第15話 弔い
「アアアッッ!!」
カリニャンの拳が宙を掠め、一人のプレイヤーの頭蓋を砕かんと振るわれる。
人間の数倍はある体躯を持つ白い虎の少女は、理性を持ち合わせずただ全力で侵入者を破壊せんと暴れ回っていた。
「は、話と違うっ……古波蔵の話じゃ可愛らしいケモミミロリなはずじゃ――」
「去レえぇぇぇっ!!」
元の姿より大きく変貌したカリニャンの攻撃を紙一重で避けながら、水色の髪の少女――ヒスイはギャップとのショックを受けつつ攻防を繰り広げる。
もっとも、親友に託されたカリニャンを傷つけるわけにはいかないため攻撃はほとんどしていないが。
「想像よりケモ度高くて身体も大きいけどっ……これはこれでっ!!!」
「ギャッ!?」
一瞬の隙をつき、ヒスイの掌底がカリニャンの額に炸裂する。
それと同時に、ヒスイはある技能をカリニャンへ発動させた。
――その名は【破邪】
対象のありとあらゆるバフやデバフを打ち消す技能だ。
ステータス情報を見るに、今のカリニャンは【状態:狂化】と表記されている。
理性を失って暴れているのは十中八九それが原因だろう。
だから、それを強制解除させるために破邪を発動させたのだ。
しかし――
(抵抗された!? レベル223は伊達じゃないって訳か!)
「い、たいっ!!」
額に受けた掌底は、しっかりカリニャンに痛みを感じさせていた。
しかし、未だカリニャンの理性は戻らず。
(破邪が効かない……って訳じゃなさそうだな。たぶんあと1回でも当てられれば、正気を取り戻すはず)
勘に近い手ごたえを希望に、ヒスイはカリニャンへ向き直る。
―――――――――――――――――
称号:神翠の灰被姫
名前:ヒスイ
Lv227
性別:♀
種族:ハイエルフ
ジョブ:神兵
サブジョブ:大商人
固有技能
【思考加速Lv8】
【状態異常無効】
【破邪Lv6】
【万能建築Lv8】
【金運上昇Lv9】
【在庫取出LvMAX】
【価値鑑定LvMAX】
高位技能
【身体金剛LvMAX】
【降光魔術Lv6】
【万能結界Lv5】
【高位治癒魔術Lv7】
【他者ステータス閲覧Lv8】
―――――――――――――――――
半年間このゲームをやっていなかったとはいえ、ヒスイもまたコハクに並ぶヴォルヴァドス最上位のプレイヤーである。
レベルも僅かにカリニャンを上回っている。
だが、戦闘に関するスキルの豊富さでは劣っていた。
「さっきはいきなり叩いてすまん!! 俺はヒスイ! コハクの友達だ!!」
「!!」
「カリニャン! 俺は君に用があってここへ来た! コハクの頼みだ!! もし君に少しでも理性が残っているのなら、攻撃をやめてくれないか!!」
『レイドボス』として認定されているだけあり、ヒスイ一人ではカリニャンに勝つことは難しいだろう。
ならば、ここは正直に打ち明ける他あるまい。
見ている限り、カリニャンには僅かながら理性が残っている。
屋敷の花畑は一月放置されたとは思えないほど綺麗に整っているし、敷地の外には大量に見かけた魔獣の残骸も、ここには一欠片も見当たらない。
この状態のまま、カリニャンは以前と変わらず掃除や花の世話をしていた事が見てとれる。
「う、ううぅ……わた、し……おねえさまの……」
猛る本能を抑え、カリニャンはヒスイにゆっくりと歩み寄る。
――プレイヤーは嫌いだ。
けれど、お姉さまの友達ならば。
「破邪――」
カリニャンの手先に触れて、ヒスイは優しく技能を発動させる。
「あ、あぁ……わた、私は――」
カリニャンの瞳に理性の光が戻ってくる。
頭の中を支配していた獣性が、人間としての理性に手綱を繋がれてゆく。
「……ごめんなさい。私、いきなり襲いかかってしまって……」
「いいってことよ。それより、服を……」
「服……? あ、あああっ!!? み、見ないでください!! 見ていいのはお姉さまだけなんですからねっ!!!」
今のカリニャンは一糸まとわぬ姿である。
もっとも、幸い全身もふもふなおかげで局部はしっかり隠れているが。
それでも、恥ずかしいものははずかしい。
「とりあえずこれを」
「……アリガトウゴザイマス」
視線を向けないように、ヒスイはアイテムボックスから取り出した布をカリニャンに渡す。
本来カーテンのレースに使う大きな布なのだが、カリニャンの巨体では胸と腰を隠すだけで精一杯だ。
(むしろこの方がエロいな……)
等という下心を必死に振り払う。
「それで、あの……私に用って何ですか?」
「ああ。それはな――」
ヒスイは全てを打ち明けた。
地球でのコハクが、実の母親に惨殺されたこと。
だからもうここへは2度と戻ってこないこと。
2度とコハクが目覚める事はない――
「嘘をっ、つかないでください!!!」
拳を地面に叩きつけ、咆哮めいて怒鳴るカリニャン。
ヒスイの話を信じる事は到底できない。
コハクが、……死んだということは。
「お姉さまはっ! 肌は暖かいし、息もしています! 心臓だって動いてます!! だから、だからぁっ……生きてるはず、なんです……」
かける言葉が見つからない。
生前の尊からは、カリニャンの境遇や相思相愛っぷりをこれでもかと聞かされていた。
カリニャンは、本当にコハクの事を愛していたのだと。
それからヒスイはすこしして、大粒の涙を溢すカリニャンに本題を伝える。
「……俺はコハクから、自分に何かあったらカリニャンちゃんを頼むって託されたんだ。だから来た」
「ぐすんっ……。私を、託された?」
「ああ。コハクの代わりにはなれないし、なるつもりはない。けれど、あいつが心底大切にしていた存在は守りたいんだ。
それが、あいつへの手向けになる」
それを聞いたカリニャンは、涙を拭いヒスイを見据えた。
「お姉さまは、私に生きていてほしいのですね……。後を追うことは許してくれそうにないですね」
「そうだな。……それがあいつの願いだ」
カリニャンはゆっくりと呼吸を整えると、立ち上がって屋敷の中へと移動する。
向かう先は、コハクの寝室。
カリニャンには、理性を失ってもなお続けていたある習慣があった。
それを、理性を取り戻し出した今もこなそうとしていた。
「私、決めました」
そっと眠ったままのコハクの手に、1輪の白い花が握られていた。
「私はここでずっとお姉さまを守り続けます。
もう目覚めないとしても、いいんです。私にはお姉さましか無かったんですから。お姉さまとは別の幸せを見つけるつもりもありません」
「ならば俺は、その力になろう。俺もあいつと親友だったからな」
「……私、わかるんです。進化した私の寿命は、元の何倍もあるって事を。私はこれから何十年でも、何百年でもここにいます。本当に付き合ってくれますか?」
「ああ。俺の寿命の限り、ここへ来れる限り、君を守ると誓おう」
カリニャンの力になること。
それがきっと、古波蔵尊の弔いにもなるのだから。
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