第4話 ヒダルガミ
すっかり暗くなった街並みを、魔法で灯された街灯がぼんやり照らす。
人通りは少なく、閑散としている。
人目につかない路地裏を求め、コハクは独り歩いていた。
――予定よりも遅くなってしまった。
本当なら日が沈む前に帰るつもりだったのに、もうすっかり暗くなってしまった。
それもこれも買い出し中に、ランリバーとやらいうプレイヤーに絡まれたのが原因だ。
コハクがレア種族の【吸血陽姫】のプレイヤーだというのも理由のひとつだろう。
『おうおうおう! おめーレア種族じゃん!! ちょっと俺様の配信に出てきてくれよ!!』
ランリバーは有名な配信者で、チャンネル登録者数は二百万人を越えている。
そんな彼の前を動画のネタになりそうな希少種族のプレイヤーが通りかかれば、付きまとわれるのは必然だった。
彼はゲーム上でやたら態度が大きい事でも有名なのだ。それもある意味では人気の理由であるのだが。
とはいえ、ランリバーはプレイヤーとしてはかなりの強さだ。
レベルは200近く、厄介な追跡能力まである。
ランリバーのような悪質プレイヤーを、カリニャンに会わせる訳にはいかない。
コハクがランリバーを撒けたのは、それから2時間後であった。
*
「いれ、て いれていれていれていれて」
もう何時間も〝ソレ〟はいた。
屋敷の中に逃げ込んだカリニャンは、息を殺しフライパンを手に物置の奥で震えていた。
実は屋敷そのものにも魔獣を入れないための結界が張られており、あの〝何か〟でもこちらへ入るのは難しいらしい。
――このままお姉さまが帰ってくるまで耐え忍ぶ。
「ごめんくださぁい」
ドンドンドン
苛立っているみたいに、玄関扉を何度も殴打する。
時折扉から離れては、他の部屋の窓を叩いたりしに行ったり。
けれど破られるような事はなく、カリニャンはコハクの作った結界に心底感謝していた。
「いれていれていれていれていれていれていれていれていれていれていれていれていれて いれて いれて
いつまで? いつまで? あけて、あけて」
〝アレ〟は魔獣なのだろうか。
分からない。カリニャンも山育ちではあるし、魔獣を見たことはある。何なら倒したことも。
だがしかし、あんな異質な――異形のものを見たのは、初めてであった。
コハクからもあんなのが森にいると聞いた事もない。
「あけて、いれてあけてあけてあけてあけてあけてあけて」
とはいえ――カリニャンにできることは、コハクの帰りを待つかあの無数の枯れ葉が集まり人形となった〝何か〟が諦めて去るまで、耐え忍ぶしかないのだ。
「お姉さま……」
それから何時間経っただろうか。
それは数分だったかもしれないし、数時間経っていたかもしれない。あるいは、何日も経過していたような気さえする。
気が狂いそうになる中、カリニャンにとっての救いは唐突に訪れた。
「ただいまカリニャン」
「お姉さま?」
待ち望んだコハクの声が、玄関から聞こえてくる。
恐る恐る物置から這い出て窓の外を見てみると、夜中のように暗かったのが嘘のように明るくなっていた。
あの禍々しい空気も感じない。
ああ、やっと帰ってきてくれたんだ。
「どうしたのカリニャン? あけてくれるー?」
「はいっ! お姉さま!!」
まるで長時間おあずけを食らった後の子供のように、カリニャンは大急ぎで駆けてゆく。
――お姉さまに全部話すんだ。
温かい紅茶とお菓子を楽しみながら、あれは何だったのだろうかと。
本当に怖かった。
意味が分からなかった。
でも、もうお姉さまが帰ってきてくれたから。
全部思い出話に変わるんだ。
そう信じて疑わずに、カリニャンは扉を開けた。
「おかえりなさいませお姉さ……」
「あけ、た はいれた」
至近距離に現れたソレに、頭部とおぼしき部分には目も鼻も口もなかった。
無数の茶色い枯れ葉を人の形に圧し固めたような、ただそれだけの物体だった。
「いれて、いれていれて、いれて、あげる」
お姉さまではなかった。
声色まで完璧に真似て、カリニャンを騙したのだ。
〝ソレ〟は放心したカリニャンに掴みかかった。
「や、やめてっ……」
「なかまに、いれてあげる」
ハッキリと、言った。
カリニャンの身体に枯れ葉が貼り付いてゆく。
掴まれた部分から、身体が枯れ葉に変わっていく。
「おね、さま――」
〝ソレ〟と同じ存在に変えられてしまうという状況に、カリニャンは為す術はなかった。
「その子に手を出すな」
その刹那、蒼い閃光が枯れ葉の塊を両断した。
――幻影召喚【月影の誓刀】
それは蒼き月光を刃に纏う、誓いの刀。
背後からコハクに斬られた化物は、形を維持できずただの枯れ葉の山へと姿を変えた。
「カリニャン大丈夫っ!?」
「お姉さま……おかえりなさい、ませ――」
どうやら何とか取り込まれる寸前で助ける事ができたらしい。身体に枯れ葉が貼り付いてはいるが、傷や毒のようなものは見当たらない。
疲弊しているのは心的なものだろう。
とはいえ、だ。
もう少し早く帰ってこれたら、こんな事には……
「いれ、て、いれ、いぃぃ」
枯れ葉の化物は、他にもわらわらと屋敷へ群がってくる。
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ヒダルガミ Lv58
解説:森の奥で餓死した者の魂が枯れ葉に宿り動き出した魔物。仲間を増やしたがっており、掴まれた者はじわじわとヒダルガミに変えられてゆく。
固有技能
【同種化Lv9】
技能
【結界破壊Lv4】
【猿真似Lv6】
【夜帳Lv3】
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ヒダルガミ。そのフレーバーテキストを読んで、思い出した。
コハクが初めてこの大森林に足を踏み入れた時も、そういえばヒダルガミに襲われた事がある。
その時は二回ほどゲームオーバーになったのだ。
だが当時はまだレベル60も無かった時代。
現在のコハクならば、たとえ束になろうとも負ける要素は無い。
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称号:無貌の姫君
名前:コハク
Lv283
性別:♀
種族:吸血陽姫
ジョブ:幻影召喚師
サブジョブ:暗殺者
固有技能
【吸血Lv3】
【蝙蝠化LvMAX】
【無限再生LvMAX】
【思考加速Lv9】
【状態異常無効】
【陽光ダメージ無効】
高位技能
【一撃必殺LvMAX】
【気配隠蔽LvMAX】
【風炎魔術LvMAX】
【万能結界Lv6】
【万能感知Lv8】
【幻影召喚Lv6】
【ステータス改竄Lv7】
【他者ステータス閲覧Lv7】
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コハクは、ヴォルバドス最強格のプレイヤーである。
この魔境と呼ばれる大森林で数年間も生活しているのだ。
「……次」
また一体、蒼き刀でヒダルガミが切り裂かれる。
一撃必殺は文字通り、攻撃が命中した場合に即死効果が発動することのある技能だ。
更にコハクのLvの半分以下の対象には〝一撃必殺〟が必ず発動する。
「次」
ヒダルガミのレベルは高くて70。つまり、かすっただけで死に至るのだ。
「次は?」
「ひ、ひぃ……」
湯水のごとく湧いて出てきていたヒダルガミたちに、怯えの色が見えてくる。
コハクが圧倒的な強者であり、群れたとて決して敵わない存在であると気づいたのだ。
「ねぇ? もう来ないの?」
「いやだ、こわい……」
そして、ヒダルガミたちは枯れ葉を撒き散らしながら走って逃げだした。
コハクはそれを追ったりはしない。
だが……
「もしも次、僕の目の前に現れたりカリニャンに手を出したなら……。
一匹残らずすり潰す……!」
森の中へ消えてゆくヒダルガミにそう言い放つ。
これでもうヒダルガミがカリニャンを狙うことは二度とないだろう。
そしてコハクは背後で倒れているカリニャンに向いた。
「ごめん、カリニャン……僕がもっと早く帰ってきていれば……」
「だ、いじょうぶです……お姉さま、ちゃんと助けてくれましたから。だからどうか、謝らないでください」
「わかった……。傷はなさそうだけど、念のため治癒魔法をかけておくね」
コハクはその場でカリニャンに手を翳し、回復系の技能を発動させる。
「〝胡蝶の百合〟」
カリニャンの全身を白い百合の花の形をした光が包み込む。
初対面のカリニャンを治療した魔法だ。
異界より呼び出した〝幻影〟の力である。
「ありがとうございます、お姉さま……」
悪かったカリニャンの顔色がみるみる良くなってゆく。
やはり長時間の緊張による疲労は凄まじいものがあったのだろう。
「お姉さま……実はクッキーを焼いておいたのですが、お召し上がりになりますか?」
「うん、紅茶も買ってきたし一緒に食べよっか」
玄関周りに散らばる枯れ葉を一緒に片付けて、コハクはカリニャンと共に紅茶と菓子を楽しんだ。
カリニャンが助かって本当に良かった。
コハクにとって、カリニャンはもう大切な人間の一人なのだ。
信頼しているし、守りたいと思っている。
コハクにとってカリニャンはもはや、単なるNPCなんかじゃないのだ。
だからこそ、不安になる。
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称号:邪神の狂信者
名前:カリニャン
Lv10
性別:♀
種族:白猫族
異質技能
【蕃神之寵愛】Lv繧ォ繝翫Φ
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この子の技能の正体が、全くわからないことに。
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