第2話 魔境に住む者
ヒロインの登場じゃよ
山に囲まれた深い深い樹海の奥。
手付かずの大自然の中に、ぽつんと小さな屋敷がひとつあった。
屋敷の周囲は石畳で舗装されており、それなりに綺麗な様相であった。
するとその玄関から、銀髪の幼い少女が現れる。
彼女の見かけは10歳前後だが、とても大人びた様子で屋敷の周囲を見て回る。
彼女にとって毎朝の日課なのだ。
それからあちこち一通り回ると、少女は物陰で小さく呟いた。
「通知確認……っと」
《~緊急討伐クエスト!!~》
~〝邪神の狂信者〟を討伐したプレイヤーには、☆6武器〝魔剣グラム〟をプレゼント!! 早い者勝ちです!~
少女の目の前に半透明で四角形のウィンドウが浮かぶ。
それは運営からのメッセージで、画像が添付されていた。
少女はウィンドウをタップし画像を開く。
それは、白髪の女の子だった。
少女よりも見た目はなら5つは歳上そうだ。
幸薄そうではあるが、邪神の狂信者という雰囲気は皆無である。
「……興味ないね」
そうしてため息をついてウィンドウを閉じた。
向こうから襲ってくるならいざ知らず、こちらから幼気な少女を殺そうなどとは思わなかった。
それがたとえ『ゲーム』だとしても。
彼女が望むのは、穏やかな日常。
プレイヤー同士のスリリングな戦いにはもう飽きた。罪も無いNPCを傷つけるのだって、自分には合っていない。
だから、山奥でスローライフを送る事を選んだのだ。
ふと、屋敷の入り口辺りの花壇に水を与えていた時の事だった。
「マジか……」
入り口であるアーチ状の門の前に、白髪の女の子が倒れているのを発見した。
服装は血まみれの襤褸。大ケガをしているのは遠目から見ても明らかだった。
追い剥ぎ……はあり得ない。この森に盗賊どころか人も住んでいないからだ。あるとすれば、魔獣に襲われ命からがらたどり着いた、という事だろうか。なんにせよ疑問は残る。
それよりもしかし、その顔には見覚えがあった。
少女は傷だらけの彼女の顔を見つめる。
やはり、か。
運命というものがあるならば、どうして面倒ごとばかり運んでくるのだろうか。
その白髪の少女は、間違いなく先ほどの〝運営からの通知〟で見た『邪神の狂信者』であった。
*
――全感覚没入型VRゲーム『ヴォルヴァドス』
ある日突然、何の告知もなく発売された世界初の完全感覚没入型オンラインゲームである。
発売当初こそ話題に上がらなかったものの、その『まるで現実のような』までに完成度の高い世界やキャラクターたちが話題を呼び、瞬く間に全世界で大人気ゲームとなったのである。
そして他の追随を許さない自由度の高さも魅力のひとつであった。
(……せめて、事情を聞いておきたいな)
倒れていた少女を屋敷へ運び込み、彼女は考える。
『邪神の狂信者』だなんて物騒な肩書きだが、その寝顔からはそんな邪悪さは感じられない。
もしも人格に問題のあるNPCなら追い出すまでだが、そうでないのならここで匿う事もやぶさかではない。
しかし、何があったのか彼女はかなりの重傷だ。全身打撲はまだ良い方。脚には深い刺し傷があり、特に右腕に至っては二の腕から先が無い。
出血は今も続いており、早急に治療しなければ死は間近だろう。
――やむを得ない。
「【幻影召喚】……〝胡蝶の百合〟」
彼女は自らの『スキル』を発動させ、手のひらの中に淡く光る白百合を産み出した。
その花の光に触れた少女の傷は、瞬く間に塞がり癒えてゆく。
この〝幻影〟は、部位欠損すら癒す高位の回復魔法と同等の効果がある……と、説明には書いてあった。
ちなみに実際に部位欠損を治すのはこれが初めてである。
脚の傷が
全身の打撲が
欠けていた右腕が
例外なく治癒してゆく。
特に右腕は骨ごと再生してゆく。本当に部位欠損まで治癒できるのだと知って、彼女は感心した。
「ん?」
ふと、癒えているのがそこだけではない事に気がついた。
頭から猫の耳が、腰からは猫の尻尾が。
治癒魔法にかけられた影響で生えてきた。
それはつまり、今まで耳と尻尾を欠損していた事を意味する。
「何があったのホントに……」
ひとまず、彼女は白髪少女改め白髪猫耳少女が目覚めるまで側にいた。
着ていた襤褸は衛生的に良くないので、簡易的に他の清潔なシャツを代わりに着せた。
それから数時間してからの事だ。
「うぅ……わたし、生きてる……?」
「おはよ。気分はどう?」
猫耳の少女はゆっくり身体を起こすと、二人の視線が交わった。
「悪く、ないです……。あの、君が助けてくれたの?」
「そういうことになるのかな。僕はコハク。こう見えてたぶん君より歳上だから。よろしくね」
彼女――もといコハクは、儚げに微笑みかける。
とはいえコハクの見た目は10歳程の銀髪少女。その見た目もあってか、警戒心は割と早く解れたようだ。
「助けてくれて、ありがとうございます……。ところで、ここは何処なんですか?」
「ここは〝ヴェルノード大森林〟の奥地にある、僕のお屋敷だよ」
「ヴぇ、ヴェルノードって、あの魔境の……!?」
ヴェルノード大森林と言えば、この世界でも屈指の強力な魔物が跋扈する魔境である。
そんな所の最奥に人が住んでるなど、聞いたこともない。
病室の窓から見える外は、のどかで平和な花園そのものだ。間違っても、魔竜はばたく魔境とは思えなかった。
「まあね。ここで暮らしたかったら住んでもいいよ? 魔境の最奥だし、逆に敵対するような輩も来なくて安全だしね。あと一応外からは認識されない結界で守ってるし」
おかげで他の心なきプレイヤーに襲撃される心配も無い。
「そういえば君の名前を聞いてなかったね。教えてくれる?」
「わ、私は、カリニャンです……。本当にここで暮らしてもいいんですか?」
「いいよ。帰る場所が無いなら、だけど」
「帰る場所は……もうありません。よ、よろしくおねがいします……」
カリニャンが頭を下げたのと同時に、きゅるるんと腹の虫が鳴ってしまった。
それにコハクは思わず微笑みをこぼす。
「あの、その……」
「いいよいいよ、お腹すいてるんでしょ? これ半分あげる」
コハクは何処からかサンドイッチを取り出すと、半分に折ってカリニャンに分け与えた。
今日のお昼ごはんにしようと思っていたものである。
白いもふもふの尻尾をぴょこぴょこ振るい、泣きながらサンドイッチを頬張るカリニャン。
「な、何から何までありがとうございます……! この恩は必ず……!!」
サンドイッチ分けてあげただけでここまで感謝されると、なんだかむず痒くなってくる。
人と接するのって難しいな、と思うコハクであった。
今日はお昼か夕方にもう1話投稿します