第30話 ふあふあの平穏
章を追加しました。
ランリバーの襲撃はコハクの復活という形で退け、ひとまずは平穏を取り戻す事に成功した。
いつまた来るかわからないが、ランリバーのパーティメンバーの多くを倒したし、切り札だったという【朱雀の禍珠】も今はこちらの手の内にある。なぜかタマゴの形になっているが。
なので、当分はランリバーによる襲撃の恐れはないだろう。
屋敷の破壊された部分はヒスイがあっという間に修復し、簡易的ではあるが弱体化したコハクに代わり屋敷を守る結界も張ってくれた。
メノウはヒスイ――久敏と現実世界での交流を約束し、ログアウトしていった。……ジンの顔を太ももに挟んで眠るという形で。
夜。そんなこんなでカリニャンとコハクは今、寝室にてようやく二人きりで蜜月の時を過ごしていた。
「しかし、本当に大きくなったねカリニャン」
「成長期ってやつです! まだまだ大きくなってお姉さまを余すことなく包み込めるようになるんです!」
「今より大きくなったらこのベッドもまた替えなくちゃね」
コハクの身長がおよそ120cmの細身の幼女に対し、カリニャンは身長270cmはある。しかも筋肉質で引き締まった密度の高い体躯のため、コハクとの質量の差は10倍以上もある。
そんなカリニャンは膝の上に乗ったコハクを愛おしそうに頬擦りし、コハクはカリニャンの頭を優しくなでなでしながら笑い合う。
……カリニャンはホントはペロペロ舐めたいのだが、コハクに嫌がられてしまったので頬擦りで我慢しているのである。
「お姉さまはこの獣な私は好きですか? もし苦手なら人に近い姿にもなれますが……」
「大丈夫だよ。ふあふあであったかいカリニャンのことも大好きだからね」
「えへへっ、私もお姉さま大好きです~!!」
更にコハクをぎゅーっと抱き締めふわふわの中に埋めてゆく。
温かくて柔らかくて、コハクはカリニャンのその感触を堪能する。
(どきどきしてる……)
カリニャンの胸の奥で、鼓動を打つものを感じる。
熱くて力強い、カリニャンの命の原動力。
カリニャンも、『生きている』のだ。
この世界が本物であると示すように。
コハクも『生きている』。
コハクの中にも以前は感じられなかった鼓動と温もりがある。
それに、プレイヤーの擬似的な身体にはなかった生理的欲求が今は備わっている。
食欲、性欲、睡眠欲。
ご飯を食べなければお腹が空くし、眠らなければ眠くなる。
カリニャンの顔を見れば胸がドキドキする。
それに、排泄だってするし、痛みも以前よりリアルに感じられる。
一見当たり前の事なのだが、全てプレイヤーの肉体では起き得ない生理現象なのだ。
つくづく、自身はプレイヤーではなくなってしまったのだとコハクは実感した。
「カリニャン……? 何してるの?」
「え? 何って、お洋服を脱いでるだけですけれど?」
物思いに耽るコハクを横目に、カリニャンはなぜか身に付けているメイド服(ほぼスポーツブラと同じ布面積だが)を脱ごうとしていた。
「え、あ、いや……それはそうなんだけど、なんでいきなり脱ごうと……?」
「……? あぁ! そうですね、びっくりさせちゃいましたね。私、お姉さまが一年間寝ている時は毎晩こうして一緒に眠ってたんです!」
「そ、そうなの……?」
「それに、今の獣の姿の私にとって服はちょっと邪魔なんですよね。蒸れるし」
「それは……確かにそうだね?」
「じゃ、脱ぎますね」
「え、ちょちょちょ!?」
そしてそのままカリニャンは上半身をさらけ出した。
カリニャンの胸は大きめで服の上からもかなりのプロポーションを持っており――
脱いだらその持ち前のもっふもふが全てを隠し、むしろ服を着る前より体積が増え露出が抑えられていた。
「どうですお姉さま? 私のないすばでぃは?」
「うん。いや、その……」
セクシーポーズを決めて何やら誘惑してくるカリニャン。
その柔らかなふわふわの毛並みに今すぐ飛び込みたい。
というか飛び込んだらカリニャンにとっても嬉しいだろう。
「ふふふ、お姉さまったら顔が赤いですね~? ぎゅ~ってしてあげますよ?」
「ふぎゅっ!?」
カリニャンは有無を言わさずにコハクを抱き締めると、そのまま横たわる。
「んむぅ……」
ずぶずぶとカリニャンの胸のふわふわに沈んでゆくコハクの上半身。
外から見れば胸から上がほぼカリニャンの胸のふわふわに消えている状態だ。
(何ここ……天国?)
カリニャンの中はなんだかいい匂いがして暖かくて、包み込まれるような安心させてくれる所だった。
「カリニャン……かりにゃん……」
あまりの心地よさついうとうとしてしまう。
そんなコハクにカリニャンは、思わずぞくぞくと背徳感を覚える。
カリニャンがコハクへ向ける愛情は、さまざまな種類のものが交わり一年間カリニャンの胸の内で醸されたものだ。
――可愛い。
――ずっと側で見守りたい。
――食べてしまいたい。
――独り占めしたい。
レベル277。今のカリニャンの膂力は特化されており、コハクのものを大きく上回っている。
きっと今なら、コハクを押さえ込んで好きなようにできるだろう。
襲って無理やり食べる事もできてしまうだろう。
コハクはきっとそんなカリニャンを受け入れるだろう。受け入れるしかないのだろう。
でも、それじゃダメなのだ。
コハクの、大好きなお姉さまの好意と弱みにつけこむような真似は。
だから今はこうして抱き締めるだけで我慢する。
一年間、進化してから周期的に訪れる発情期だってそうやって耐えてきた。
今さらこの程度の欲求を抑える事くらいなんでもない。
「大好きですよ、お姉さま……」
腕の中で震える小さな温もりに、カリニャンはそう小さく呟いた。
これ以上は、今はまだ――
*
いつの間にかカリニャンは眠ってしまったようだ。
見上げればカリニャンの寝顔が間近にあった。
コハクが目覚めた嬉しさで忘れていたようだが、カリニャンは今日死にかけるほどの傷を負ったのだ。
今はコハクの力で癒えたものの、疲労の蓄積は残っている。
一年間寝続けていたコハクより先に眠りに落ちてしまうのは、必然とも言えるのであった。
「すう……すう……」
寝息を吐き出すその大きな口の中が間近に見えた。
牙が4本覗かせて、その奥は鋭い歯が並んでいる。
喉の奥まで見える。
コハクの小さな身体など、カリニャンのこの口にかかれば5分もかからず平らげられてしまいそうだ。
コハクから見たカリニャンのそれは、完全に肉食獣の口であった。
しかしコハクは、それに恐怖する事はない。
牙の間から漏れる獣の息遣い、そのからだの力強さ。
毛並みの暖かさもなにもかも、コハクにとってカリニャンの全てが愛おしい。
元々コハクは、誰かに抱き締められたことがなかった。
真冬のベランダに追いやられ、見ず知らずの男に抱かれる母を見ていた記憶が蘇る。
コハクは、いつか誰かに抱き締められたかった。
けれど、それは『心の底から愛する誰か』が相手でないとダメなのだ。
母の自堕落な様子を見ていたコハクは、誰よりもそれを知っていた。
だからこそ、今。
カリニャンに愛情たっぷりに抱き締められて、コハクはこれ以上ないほどの多幸感に包まれていた。
1年。1年もの間、眠り続けるコハクの側にいてくれた。
寿命が尽きるまで側で尽くすと誓ってくれた、そんな一人の少女の気持ちに。
コハクはこれからカリニャンとたくさん向き合い、時にその重たい心や身体を受け止める事となるだろう。
ずっとずっと隣で笑い続けるために。
コハクは、ある決意をする。
(近い内にまた、〝あの場所〟に行ってみようかな……)
彼女なら、今のコハクとカリニャンの助けになってくれるだろう。
向かうなら、ヒスイも同伴した方がいい。
――この世界の真実を知る〝旧き支配者〟の眠りし、迷宮へは。
コハクちゃんのおちゃ堕ち(造語)は近い……
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