは、同じ吸血鬼であるコハクの吸血鬼由来の能力を大幅に強化する所にある。
「往け――」
コハクの周囲に真っ赤な珠がいくつも浮かび上がる。
そしてそれらは、コハクの意思に従い様々に形を変えて行く。
「鮮血槍!」
それは、血の槍。
何百本もの紅き槍が、玄武の頭部へ向けて放たれる。
遠目に見れば、それはまるで紅い流星群だろう。
カリニャンはコハクが槍を放つ前に退避。
鈍重で巨体の玄武は、それら全てを頭で受ける事となる。
「ゴオォォォ――」
血飛沫が紅い霧を作り出し、玄武の頭の周囲を包み込む。
コハクの攻撃に玄武は――
「む、やっぱりこれでも効果は薄いか」
効きはした。
だが、その硬い鱗の表皮にある程度突き刺さるのみでそれ以上のダメージはない。
しかも、無数の血の槍で与えたダメージも瞬く間に再生してゆく。
「厄介ですね、どうしますかお姉さま?」
「うん。今、視てる」
――灰被姫の持つ能力は、吸血鬼由来のものだけではない。
森羅万象を、未来すらも見通す瞳――
【奈落の叡智】にて、コハクは玄武攻略の糸口を探っていた。
そして、見つけた。
「カリニャン。ヤツの弱点を見つけた」
「さすがお姉さまです!」
この能力にかかれば、いかに防御に秀でた者でも弱点をあっさりと看破さらてしまう。
「玄武のあの巨体は岩や土で造り出した鎧だ。本来の肉体……本体は、心臓部にある」
「なるほどです。どうやって本体にダメージを与えましょうか?」
「それだけど、僕に考えがある――」
*
「鮮血槍!」
コハクは再び無数の血の槍を構え、空中で静止する。
しかしすぐには放たない。
「いきますよ!!」
隣に浮かんでいたカリニャンの全身が白い雷を纏い、毛並みが逆立っていつもの七割増しでふわふわとなる。
そして放たれるは
――白雷一閃!!!!!
全身に白き雷を纏い、まるで雷そのものになったがごとく超音速で敵へ突撃する。
それはカリニャンの持てる近接攻撃で最も強力な技。
だが狙ったのは玄武の頭部ではない。
恐らくは最も堅い、背の甲である。
「ゴオォォォォォォッ!?」
白雷一閃が直撃した山脈のごとき甲に、ビキビキと地割れのように亀裂が走って行く。
「い、いまです……お姉さまっ!」
そしてコハクは、カリニャンの攻撃で開かれた亀裂へ向けて無数の槍を放った。
――カリニャンが玄武に与えたダメージは大きい。背に広がる山脈が山体崩壊を起こしているのだから。
だが、その地割れも玄武の力によりすぐに塞がってゆく。
そこへコハクの放った槍が、地割れという名の巨大な傷口へとすべりこんでいった。
灰被姫の造り出す血は、コハクの意思で思うがままに操れる。
脳の処理をオーバーする情報量は奈落の叡智により処理。
玄武の体内へと潜り込んだ血の槍は、どろりと液体へと形を変えて更に深く潜り込んでゆく。
――コハクは玄武の弱点を既に看破している。
超巨大なあの体は、大地に魔力を通して操っている鎧であることを。
その魔力を通すために、あの巨体の中には魔力の回路がびっしりと毛細血管のように張り巡らされている。
つまりは、その回路を逆向きに辿ればいい。
玄武の甲羅の中へ潜り込んだ大量のコハクの血液は、魔力回路を辿りぐんぐんとその心臓部へと進んでゆく。
「ゴアァァァァァッ!!」
玄武が苦し紛れに口から白い光線を吐き出すが、もはや勝敗は決した。
「終わりだよ」
ついに玄武の本体へとたどり着いた血は、それを包むように広がってゆく。
そして……
「――【広域水魔撃】」
遠隔で、血液を媒介にして玄武の体内にて水の高位魔法を発動させた。
心臓部から魔力回路を広げているのならば、それら全てを他人の魔法で遮断してしまえばいい。
玄武の本体は巨亀の鎧から完全に隔離された。
そして巨亀の像は、動きを止めたのであった。
「倒したんですか?」
「いや、まだだ」
コハクは警戒を怠らない。
現に、玄武の本体は魔力による干渉を行おうと抵抗してきている。
あとはその中から引きずり出せば、どうとでもできるはずだ。
「カリニャン。さっきのもう一発いける?」
「いけますよ!」
バチバチと全身に白い雷を帯電させると、カリニャンは物言わぬ岩の塊となった亀の巨像へと突撃していった。
カリニャンは再び白雷一閃を放ち、今度こそあの山脈を完全に吹き飛ばす。
そして――
「ようやく会えたね、玄武さん?」
亀の巨像の内からコハクの魔法で引きずり出された本体。
「うぅ……」
それは、どことなくカリニャンにも似た顔つきの、頭を苦しげに抱える黒髪の女性だった。




