第35話 この気持ちは本物なんだ
魔境と呼ばれる森林地帯に出現した、凶級レイドボス【墓守の白獣姫】。
人気配信者『ランリバー』は、そんなレイドボスの討伐に乗り出した。
過去に1度凶級レイドボスを倒した経験があり、今回は180レベルを越える多数のリスナーたちと共に戦いに挑んだ。
ところが、突然の未知の強敵の乱入に一行は圧倒的敗北を喫した。
ランリバーとパートナーのカエデだけはログアウトする事で脱出したが、他のプレイヤーたちは皆やられてしまった。
しかもその後不思議なことに、戦いに参加したリスナーの半数ほどと連絡がつかなくなっている。
ゲームそのものへのログイン履歴も、配信へのコメントも。不自然に途絶えてしまっているのだ。
「クソが、1度負けたからって薄情なやつらめ……」
彼らがどんな恐ろしい最期を迎えたのか知るよしもないランリバーは、今日も悪態をつきながらヴォルヴァドスをプレイする。
現実世界からの視界が暗転し、ロード画面からゲームの世界へ切り替わった瞬間。
ランリバーの前に、その名状しがたきものは現れた。
『勇敢なるものよ……聞こえるか?』
「……あ? なんだ……?」
ログインしてまず目に入ったのは、一面銀色の世界だった。
銀色の霧のようなものが周りにたちこめて、その奥に赤い火のようなものがちらちらと動いている。
『我は旧き神。この世界を悪神から取り返すべく、長らく勇気と力あるものを探していた』
「なんだなんだ、新手のイベントか?」
『大いなる勇気と力をもつ者、ランリバーよ。そなたに我が力をやろう』
――――
▽新規技能を獲得しました。
【獲得経験値×10】【レベルアップ速度5倍】
▽新規ジョブ【勇者】が解放されました。
▽ジョブ【勇者】の固有技能が追加されました。
【断罪の剣】
▽新たな称号を獲得しました。
【神に選ばれしもの】
▽新規異質技能を獲得しました。
【蕃神の加護】
――――
*
「わかった。あとで現実世界で聞くね」
アイリスから聞いた話をメノウとも共有……したくはあったものの、認識阻害の効果でそれは叶わない。
ので、ヒスイはメノウには地球に戻ってから向こうで話す事にした。
一方、全て聞いていたジンはというと。
「そ、そうか……。おれたちの世界は偽物なんかじゃなかったんだな。おれのメノウお姉ちゃんへの気持ちも、本物だったんだな……」
ひどく安堵しているようだった。
基本的にプレイヤーのパーティメンバーとなっているNPCは、無気力なことが多い。その理由は、『この世界はゲームだ』と教えられているからである。
メノウがジンにそう言った事はなかったが、前のパーティのリーダーがからかうついでにそう言った事があったのだ。
「――プレイヤーのみなさんは、この世界を偽物の……遊びのために作られたものだと思ってるんですよね。
だから、あんなに……あそこまで酷い事ができるんですよね。きっとあちらの世界では心優しい人が、罪悪感もなく……」
悔しい。
たとえどんなに訴えかけたとしても、プレイヤーにこの世界が本物なのだと、この世界の住民にも心があるのだと、信じてもらえることはない。
「偽物だからって、生きた人間じゃないって……ただの人形だから、お父さんもお母さんも……みんなみんな、遊びで殺されたんです……。悔しい、悔しいです……」
何もできなかった。何の力もなく、プレイヤーに対して言いなりになるしかなかった。
あの悲劇は、カリニャンの心に一生消えない深い傷をつけている。
大きな体を小さく縮こまらせて、カリニャンは震えながら泣いていた。
「カリニャン……よしよし」
コハクは背のびして辛うじて届くコハクの頭をよしよしと撫で、そっとぎゅっと抱き締める。
「ぐすっ。お姉さまぁ……」
「好きなだけ泣いてていいからね。僕はずっと側にいるから」
するとカリニャンはがばっとコハクを引きずり込み
「お姉さまぁっ……私お姉さまと結婚する~……!」
そして全力で抱き締めながら頬擦りをする。
そんなふわふわに埋もれたコハクは、まんざらでもなさそうに笑う。
「結婚……キマシタワね」
そんな2人をみて、何やらニチャリとニヤつくヒスイなのであった。
*
「いやぁ~、これから大変だねカリニャン」
「お姉さまと一緒ならどんな困難もピクニックです!」
ヒスイとメノウがログアウトすると、コハクとカリニャンはいつも通り一緒の部屋でイチャイチャしながら過ごす。
窓の外には夕焼けと緑が広がっていた。
屋敷の周りは朱雀との戦いで焦土と化していたが、幻影召喚で呼び出したある魔法少女の力で元通りの森に戻っている。
「アイリスさんの所へもいつでも転移できるようになったし、数日したらブゲナ山脈の攻略に行かなくちゃね」
「玄武さん……すごく強そうですよね」
「うん、話が通じればいいけど……理性を失っている可能性もあるんだってね」
アイリスいわく、神獣たちは戦いの中でヴォルヴァドスとの戦いの中で力を削がれ、大幅に弱体化しているらしい。
それに伴って理性や自我が喪失している可能性もあるのだという。
「もし戦う事になっても、きっと僕たちなら大丈夫だよ」
「お姉さまと一緒なら私は最強ですから!」
2人は長旅の疲れからか、そのままぼんやりとベッドの上で並んで横たわる。
――結婚か。
ついさっきカリニャンが口にした言葉を反芻しては、無意識に頬を紅く染めるコハク。
剥き出しの愛情というものが、これほどまでに気持ちいいものだとは。
愛を謳い軽薄な男に抱かれる母親の元にいた頃には、想像もつかなかった幸せだ。
コハクは恋愛をしたことはない。しようとも思わなかった。
けれど、カリニャンの事だけは……どうしようもなく、側にいたい。
いつまでも君とただ、笑っていられたら。
カリニャンの大きな横顔を見て、コハクは――
「うっ……?」
「お姉さま?」
〝それ〟は突然やってきた。
強烈な喉の渇きと耐えがたい飢餓感。
それが、突如としてコハクの身体を襲った。
――動けない。
まるで1日中炎天下の元で歩き続けたような、喉の渇き。
まるで1週間は何も口にしていないかのような、空腹感。
このまま衰弱して死んでしまうのではないかという苦しみに、コハクは悶えた。
まるで電池切れのように身体に力が入らない。
一体なぜこんな事になったのか。
それは本能が囁きかけるように教えてくれた。
「お姉さま! しっかりしてくださいっ!」
「かり、にゃ……」
弱々しく開いた口から、白く長い犬歯が光る。
――血が足りない。
コハクの種族は吸血鬼だ。
プレイヤーのアバターではない本物の肉体を得てから、もう1週間は経っている。そして一滴も吸血していない。
「ち、血を……、飲ませて……」
「ち、乳? 私の? お、お、お姉さま急に大胆ですね?! いいですよ!! お姉さまなら喜んで吸わせてあげます!!!!」
「ちがうよカリニャン……」
「違うんですか!? 残念……」
「飲みたいのは……血、血液……」
嬉しそうに服を脱ごうとするカリニャンの誤解をなんとか解いて、血を飲みたいと伝えた。
カリニャンは残念そうだ。
「そういえばお姉さまって吸血鬼でしたね。
私の血ならいくらでもあげますよ!」
「あり、がとう……」
カリニャンはコハクを抱き上げる形で自身の頚元にコハクの顔を近づける。
カリニャンの首筋の比較的体毛の薄い部分。
「いつでもどうぞ、お姉さま♡」
さらけ出されたその柔らかな肌に、コハクは躊躇しながらも犬歯を突き立てた。
牙は毛皮の中にゆっくりと沈みこんでゆき、やがてぷつんと毛の下の皮膚を突き破った。
『んくっ、んくっ……』
甘い。
この世にこれほどまでに甘美なモノがあったのかと驚くくらいに、甘く美味しい液体が口の中で溢れ出る。
カリニャンの血液は、コハクにとって世界一の味だった。
元来……吸血鬼にとって最も美味な血液は、その吸血鬼を愛する者の血液だ。
「あぁ、お姉さま……」
コハクが飲みきれず溢した血の滴が、カリニャンの純白のふわふわを紅く穢してゆく。
「愛してます……あぁ……、私に夢中なお姉さまもなんて可愛らしい……」
カリニャンはコハクを愛している。
それも極めて重めな愛情だ。
「んーっ……」
まるで脳髄を焼くように理性を失いかけるほどに、その血は美味だった。
抗い難いその禁断の味は、今後の日常に影響を及ぼすほどにコハクを虜にしてしまう。
この日を境にコハクとカリニャンは、もう戻れない関係へと足を踏み込む事になるのであった。
吸血側が攻めなのも受けなのもどっちも美味しいよね()
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