表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

30/94

第29話 おはよ

 光の奔流は次第に細くなり、やがて跡形もなく消え去った。

 朱雀の姿も無く、完全に消滅したようである。


「た、倒したんですね!」


 そんなカリニャンへ薄明の聖騎士(アルバ)が振り向いた。


 声はしない。


 けれど、柔らかく微笑むとその場で小さく手を振って――

 そのまま、星屑のように光の粒子となって消えていった。


 それからカリニャンは、朱雀が消えていった場所の真下に何かを見つけた。


「タマゴ……?」


 それは真っ赤な殻の、大きな大きなタマゴであった。

 地球でいうダチョウのものよりも更に一回り大きいだろうか。


 それを拾い上げて見ていると、カリニャンの胸の中で何やらもぞもぞ動き出した。


「ぷはっ、なんとかなったみたいだね……」


「あ、お姉さま」


 ややぐったりとしながらカリニャンの胸から這い出したコウモリ姿のコハクは、地面に降りると元の人の姿へと戻った。


「寝起きなのにもうすごく疲れたよ……」


 しばらくカリニャンの胸に挟まれ身動きが取れず、かなり息苦しかったのである。

 が、カリニャンが胸に入れてなければカリニャンの放った攻撃の余波で吹き飛んでいてもおかしくはなかった。


 コハクもそれを理解しているので、別段責めたりはしなかった。



「さて……。それじゃ改めて言うね。〝おはよう、カリニャン〟」


「はいっ! 〝おはようございます! お姉さま!!〟」


 ちょうど1年。

 死して1年後に奇蹟は起こされた。


 色々と聞きたいことはあるが、それよりも今は再会の喜びを堪能する方が先だ。


「ああぁ、もうじれったいです! ずっとずっと愛してますおねーさまーっ!!!!!!!♡」


「うわっ!?」


 ついに我慢できなくなったカリニャンは、コハクに飛びかかり地面に押し倒してその顔を犬のようにペロペロ激しく舐めだした。虎なのに犬のようだ。


 現在コハクのレベルは28。身体能力も大幅に弱体化しており、我を忘れたカリニャンから逃れる事は不可能である。


「ヘッヘッヘッヘッ!! お姉さまぁ! お姉さまぁん!!!♡」


 喜色の声を発しながら尻尾を振ってべろんべろんとコハクを舐め回す。あまりにも夢中で横にいるジンのことなどすっかり忘れていた。


 コハクもカリニャンの好意を受け止めることにまんざらでもなく、この狂喜を止める術はここにはなかった。









 *







「あっ、メノウお姉ちゃん!!」


 それから少しして、メノウがログインしてきた。

 そして目の前の惨状に二重の意味で愕然としていた。


 屋敷の一部は破壊され、周囲の森は屋敷近辺を残してほとんどが真っ黒に焼失していた。


 被害の大きさは途方もなく、屋敷が残っている事が奇跡のように感じられた。




 それと……




「カリニャンちゃん……?」


 カリニャンが、何やら小さな女の子を押し倒してべろんべろん舐め回している。


 ハッキリ言ってこっちの方が理解に苦しむ状態であった。


「……! メノウさん!」


 メノウの声で我に帰ったのか、カリニャンはコハクの上からよだれを拭って立ち上がった。


「うぅ……」


 コハクはよろよろと起き上がってカリニャンにもたれかかる。


 そして、メノウのステータスを確認する。


「君、プレイヤー?」


「そうよぉ? 敵じゃないから安心してね。それで君はコハクちゃん?」


「そう、だけど?」


 メノウもコハクのステータスを視る。

『プレイヤー』の表記が失くなっている以外は、以前に見たときと全く同じステータスであった。


「どういう事なの……?」


 コハクは現実世界で死んだと聞いていた。

 しかしこの状況は何なのだろうか。運営のイタズラ? にしてはたちが悪過ぎる。



「大丈夫かカリニャンっ!!!」


 遅れて、ヒスイも慌てながらログインして合流してきた。


 が、戦いは既に終わっており、今はただコハクを舐め回したくて仕方がないカリニャンがウズウズしているだけだ。


「無事……そうだな。色々とツッコミたい事はあるが、みんな無事で本当に良かった」


 コハクの事は一旦置いて、皆の無事に安堵するヒスイ。

 その様子を見てコハクは、ふっと微笑む。


「僕との約束、守ってくれたんだね」


「ああ。親友の遺言だからな」


「それと……古波蔵尊が死んでから、どのくらい経った?」


「今日でちょうど1年だ。墓参りの帰りだ」


 当たり障りなく、それでいてお互い遠回しに探るような会話。


 それもそうだろう、ヒスイにとっては死んだ親友のような『何か』が動いているのだから。


「……単刀直入に聞くわ。お前は何だ(・・)?」


「僕は……。〝多分〟古波蔵尊……コハクだよ」


「多分っつーのは自分でも確証がないんだな?」


「うん。久敏が疑うのも仕方ないと思うよ。僕も自分のことを疑ってるから」


 二人の気まずい距離感に、あわあわするカリニャン。しかしカリニャンにはどうする事もできない。


「……じゃ、いろいろ聞くわ。お前が本当に尊なのかどうかそれで判断する」


「わかった。僕も僕が僕だと思いたいからね」


「んじゃ、尊が8歳の誕生日に俺の家で食ったケーキは何だった?」


「人気洋菓子店『ステラバックス』のモンブランケーキだったね。産まれて初めてのケーキに泣くほど感動したのを覚えてるよ」


「……合ってんな。んじゃ、13歳の夏に二人だけで行った海辺の街は何処だ? そこで何をして遊んだ?」


 それは二人の想い出だ。

 このゲームに出会う前の、かけがえのない煌めく想い出。


「神奈川県小田原市の〝根府川〟だ。駅舎の下にある、あの場で150年前に起きた災害の犠牲者を弔う御堂の中で手を合わせながら涼んだり――」


 川沿いに住宅街を進んだら、山神を奉る小さな祠を見つけてお詣りしてみたり。


 海沿いのキャンプ場でバーベキューをしていた家族と仲良くなったり。



 母親があと数日は帰ってこない尊を連れ出して、ただひたすらに美しい世界を久敏は見せてくれた。



「――あの日の事は、今だって感謝しているよ」


「……そうか。それじゃあ次の質問で最後だ。最後の記憶は〝どこまで〟覚えている?」


 ヒスイの問いは、ひどく残酷であった。

 ヒスイもそれをわかっている。だが、それを確認しなければ納得できないのだ。ヒスイも、コハクも。


「覚えてるよ。全部。……お母さんに包丁で胸を刺された感触も、身体から血が抜けて冷たくなっていく感覚も」


「……っ」


「……それから、僕の体をバラバラにしてダムに棄てにいった所も、なぜか覚えてる。ゲームの三人称視点みたいにさ、後ろからぼーっと見ている感じだったよ。あのときの僕は幽霊だったのかもね。その後、僕のお葬式に来たのはお爺ちゃんとおばあちゃんと久敏だけだったね。僕の顔、ぐちゃぐちゃになってたからか棺の窓は開いてなかったけど――」


「もういいっ……わかったよ、お前は紛れもなく本物の尊だ」


 生々しいあの日の光景を鮮明に語るコハクを、ヒスイは半ば遮るように本物だと認めた。


「そっか。久敏がそう言うなら僕は本物の(みこと)なんだね。今はコハクだけど。これからはコハクって呼んでくれる?」


「ああ。これからもよろしくな、コハク!」


 あまり悩んでいても仕方がないので、ヒスイはさっさと話を先に進める。

 ジンとカリニャンは完全に蚊帳の外だ。メノウは話こそ理解しているものの、二人の間に入ることはしない。


「しかし、やっぱ訳わかんねえ事ばっかだな……」




 コハクがこの世界で蘇ったこともそうだ。


 死者蘇生など、まるで神の奇蹟ではないか。

 この事が知られれば大騒ぎになるだろう。


 ただし、地球に戻れる訳ではなさそうだが。


 コハク目線ではログアウトの項目が失くなっているらしい。

 プレイヤーとしての機能の多くは残ってはいるが、ログアウトはできない。完全にこの世界の住民となったかのようだ。


 死亡(ゲームオーバー)の際にもコンティニューできない可能性もある。


 ただそれは、コハクにとって現実がこちら側になっただけのこと。


「お姉さま~! 私とももっとお話してほしいです!!」


 舌なめずりをするカリニャンに、コハクは自ら寄ってゆく。

 1年間もコハクを想い守り続けてきた。


 カリニャンの重たい重たい愛情を、コハクには受け入れる覚悟があった。


「よしよし、カリニャンは大きくなったね」


「えへへ、おねーさまーっ♪」


 ぎゅっと抱き締められ、温かなもふもふの中でコハクはカリニャンを実感する。


 今のカリニャンはコハクが知ってる姿とはまるきり違う。


 身長が大きく伸び、全身を毛皮で包まれて……

 けれどそれがまた、温かくて柔らかくて安心感を与えてくれる。



 カリニャンと、この場所で平穏な日常を送れたらどれほどいいか。


 しかし、運営が名指しでカリニャンを殺させようとしている以上、そう簡単には安寧は訪れないのだろう。別の場所に逃げたとて、また場所まで知らされてしまうだろうし。

 何より、ランリバーがまた来る可能性だってある。


 戦いはまだ終わっていないのだ。


「ヒスイ。これからも、よろしく頼む」


 いつの日か平穏に、幸せに暮らせるようになるために。


 コハクは未来のために決意するのであった。



面白い・続きが気になると思っていただけたら、ぜひともブックマークや星評価をよろしくおねがいします!

趣味が合いそうな知り合いに布教するのもいいですよ!!!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] これが見たかった!!!  カリ×コハのイチャイチャが!!!!  待ってたぜぇぇえ!!!!! [気になる点] 小さな祠……  ん〜……蕃神と関係してたりするのかなぁ? [一言] まぁともかく…
[良い点] 面白いです、わくわくがとまらない [気になる点] これからの物語展開が気になります [一言] おうえn
[一言] 死後の記憶も残っているという謎が増えたコハクさん。カリニャンのよだれで服が透けたりしていないのだろうか。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ