第26話 琥珀のように
――神様。
もしも神様がいるのなら、聞いてくれませんか。
私はただ、幸せになりたいだけなんです。
最強だとか、お金持ちだとか、人気者だとか。
そんなものは何一ついらないんです。
ただ、大好きなお姉さまさえいれば。
お姉さまの隣にいられたなら。
それだけで良かったんです。
もし私の願いが叶うなら、死ぬ前にもう一度だけ……お姉さまとおはなししたかった。
――ランリバーはカリニャンの首を切り落とさんと、剣を振りかぶる。
もはやカリニャンの命運は尽きたかに思えた。
『いいわよ』
無明の闇より、〝ソレ〟は応えた。
『あと1回ね』
黒い風が泣いている。
*
(まずい、まだ着かないのかっ!?)
翠川久敏は、焦っていた。
乗っているバスが渋滞にはまってしまったため、このままでは帰宅がかなり遅くなってしまう。
彼の見るスマホの中には、『ランリバーチャンネル』という配信者の生配信が映されていた。
レイドボス『墓守の白獣姫』を討伐するという趣旨の配信で、そのボスと激戦を繰り広げている。
――レイドボスはヴォルヴァドス屈指の上位パーティ相手に、たった一人で互角に渡り合っていた。
だが、いずれは均衡が崩れるだろう。それがカリニャンが有利な形ならばいい。
しかし、そう上手くはいかないものだ。
早く自分も参戦しなくては。
亡き親友の、大切なものを守らなくては。
しかし時間は無情にも過ぎて行く。
ランリバーたちとカリニャンの力の均衡はとうとう崩れた。
勝負を焦ったカリニャンが大技を出し、それを避けられたのだ。
「まずいまずいまずい……」
反動でまともに動けないカリニャンに、ランリバーは無慈悲に攻撃を加え……そしてとどめを誘うとしていた。
久敏は自分を憎んだ。
肝心なときに、何故あの場にいられないのか。
託されたのに、何故なにもしてやれない?
不甲斐ない、情けない。
『ぎゃははははははっ!!!』
画面の向こうで下卑た笑い声が聞こえてくる。
とうとうカリニャンの首に刃が振り下ろされる……かに見えた、次の瞬間。
「ぐっ!? いってぇ、なんだぁ?」
突如屋敷の方から金色のビームがランリバーめがけて放たれ、とどめの一撃を中断さけたのだった。
「しっ、師匠を殺すならっ……先におれを殺してからにしろっ!!!」
屋敷の窓から飛び降り、すかさずカリニャンとランリバーの間に割り込んだ。
ジンは、圧倒的な力の差を理解しながらも勇気を出してランリバーに立ち向かった。
「ダメ、です……あなたは生き延び……」
「ここで師匠を見捨てたら、おれはメノウお姉ちゃんに会わせる顔がないんだよ!!」
精一杯の気力を振り絞り、ジンはランリバーを睨み付ける。
「なんだ、ただの雑魚か。どけ、俺らはそのレイドボスに用があるんだよ」
「ど、どかねえ!!」
「そうか。一応言ってみただけなんだがな。じゃあもろとも死ね」
ランリバーは何の悪意も殺意もなく、ただ無邪気に白い虚構の刃を振りかぶった。
――今度こそ終わりだ。
久敏は、絶望してしまっていた。
友の宝物を守れなかった。
誰かの大事な人を救えなかった。
きっと、この後悔は一生ついて回る。
ならばせめて、彼女たちの最期を見届けなければ。
心臓が嫌に鳴りやっている。
そして再び、ランリバーの刃は振るわれた。
一撃で仕留めるために。
それはランリバー全力の一閃だった。
――しかし。
久敏は、その後に起こる出来事に絶句する。
なぜならそれは、決してあり得ないことだったのだから。
この世の理を無視するような、そんな異常が目の前の画面の向こうで起こっていた。
*
何も感じず何も思考できず、無明の闇の中でただ漂っていた。
友の顔も、嘗て愛していた人の名前さえも考えられない。
ただ、久遠の果てにやってくる輪廻転生を待つだけであった。
けれど、〝掬い上げられた〟。
もう一度、自分が自分でいられるように。
次こそは、琥珀のように美しく尊き人生を。
神は微笑んでいる。
*
「今度こそとどめだっ!! 虚構剣!!!」
ランリバーの刃が轟音をたてて振るわれた。
人体など容易に木っ端微塵にできる一撃が、カリニャンとジンとその後ろの屋敷ごと纏めて切り裂かんと振るわれる。
そして人が放ったとは思えない衝撃波が一帯の空気を砕き、土煙がたちこめる。
しかし、ランリバーは違和感を感じていた。
剣が何か硬いものに阻まれている。
奥の屋敷ごと裂く勢いで放ったつもりなのに、なぜかこれ以上傷ついた様子はない。
数秒かけてだんだんと土煙が薄れてゆく。
そこに立っていたのは――
「へ……?」
痛くもない。なんともない。ランリバーの攻撃を覚悟して瞼を閉じていたカリニャンは、一向に何も起こらない事に不思議に思い、前を見た。
――それは、夢のようで夢なんかじゃない。
全ては現実だ。
しかしカリニャンはすぐには目の前の現実を直視できなかった。
「あ、あぁっ……?!」
「よく頑張ったね、カリニャン」
奇蹟は起こされた。
神は微笑んだ。
蒼き誓いの刀でランリバーの剣を受け止めて、少女は優しくカリニャンに語りかける。
「んだよいいところで邪魔しやがって。なんだてめえはよ?」
「僕はこの子の主人――」
その銀髪の少女の名。
それは――
「コハクだよ」
コハクちゃん復活! 勝ったな(確信)
コハクちゃんの活躍を早く見たいって人は星評価をよろしくお願いいたします!!
カリニャンちゃんの超重感情が解き放たれる所も早めに見られるかも???
……あまりこういうことは書きたくないのですが、感想欄で特定の国の人たちを貶すような差別的なコメントをするのはやめてください。




