第18話 優しき獣のお姫さま
毒竜を白雷で打ち砕き焼き尽くすと、カリニャンは屋敷へと戻ってメノウたち二人組の元へ近づいた。
「っ! こ、この子は殺させない……!」
圧倒的な力の差を理解してもなお、メノウはカリニャンから少年を守ろうと戦意を保っていた。
「殺しませんよ?」
「し、喋った!!?」
「あぁ……この姿だとやっぱりちょっと怖いですよね」
……それに、露出度の高い形態でもある。
毛皮で色々隠れているとはいえ、カリニャンの羞恥心は綱渡りの状態だ。
なので、さっさと人の姿に戻り、ちゃんと身体を隠してくれるメイド服に戻した。
「ひ、人の姿になった……?」
「私、戦う時なんかはさっきの獣の姿になるんです。これでも一応人間ですよ?」
「そ、そうだったのね……。助けてくれてありがとう。
そうだ、この子が今、傷と毒で死にそうなのっ!! 何か、何か、あの竜の毒にも効く解毒剤でもあればっ……!」
咄嗟に重要な事を思い出し、カリニャンに縋るメノウ。
「解毒剤は今はありません。……延命はできますが、私の力ではそれが限界です」
ここは事実を言うべきだろうと、カリニャンはそう伝えた。
「そんな……ジンくんが死んだらあたしっ」
「けれど、今日なら何とかできるかもしれません」
「えっ?」
「今日は高位の治癒魔法を扱えて、なおかつ希少なありとあらゆる物を持ってる人が来る日なんです。
なんとかなるかもしれません」
「わ、わかったわ。それまでの延命をおねがいしますっ……」
そうしてカリニャンは、意識も朦朧としている橙色の髪の少年――ジンの胸に手を翳す。
カリニャンが行うのは、自身の〝耐性系〟の技能を他者と共有する技能。
そのままズバリ【耐性共有】である。
この魔境で独り暮らすカリニャンには無用の長物になるかと思われていたが、こんな所で役立つとは。
カリニャンは自身の【猛毒無効】をジンと共有し、毒の進行を食い止めた。
だが、ジンの体内から毒が消えた訳ではない。
スキルの効果が切れれば、再び毒に喘ぐことになるだろう。
だから今は、回復薬で傷を癒しヒスイが来るまでの時間を稼ぐのだ。
「――メノウお姉ちゃん……? おれ、一体どうなって……?」
屋敷の一室のベッドに寝かせられたジンが、意識を取り戻した。
傷もある程度癒え、一時的に毒が効かなくなった。
とはいえ、体力の消耗は大きく、峠は越えたがまだ油断できない状況である。
「目が覚めましたか?」
「うおっ!? でっか!!?」
「ジン! 大丈夫、この人は味方だよ」
「あはは……」
人の姿になっていても、カリニャンの体格や身長はそのままだ。カリニャンは、彼が寝かせられている部屋の半分ほどを占拠した上でジンを巨大な顔で覗き込んでいた。
「あ、あんたが助けてくれたんだな……。ありがとう……」
「どういたしまして。けど、私がやったのは単なる延命でしかありません。治療できる人はそろそろ来るはずです」
メノウたちがここへ来てから二時間。
屋敷の玄関前に、フッと人影が出現した。
ログイン時のスポーンポイントを屋敷前に設定しているのだ。
「カリニャンちゃ~ん? 俺だけど~?」
「はいはーい!」
カリニャンは巨体でたたっと玄関まで向かい、扉を開けて出迎える。
カリニャンが信頼している、数少ないプレイヤーの少女……ヒスイだった。
「ヒスイさん、早速で悪いんですがすぐ来てくれますか?」
「ん? ああ、わかっ……ちょ、引っ張るなって! いや抱えなくても自分でいけるからっ!!」
*
「……なるほど」
ジンが寝かせられた部屋までやってきて、ヒスイは事情を全て把握した。
「それで、ジンは助かるんですか……?」
「結論から言うと、余裕だな。王毒竜の毒は俺の治癒魔法による浄化が効く」
「よ、よかったぁ……」
「んじゃ、ちゃちゃっと治しちゃおうか」
ヒスイの手のひらに優しい光の珠が浮かび上がる。
そしてそれをジンの傷口に当てると、珠はそのまま体の中へ吸い込まれていった。
「か、体が軽い……?! さっきまであんなに怠くて死にそうだったのに!」
「おー、良かったなボウズ。念のため3日くらいは安静にしといた方がいいぞ」
「本当に、本当にありがとうございます……! カリニャンさんも、ヒスイさんも、恩を返しても返しきれません!」
深々と二人に頭を下げるメノウ。
すっかり回復して嬉しそうなジンに、まんざらでもない笑みを見せるヒスイ。
彼が助かって本当に良かったと思う、三人なのであった。
「――そんな出自だったんだ、カリニャンさん……。あの事件で亡くなった子が、カリニャンさんの……」
メノウはヒスイの口からカリニャンの悲惨な境遇を聞き、同情で涙を見せていた。
当のカリニャンは庭でジンと戯れて遊んでいるが。
「俺は親友の望みを叶えていたい。だからここで、独りひっそり暮らすカリニャンちゃんの支えになるつもりだ」
「ぐすっ……。優しい人ですね」
「それは君もだろ。ジンくんを必死に守って助けようとしてさ、あのカリニャンちゃんが気に入るだけある」
カリニャンは今でもプレイヤーが嫌いだ。
だが、NPCを咄嗟に身を呈して庇うような心優しい者には寛容でもある。
「ここのこと、戻っても秘密にしておきます」
「ああ。そうしてくれると助かる」
ここはあの人外魔境とは思えないほど、暖かくて心地がいい。
この美しい花園は、カリニャンが愛する亡き人の形見なのだ。
――〝墓守の白獣姫〟
どうか彼女の墓守が、誰にも邪魔されずに続けられますように。
メノウは、そう願わずにはいられなかった。
でっかくてもっふもふで強いカリニャンちゃん。いいよね。
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