第25話 虚構の刃
屋敷の窓から庭へと飛び降りて、カリニャンは現れたランリバーの方を向き睨み付ける。
双方の距離は100mは離れている。
だが、互いに必殺の攻撃の射程圏内であった。
「師匠! おれも――」
「ジンくんはお姉さまをお願いします。あいつは……私が倒さなきゃいけないんです」
「でも……いや、わかった」
素直に引き下がるジン。
ジンの現在のレベルは140。戦闘向きの技能もいくつか獲得しており、決して弱くはない。
だが――
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称号:背徳の騎士
名前:ランリバー
Lv234
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NPCであるカリニャンたちに、ランリバーのステータスが見えている訳ではない。
だが、ランリバーから放たれるその圧が物語っていた。
カリニャンと戦える、すなわち同格である――と。
つまりが、ジンでは足手まといにしかならないのだ。
(まずは、とにかくお屋敷からあいつを離す!!)
カリニャンの考える事は、いたってシンプル。
屋敷を巻き込まない離れた場所で、全力の戦闘を行うつもりなのだ。
「はあっ!!」
カリニャンはランリバーへ一気に接近すると、巨大な掌底をその体に叩き込んだ。
並大抵のプレイヤーならば、接近された事にすら気づけず一瞬でゲームオーバーの一撃だ。
しかしランリバーは、カリニャンの攻撃に反応してみせた。
「くはっ! 強くなりすぎだっての!」
防ぎきれた訳ではなく、カリニャンの目論見通り遠くへ吹き飛ばす事には成功した。
が、ダメージはほぼないように見える。
「あの頃とは違うんですっ!!」
カリニャンは吹き飛んでゆくランリバーに追い付いて追撃を加えようとする。しかし――
「レイドボスに一人で挑む馬鹿がいるわけないだろ?」
「はっ……!?」
カリニャンから真横より、突如として炎を纏った実体のない槍が複数本飛来してきた。
間一髪、カリニャンは串刺しにされる前に身をよじって回避し、辺りを警戒する。
直前まで見えなかった。
この現象も、カリニャンには心当たりがある。
「きゃははっ! あとちょっとだったのに惜し~い!」
ふっと虚空にオレンジ色の髪をした少女の姿が浮かび上がる。
ランリバーと常に行動を共にしていた、カエデというプレイヤーだ。
その他にも、数人のプレイヤーたちが現れた。
彼らはどれも190レベルは下らない猛者たちである。
数の上では不利。何より、カリニャンの攻撃をそれぞれ数回は耐えられる耐久力とカリニャンにさえダメージを与えられる攻撃力がある。
油断をすれば、危険だ。
「虚構剣ぅ!!」
ランリバーの剣が白き『真空』を纏い、そして〝飛ぶ斬撃〟が警戒しているカリニャンへ襲いかかる。
「こんなものっ!!」
カリニャンは拳でそれを相殺し、死角から攻撃を加えようとしてきたプレイヤーの一人に雷を纏った蹴りで吹っ飛ばす。
ランリバーが相手をしている隙に、それぞれが一撃離脱を図る作戦だ。
「そおらそらそら!!! 強くなったなぁカリニャン! 俺は嬉しいぞ!!!」
「あんたなんかに褒められたくないですっ!!!」
当のランリバーはカリニャンと真正面から攻防を繰り広げている。
ランリバー本来の強さは、カリニャンよりやや劣る。しかし、周囲から攻撃を支援したり、バフをかけたりする仲間のおかげで互角に渡り合っていた。
「最上位プレイヤー10人がかりで互角かよ! 最強のレイドボスなんじゃねえかこいつ?」
プレイヤーの一人がそんなことを言った。
(それにしてもまずいですね……。数は向こうの方が有利な以上、このままじゃいずれ削られきられてしまいそうです……)
カリニャンは思考する。
魔境の魔物たちと死闘を繰り広げてきた経験を糧に、この均衡状況を打開できる方法を模索する。
そして、考え付いた。
「逃げたぞ!!」
カリニャンは、隙を見て背を見せ逃走した。
ランリバーたちがギリギリ見失わない程度の速さで引き付ける。
そしてカリニャンは、【空中跳躍】で空へ飛び上がった。
空中へ出るなぞ自殺行為だ。魔法を狙い当てやすい的になってしまうからだ。
……本来なら。
カリニャンの本気の空中跳躍は、一瞬で上空500mまで飛び上がった。
「纏めて焼却してやります!」
全てはカリニャンの思惑通り。
敵を少しでも屋敷から離してから、カリニャンの本気の一撃を解き放つ――
「おい……まさか――」
これから起こる事を察したプレイヤーの一人がそう言った。
「はああああああっ!!! 白雷一閃ッッッ!!!!!」
それを表現するならば、まるで流星のようだと言う他ないだろう。
カリニャンの身体は、純白の光を纏い神の雷と化していた。
その速度は、音速の数倍。
その上で莫大な雷を纏い、そして地上のランリバーたちへと突撃し……そして――
その場所は、小さな集落ならばまるごと収まるほどの黒く焦げたクレーターとなっていた。
その中心に立つ、一際目立つ白い獣の姫。
「はぁ、はぁ……やった、やりましたよ……みんな」
プレイヤーは死んでも復活する。
けれど、それでもあのランリバーを倒せた。
少しは故郷のみんなの、両親の弔いにもなろうか。
気配はない。
カリニャンの一撃で跡形もなく消滅したのだろう。
「お姉さま……ジンくん……」
カリニャンは、技の反動で思うように動かない身体を引きずって屋敷へとゆっくり戻る。
森の魔物たちはそんなカリニャンを見るなり、一目散に逃げ出してゆく。
そしてカリニャンはお屋敷の前までたどり着いた。
ひとまず、脅威は去った。
今はただ、大好きなお姉さまの温もりを感じて休みたい。
そう、完全に油断していた。
「うっ……?」
ドスッ、という音と共に背中から胸にかけて冷たい感覚が走った。
見ると、胸から剣の先が飛び出し真っ赤な血が噴き出していた。
「いやあ、ほんとバケモンだわお前。何あの攻撃。当たってたら誰でもゲームオーバーだわ」
「う、ごぶっ……な、なんで――」
ランリバーは確かにあの場で殺したはず。
甦ってもそうすぐに現れられるようなものでもないはず。
なぜ、無傷なのか。
「きゃははっ! アタシのスキルの効果よ!」
カエデが何やら自慢げに話し出す。
「アタシは幻を見せる技能を持っててね。見事引っ掛かってくれて嬉しいよ、カリニャンちゃ~ん?」
「さあ、お次はショータイムだぜ?」
ランリバーはカリニャンの身体から乱雑に剣を引き抜くと、そのまま切先を屋敷へと向ける。
「まさか……」
「虚構剣!!」
ランリバーの剣に白いもやのようなものがまとわりつく。
そして振りかぶって――
「い、あああああああっっ!!!」
屋敷を両断せんと放たれた三日月型の斬撃は、間に割り込んだカリニャンの肉体を切り裂いて消えた。
「が、ごぼっ……」
カリニャンの肉体は極めて頑丈で、建造物を軽く切り裂く斬撃すら受け止めてみせた。
だが、次は防げない。
重要臓器を含む内臓はズタズタになり、まともな人間ならば即死していてもおかしくないダメージだった。
傷口から大量の血液が流れ出てゆく。
カリニャンの命が倒れたグラスのようにこぼれてゆく。
「くっひゃひゃひゃひゃひゃっ!!!! 泣かせるねぇ、『大切なご主人様の亡骸を護ってる』って設定だっけ? 安心しろよ、ご主人様と同じ所に送ってやるから!」
そしてランリバーの剣は、カリニャンの首を切り落とさんと振るわれた。
星評価マジでおなしゃす




