第34話 次なる目標
『神』と呼ばれるようになったのは何時からだろうか。
その少女は、産まれながらにしてとても大きな力を持っていた。
傷を癒し恵みをもたらし、時には村に襲いくる魔物を退けることもあった。
人々はそれを、〝奇跡〟と呼ぶ。
そうしている内に、少女は『聖女』などと呼ばれるようになった。
少女はより多くの人々のために自らの力を振るった。
森を拓き、人々の営みに祝福を与えていた。
しかし――
少女は、敵国に捕らえられ、ありとあらゆる苦痛を伴う実験に使われた。
そして少女は苦しみのあまり、その地に眠る【龍脈】を呼び起こしてしまう。
地上に現れし龍脈は敵国を一瞬で消滅させた。
そして龍脈と一体化した少女は、龍神と呼ぶべき存在へと進化していたのであった。
*
「――蕃神の名は【ヴォルヴァドス】。
もうわかるじゃろう? ヴォルヴァドスが送り込んだ者ども。それこそがお主たち、【侵略者プレイヤー】なのじゃよ」
「ヴォルヴァドス……。ゲームのタイトルと同じだ」
アイリスの口から告げられたこの世界の『真実』。
それを聞いたコハクもヒスイも、その表情は重苦しかった。
「ヴォルヴァドスの棲む世界……お主らの故郷の世界は、この世界よりも上位の座標に位置しておるようなのじゃ」
「座標?」
「位置エネルギーが上って事じゃ。高い所から物を落とすと、強い力が発生するじゃろ?
世界の座標でも同じ事が起こる。
プレイヤー……たかだか人間がこうも強力なエネルギーを得ておるのは、位置エネルギーの優位性に他ならぬのじゃろうな……」
「あの……それ、本当に私が聞いてもいい話なんでしょうか?」
「言ったろう? むしろ聞いてほしいくらいじゃな。だってお主、妾の眷属神の末裔じゃもん」
宙に浮きながらぷらぷらと足を振り、気だるそうに答えるアイリス。
カリニャンの先祖――。
龍神となったアイリスには、眷属として龍脈の力を分け与えし4体の神獣がいた。
『玄武』
『朱雀』
『青龍』
『白虎』
アイリスが言うには、カリニャンは白虎の末裔であるという。
「種族名も白虎ってなってるしな」
「白虎……あやつはよく人の男児と遊んでおった。
恐らくは、妾が封印された後にその人の子と交わり子を成したのじゃろうな。雌じゃったし」
「ケモおねショタ……」
「なんか言ったかのヒスイ?」
「いいえ! 何も!!」
「おねしょた……?」
「カリニャンは知らなくていい事だからね?」
「とにかく! じゃ」
話の腰が少し折れかけながらも、アイリスは真面目な顔をして仕切り直そうとする。
「妾はヴォルヴァドスにこの世界への侵攻をやめさせたいのじゃ。
そうすればプレイヤーがこの世界へやってくる事もなくなるじゃろう」
「それは……」
「見たところコハクは完全にこちらの世界の存在になっとるみたいじゃし、カリニャンの望みも叶えられるじゃろう」
それはつまり、コハクとカリニャンの平穏が約束される事だ。
ただし、その時そこにヒスイはいない。メノウも、いなくなってしまうだろう。
「俺は……コハクとカリニャンのためなら、ヴォルヴァドスを倒すぞ」
「ヒスイ……。ありがとう」
コハクも1度は死んだ身だ。
地球へ帰れない……友達と会えなくなる事は、既に覚悟している。
むしろ、以前とは違ってちゃんとお別れを言えるだけずっとマシだろう。
「ただ……アイリスさん、気になる事がある。
ヴォルヴァドスは地球……ヒスイたちの世界の神なんだよね。
無事に追い返す事ができたとしても、地球の神のヴォルヴァドスに敵対したヒスイは地球で暮らせるのかな?」
「それは……わからぬ。じゃが、一人くらいならば妾の力でこちらの住民にできなくはない」
「俺も……この世界で……?」
「決めるのはお主じゃ。向こうに帰るべき場所があるなら、深入りする前に帰った方が善しじゃぞ」
帰るべき場所……。
ヒスイには、愛してくれる家族も友達もたくさんいる。
だから、これ以上〝ヴォルヴァドス〟と敵対する前に帰ってゲームをプレイしない方がいい。
だが――
「やるったらやる。ここで友達を見捨てる事なんてできねえよ」
「そうか。ま、気が変わればいつでも抜けてよいからのう?」
「ヒスイ……。ありがとう」
「いいんだよ。俺のわがままだからな。……なんかあった時の為に、俺も家族に手紙でも書いておくかな」
もちろん死ぬ気もないし、地球で努力して手にしてきたものを手放すつもりもない。
だが、万が一……ヴォルヴァドスがヒスイを害しようとしてきたら。
そうはならないよう、ヴォルヴァドスには穏便に諦めてもらいたいところだ。
「さて……。ヴォルヴァドスの討伐か退散……この最終目標を達するためには、妾の力の全てを取り戻す必要があるのじゃ」
「レベル571……。既にかなり強いのに、これで弱体化した姿なのかよ」
「うむ。全盛期の妾は今よりもずっと強く、それでいて美しかった……。今は鱗もくすみ黄ばんでしもうたが、かつてはそれはそれは……」
かつてを想い耽るアイリス。
全ての力を取り戻したアイリスならば、ヴォルヴァドスを除く全てのプレイヤーをこの世界から駆逐する事も可能であろう。
「ヴォルヴァドスと戦えるのは妾だけじゃ。コハクやヒスイ、そしてカリニャンもかなり強い方ではあるが、神に届きうるほどの力は無い」
「ヴォルヴァドスとかレベル換算でどれだけ強いんだ……」
「妾にはそのれべるとやらは見れぬが、単純計算で今の妾の10倍以上の存在値を有しておったのは確かじゃ」
「うーわ……。そりゃ勝てねえな」
「妾の全盛もそれくらいの力を持っておったぞ?」
「なんかもう、インフレヤバいっすね……」
「そもそも弱体化・封印されておるとはいえ、妾と比較になるほどの強さをそう簡単に得られるプレイヤーどももおかしいと思うぞ?」
アイリスは呆れ顔だ。
封印されているとはいえ、アイリスは自らの分身をごく短時間ならば外部に飛ばせるのである程度世界がどうなっているかは把握しているのである。
数百年ぶりに外へ分身を飛ばしてみたら、プレイヤーなどという得体の知れない存在が世界中に蔓延っていたのだ。
呆れるなという方が無理である。
「また話の腰が折れたのう。
結論から言うとじゃな、ヒスイたちには散らばった妾の力と封じられた肉体を回収してきてほしいのじゃ。肉体は最後でいい」
「そいつはどこにあるんだ?」
「妾の眷属である四神獣の体内にある。妾は消滅する前に肉体と魂は別に力を4つに分け、眷属の神獣に貸し与えたのじゃ。どうやら神獣たちは現在は2体に減ってしまったようじゃが……」
悲しげにうつむくアイリス。
眷属とは言っても、家族のように大切に想っていた仲間だったのだ。
「神獣……って、カリニャンの先祖様かな?」
「そやつもじゃな。白虎に与えた力は……カリニャンの内に受け継がれ宿っておるようじゃ。じゃが、いろいろの面倒な事になっとるな。肉体と同じく後回しでよい」
「それじゃ別の神獣の所へか。話して分かってくれたらいいな」
「それは……平和的に解決できたらいいのう。
まずは、【玄武】の所へ向かってほしいのじゃ。寝るのが好きなヤツじゃ」
【玄武】――
それは、大いなる神獣その一柱。
大地を司り、陸を守護する、山と見間違うほどの巨躯の亀。
プレイヤーたちからの呼び名を借りるならば――
――凶級レイドボス【破戒の要塞亀】。
ここからは物語も後半戦……のつもりです。
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