第23話 この気持ち溢れて
ジンを救出してから数日後。
カリニャンの屋敷には、ジンとヒスイとメノウが集まってお茶会を開いていた。
「カリニャンちゃんって、本当にメイドさんなんだね」
「はい! お姉さま専属のメイドです!」
3m近い巨体で小さなクッキーをハートの形に形成して焼いて、紅茶を小さなカップに注いで、それはそれは繊細な動きであった。
カリニャンのメイド道は独学だが、本職のそれに引けを取らないほどに洗練されたものだ。
その上、戦ってもかなり強い。
そしてなにより重要なのが、でっかくてもふもふしていて抱き締められると超あったかいのだ。
これはもう本物のメイドよりも本物と言っても過言ではないだろう。
「あたしたちけっこうここでお世話になってるから、そろそろ何かお返ししたい所ね……」
「いいんですよ? 賑やかな方が楽しいですし、私目当てのプレイヤーの方たちを説得してくれてとても助かってます!」
あれからも度々、かなり強いプレイヤーたちの襲撃があった。
が、皆が皆カリニャンの言葉に耳を貸さない訳でもなく、その上でヒスイやメノウといったプレイヤーが説得することで血を流させずに退散させられた事もある。
平穏を求めるカリニャンにとって、これは本当に助かっていた。
ジンくんも、稀にくる魔獣の襲撃に対応してくれたりと役に立ってくれている。
上位プレイヤーのパーティにいただけあってレベルは110はあるのだ。
――おれを弟子にしてくれ!!
と、言われた時はさすがのカリニャンも驚いたが。
レベル200。
もしかすると、ジンもレベル200に達すればカリニャンのように〝進化〟するのかもしれない。
ジンは『稀人』という、所謂人間の中から稀に産まれる希少な種族の子供だ。
それ故に産まれたときから奴隷として売買され、巡りめぐってライキに買われメノウと出会った。
ジンの修業はかつてコハクがカリニャンにしたように、ある程度弱らせたレベル100超の魔獣と戦わせる……といったものだった。
もちろんヤバそうになればすぐに助けるつもりだが、今のところジンはだいぶ余裕そうだ。
「おれがレベル200になったら敵なしになっちゃうぜ、きっと!」
「ふふ、それじゃあたしはそんなジンくんのお嫁さんに相応しくなるために頑張らないとね!」
そんな二人のイチャイチャを横目に、カリニャンはどこか遠く離れた景色を見るかのような眼差しをしていた。
――もしもお姉さまが死なずに済んでいたら、今ごろ二人と同じように幸せに戯れていられたのだろうか。
どうかこの二人には、自分のように悲しい思いをしてほしくない。
プレイヤーとNPC。
住む世界が違う、本来混じり合わないはずの二人。
メノウとジンは、このゲームがサービス終了するその日まで、ずっとずっと共に愛し合うことだろう。
*
ジンがカリニャンに弟子入りするにあたって、メノウと共に屋敷に住むこととなった。
そのため、お屋敷の空き部屋をひとつ改装しジンとメノウの寝室をヒスイが造った。建築ができるスキルも所持しているためである。
そんなヒスイとカリニャンの許可を得て、メノウとジンは屋敷のとある部屋へと足を踏み入れた。
「この子が……」
「はい! 愛しのお姉さまです!」
巨大なベッドの上に寝かせられた、銀髪の小さな小さな少女。
ここは、カリニャンとコハクの寝室だ。
カリニャンにとって1番大切なものを、ここに住むこの二人には見せておこうと思ったのだ。
「話には聞いていたけれど……こうして見ると、悲しいね……」
「けれど、私はこの悲しみも丸ごと愛するって決めたんです」
「すごいや、カリニャンちゃんは」
「もしメノウお姉ちゃんがある日突然目覚めなくなっても、きっとカリニャンと同じことをするとおもう」
「ジンくん……」
じんわりと目頭が熱くなってゆく。
ジンやカリニャンのそれを、狂気と呼ぶものもいるだろう。
その狂気には、既に慣れ親しまれた名がある。
『愛』だ。
時に愛は、全てを凌駕する究極の狂気となる。
時も性別も種族も生き死にも、住む世界さえも――
カリニャンは、コハクの枕元の花瓶に摘んできたばかりの白い百合のような花をさした。
カリニャンはコハクにお花を供える事が日課となっていた。
それはたとえ、同居人が増えたとしても。
「お姉さま……」
もう二度と目覚めることはない。
けれど、やはり想像してしまう。
何か奇蹟が起きて、コハクが目を覚ますことを。
小さなコハクの温かで華奢で愛しい愛しい身体を抱き締めて、この気持ちで溺れさせてしまいたい。
コハクの心を独り占めにしてしまいたい。
いっそ食べてしまおうか。
カリニャンの気持ちは深く重く、アブナイレベルに達していた。
メノウとジンが部屋を去った後、カリニャンは扉に鍵をかけカーテンを閉めると、ベッドの上のコハクに覆い被さるようにして抱きついた。
この匂い、この感触。
そしてコハクの顔を、その半分はある大きな舌でぺろり。
――嗚呼、この味。
全てが愛おしい。
日々強くなってゆく、コハクへの愛情。
けれどその愛情を受け止めるコハクの心は、そこにはない。
だから、どんどん愛が滞って溜まって澱んでゆく。
溢れて零れたこの気持ちは、一体何処へ辿り着くのだろうか。
自分でも自覚はしている。
この愛の行き着く場所は、破滅に近い所かもしれないと。
――嗚呼、お姉さま。
お姉さまが目覚めなくなってから、まもなく1年が経とうとしています。
今日もカリニャンは、コハクの額に口づけをして眠りにつく。
おやすみなさい、お姉さま。




