第17話 人外魔境の頂点の一角
幻だろうか。
そう、メノウは自分の正気を疑った。
こんな人外魔境の中心に、幻想的な花園と荘厳な屋敷が建っている光景。
あり得ない――。
幻だろうか。人を誘き寄せる未知の環境だろうか。
ただ、もはやあの幻に縋る他に二人が助かる道はなかった。
「だ、誰かいませんか……」
アーチ状の門を抜け、メノウは花園へと足を踏み入れる。
もしもこんな場所に『人』がいるのだとしたら。
最後の希望を信じ――
――風が唸っている。
空気が重い。
まるで、あの猛毒の湿地帯へ迷い混んでしまった時のような。
いや、あの時以上の圧を感じる。
ここにもいる。
魔境に点在する過酷な環境を支配するような、強大なる〝主〟が。
その気になればこちらを簡単に殺せる強大な存在が、何処からかこっちを見ている。
それに敵意を向けられた瞬間――死ぬ。
「メノウお姉ちゃん……」
「大丈夫っ……あたしが必ず守るから!」
メノウとて弱くはない。
レベルは105。上位のプレイヤーである。
最悪、全ての切り札を切って相手と刺し違える覚悟だってある。
美しき花園は静かで穏やかで、それでいて〝余計な事をしたら死ぬ〟という恐怖を感じさせる。
僅か数秒、されどとても長く感じられる時間が過ぎたその時。
「ゲヒャアアアアッ!!!」
紫の鱗、猛毒の棘。
静寂と緊張の幕を切り裂き、空から紫の竜がメノウたち目掛けて勢いよく飛来した。
「や、やつは……! まさか追ってきていたなんて!?」
それは、メノウたちのパーティを壊滅させ、背中の少年に致命傷と毒を与えた化け物。
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種族:王毒竜
LV:182
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猛毒の湿地帯の主、王毒竜であった。
「くっ、そおぉぉっ!!!」
眼前に猛毒滴る竜の鉤爪が迫ってくる。
――駄目だ、もう助からない。
メノウは少年を庇うために彼を抱き締め、竜に背を向ける。
――この子は、この子だけは死なせたくない。
「うああああああああっ!!!!」
ぎゅっと瞼を瞑り、痛みに備えて身体を強張らせていた。
しかしその時。
見えてはいなかった。けれど、すぐ真横を駆け抜けて、何か大きなものが自分たちの側に現れたのを感じた。
「? ……?!」
「なに、あれ……?」
目を開ける。メノウは、何度目かの自分の正気を疑った。
そこには、神々しい白き虎が毒竜の頭を掴み押さえ込んでいたのだから。
人狼にも似た、獣が二足歩行をしているかのような姿。けれど顔つきや体型は人間の少女のようで、たてがみのように伸びるふわふわの髪は、常に帯電しているようだった。
それがただの魔物ではないことは明らかだ。
見た目こそ魔物に近いものの、衣服を纏っている。
――ふさふさの白に黒い縞模様の入った腹部と、豊満な乳房の横側が露出しているノースリーブ。
股が隠れる程度の長さの極めて短いスカート。
総じて、露出の多いメイド服と形容できようか。
地肌が見えていれば、かなりきわどい格好だ。
人型をしているがその体躯はとても大きく、高さだけでも3mはあろうか。腕は丸太よりも太く、身体は非常に筋肉質だ。
「グギッ……ギョオオォォッ!!!」
「ま、まずい!!」
頭を地面に押さえつけられた毒竜が、猛毒の吐息を吐き出そうとしていた。
ブレスが放たれれば、広範囲に死が撒き散らされる。
そうなれば、この花園もあの虎も自分たちも、確実に死んでしまう。
それを察した白虎は、毒竜がブレスを吐き出す前に空へとぶん投げた。
そして自身も、【空中跳躍】と【縮地】を用いて空中の毒竜へと襲いかかる。
毒竜も負けじと身体から生えている大量の毒針を飛ばすが……カリニャンはそのほとんどを叩き落とし、数本が手足に刺さったもののその猛毒は全く効いていない。
「な、なにあれ……」
レベル182もの魔物が、一方的に叩きのめされている。
王毒竜は、メノウが見てきた魔物の中で最も強い化け物だった。
にも関わらず、あの毒竜がまるで歯が立たない。
致命的な猛毒が、まるで効いていない。
「そ、そうよ、あの謎の魔物のステータスを……」
ここにきてようやく、メノウは謎の白虎のステータスを覗く発想に至った。
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レイドボス:【墓守の白獣姫】
LV:236
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「れっ、レイドボス……!?」
レイドボス――それは、周囲のあらゆる存在とは隔絶した強さを持つ、別格の強者に冠される呼び名。
魔物の平均レベルが10程度の平原では、レベル30ほどの魔物がレイドボスとなる事がある。
それと同じように――
この、プレイヤーすら簡単に死ねる人外魔境の中でも、超越的な存在。
それが、目の前で毒竜を一方的に嬲る白き虎の姫君なのだ。
*
初めてヒスイと邂逅してから、更に一月。カリニャンは墓守ライフをそれなりに楽しんでいた。
メイド服が獣形態だと暑くてたまらない――と、ヒスイに相談したところ、コハクやヒスイが常連の職人プレイヤーに協力してもらい、魔境の魔獣の素材を用いてメイド服を超改造してくれたのだ。
具体的には、獣形態になると半自動でかなり布面積が減る――だとか。
半分くらいはヒスイの趣味だが。
ただこのメイド服は、そこらの魔法金属の鎧よりも頑丈で防具として高性能。
この森に恥じらいの対象はいないし、もしもコハクが目覚めたとしてもむしろたくさん見てほしい。
そんな素敵な衣服を手に入れて、上機嫌なカリニャンなのであった。
いつも通り独りで目覚めないお姉さまのお世話と家事をする。
今日も、なにひとつ変わらない日常になるはずであった。
「おや……? 珍しい、魔物の襲撃でしょうか?」
何かが敷地内に入ってきたのを感じた。
この一帯の魔物たちはもはやカリニャンを恐れ、この屋敷に近づこうとはしてこない。
なので、何処からかはぐれてきた魔物か何かだろうか。
そう思い、屋敷の窓から観察していると――
「人? まさかプレイヤー……」
それは、傷だらけの少年を背負った少女だった。
プレイヤーに苦手意識のあるカリニャンは、無意識に殺気立つ。
だが次の瞬間、その二人を狙って紫の竜が空襲してきたのが見えた。
そして、少女が少年を身を呈して庇おうとしていたのも。
体が勝手に動いた。
肉体が獣形態のものへと切り替わり、一瞬で彼らと竜の間に割り込んだ。
そしてそれから――なんだか見慣れない種類の竜ですねぇと呑気に思いつつ、カリニャンは〝『猛毒の湿地帯』の主、【王毒竜】〟をあっさりと屠るのであった。
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