第16話 NPCの決意
カリニャンは進化で身長3m近い巨体となった。
そのせいでサイズの合う衣服も下着もない上に、屋敷の中の家具もサイズが合わなくなっていた。
だがしかし、ヒスイのサブジョブは【大商人】である。
いつでも何処でも自分の『商品』を取り出せる【在庫取出】のスキルにより、カリニャンに合うサイズの下着とメイド服を取り出した。
「この服がいいんだろ?」
「はい。私はいつまでもお姉さまの従者でいたいので」
メイド服だけではない。
今のカリニャンに合うサイズの家具や回復薬など、ヒスイから生活に必要な様々な物資を受け取った。
それらは全てヒスイの商会の品物だ。全てヒスイの自腹である。
「何から何までありがとうございます」
「いいんだ。こうする事が、あいつの望みなんだからな」
深々と頭を下げるカリニャンに、ヒスイは満足そうに微笑んだ。
ヒスイは滅多にここへは来れないだろう。
受験もあるし、バイトだってある。
付きっきりでカリニャンを守れる訳ではない。
「次に来るのは7日後だ。もしまた欲しいものがあったら、紙に書いておいてくれ」
「はい! ヒスイさんもお気を付けて!」
ならばせめて、週に一回だけでもここへは来よう。ヒスイはそう決めたのだ。
そうしてヒスイの姿はふっと一瞬で消え失せた。
ログアウトしたのだ。
また独り……
静かで寂しい雰囲気が屋敷に満ちる。
けれど、カリニャンはもう心に踏ん切りがついていた。
コハクは死んだ。
けれどどうやら最期まで自分の事を気にかけてくれていたらしい。
決して、カリニャンの事が嫌いになった訳ではなかったのだ。
「お姉さま……。ずっと、側にいますからね」
そしてカリニャンは、人間用ではないメイドの衣装を纏っていつも通りお掃除とお花の水やりに専念するのであった。
*
「あ、あっつい……」
家事をしている最中の事だった。
カリニャンは、自分が進化前とは違い獣の身体である事を実感していた。
今は真夏だ。しかも、かなりのもふもふ具合の上にメイド服。
あまりにも、暑い。あと蒸れる。
「う、うぅ……」
せっかくもらったのに今すぐ服を脱ぎ去りたい。けれどそれは信条に反する。
――毛皮も着脱できたらいいのにっ!
……と、思っていると。
「あれ……?」
カリニャンの手を覆うふさふさの毛が、どんどん短くなってゆく。
そして、進化前と同じ白い地肌が露になった。
確認してみたところ、手だけではない。
ほぼ全身が、進化前と同様の人間に近い状態となっていた。
「これは……要検証ですね」
それからカリニャンは、進化した自分の身体について検証した。
デフォルトの姿は狂化した時同様の獣形態だが、自分の意思次第で進化前の人間に近く毛の少ない姿にも成れるらしい。
ただその間は力が抑えられ、姿の維持には欲求をある程度我慢する必要があるようだった。
つまり、定期的に獣の姿に戻らないとかなりのストレスがかかる。
しかもだ。数日かけて検証した結果、今のカリニャンは生理的欲求が以前よりかなり強くなっているらしい。
なので人形態を維持しようと欲求を1日中我慢した結果、再び狂化状態になりかけてしまった。
その時はなんとか自分の意思で押さえ込んだが……。
幸い食料はたっぷりあるし、森の魔獣の肉も悪くない。コハクは眠ったままだし、ここらに他に恥じらう人間はいない。
屋敷に影響を与えない範囲で、カリニャンが己の欲求を解消をするには何ら問題はなかった。
「お姉さま……」
そして夜になり、カリニャンはコハクの部屋へと入る。
今までコハクを寝かせていたベッドは小さく、3m弱の体格のカリニャンが乗る事は不可能だった。
なのでヒスイに、今のカリニャンが眠れるサイズの大きなベッドを新調してもらったのだ。
そしてカリニャンは肉体の枷を解いて本来の獣の姿に戻り、纏っていた衣服を脱いで布団の中へ潜り込んだ。
それからコハクのぬいぐるみのように小さい身体をふわふわの胸でそっと抱き締めると、そのまま眠りにつく。
――お姉さまは自分とは真逆だ。
ヒスイから聞いたコハクの境遇は、まるで真逆であった。
血の繋がっていない両親に愛され、最期は命をかけて庇われたカリニャン。
血の繋がった母親に憎まれ殺され死体はバラバラにされたコハク。
自分たちは、会うべくして会ったのかもしれない。
「おやすみなさい、お姉さまぁ……おねえさまぁっ……」
胸の中のコハクの脱け殻は、温かくて柔らかくて小さな鼓動だって感じられる。
けれどもう2度と動いて話すことはできない。
そうしてカリニャンは、今日も啜り泣きながら眠るのであった。
ずっと一緒。
――死して尚。
*
――ヴェルノード大森林。
そこは、プレイヤー含めて前人未到とされるこの世界屈指の魔境だ。
ヴェルサス大陸の8分の1を占める面積に、極めて高い魔素濃度を持つ。
一度足を踏み入れれば、レベル100を超える格別の魔物どもがありとあらゆる方向から襲ってくる。
それだけではない。
――飛沫を浴びただけで即死の猛毒の沼地。
――触れたら最後、生きたまま氷像と化し死ぬまで動けなくなる氷樹の森。
そういった過酷な環境が点在している所も、魔境を前人未到たらしめていた。
廃人プレイヤーたちからは俗に言う『エンドコンテンツ』に近い扱いを受けている。
だが、この魔境の最奥へたどり着いたプレイヤーはいないと言われている。
過去にもレベル190もの当時『世界最強』とされたプレイヤーが挑み、そして三日後にレベルが半分の状態でリスポーンしたという話は有名だ。
しかし、それでも尚この魔境へ挑むものは途絶えない。
希少な素材や、レアドロップ品を落とす魔物。それだけでも十分過ぎるほど、この場所は魅力的なのだ。
その最奥には果たして何があるのか。
数多のゲーマーたちは今日も魔境の果てを求め、そして返り討ちとなる。
――魔境の中でさまようこの少女もまた、その一人だった。
「はぁっ、はぁっ……」
「お、おれなんか、もう見捨てて逃げてよ……」
「黙ってて! 絶対にぃっ! 見捨ててやるもんか!!」
オレンジの髪の少年を背負い走るのは、ピンクのツインテールの少女。
彼女もまた、魔境の奥にロマンを求めるプレイヤーの一人だった。
「メノウお姉ちゃん……おれは、もう……助からないから……」
「喋るなって言ってるでしょ!! 絶対に助け出してやるんだから!!!」
オレンジの髪の少年は、腹に穴が空いている上、猛毒に冒されておりもはやその命は風前の灯であった。
――魔境に挑む。
死んでもレベルが半分になるだけで済むプレイヤーにとっては、それはさして恐れるものではなかった。
だがしかし、仲間のNPCはそうはいかない。
まさか自分たちのパーティが、たった一匹の魔物に壊滅させられるとは思わなかった。
仲間のNPCもプレイヤーたちも、応戦したがまるで歯が立たなかった。
みんな、一瞬でやられてしまった。
100を超す上位プレイヤーたちが、まとめて瞬殺だった。
プレイヤーの仲間はまだいい。NPCの仲間たちは、死んだらそこまでなのだ。
だから――この子だけは、何としても守り抜く。
しかし、本来このような万一の時に備えて用意していた使い捨ての帰還アイテムも、使おうとした瞬間に攻撃を受けた拍子に破壊されてしまった。
何とかその場から逃れ、あの魔物を撒いたのはいい。けれど放っておけば間もなくこの子は死ぬ。
毒消しアイテムも効かない。回復薬は使いきってしまった。
一体どうすれば。ツインテールのプレイヤー――メノウは、苦悩していた。
「メノウお姉ちゃん……あそ、こ……」
「何? あ、あれってまさか……」
――その時、二人は信じられないものを見た。
人が住むには過酷過ぎる、この前人未到の地にはあり得ない存在。
木々の隙間の向こうの開けた場所になぜか、花々咲き誇る庭園に大きな屋敷が建っていたのだから。
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