第13話 託されたもの
「――どうして」
彼――翠川久敏は、目の前の棺にそう呟いた。
棺の覗き窓は閉められており、その中の親友の顔を見ることは叶わない。
頭は粉々に砕けていたらしく、とても見られるような状態ではなかったそうだ。
「ごめんね、ごめんねぇっ尊……!」
その棺の上に覆い被さり、咽び泣く老夫婦がいた。
ほぼ絶縁状態だった尊の母方の祖父母だそうだ。
生前尊はほとんどの親戚との繋がりはなく、葬儀に参列したのは祖父母と唯一の友人である自分だけだった。
「助けられなくてごめんね尊ぉっ……!」
――――
一月と少し前。
意味深な電話をかけてきた翌々日くらいだったと思う。
尊が、行方不明になった。
嫌な予感はしていた。『自分に何かあったら』と、電話で言い残していたのだから。
――心臓を包丁で一突き。
死因は心臓破裂による出血性ショックだったらしい。
母親と自身の将来について口論になり、激昂した母親にそのまま殺されてしまったという。
錯乱した母親はその後、息子である尊の死体を風呂場でバラバラに解体し、一部は肉団子のようにされN県のダムに投げ捨てられた。
特に頭部は原型を留めないほどに砕かれており、復元も不可能なレベルだったそうだ。
逮捕に繋がったきっかけは、母親がダムに尊の身体の一部を捨てている所を、通りかかったダムの監視員が発見したことだという。
バラバラにされ棄てられた全身は可能な限り集めたものの、足りない部位もあるそうだ。
「なんでお前ばっかり……」
火葬され、灰と骨だけになった親友のなれの果てを見つめ、久敏はぼんやりと呟いた。
――こんなにあいつの骨は細かったのか。
尊は幼い頃、満足に食事をとれずかなり成長に支障をきたしていたらしい。
その影響か、高校生にして女の子と見間違えるほどの華奢で小柄な体躯をしていた。
尊の祖父母と共に、箸でところどころ足りない骨をつまんで骨壺に納めてゆく。
足先から上へ、そっと。
そして最後は頭の骨と喉仏なのだが、尊の顔の骨は素人目に見ても無惨に〝砕かれた〟ことがわかるばらけかたをしていた。
それでも無言で、久敏と祖父母は尊を壺の中に全て納め終わった。
「こんなに……小さくなっちまったんだな、尊……。お前は元々小柄なヤツだったけどさ、こんな……抱えられるサイズってねえよ……なぁ……」
骨上げが終わった途端、久敏に『尊が死んだ』という現実感が突き付けられる。
「なぁ、なんでお前ばっかり不幸になるんだよ……。最近やっとお前が心から笑えるようになってきてたってのに、こんなのあんまりだろっ……」
この世は理不尽で我が儘でどうしようもなく救いがない。
久敏は、尊に幸せになってほしかった。
この間違いだらけの世界の中で、せめてお前だけは救われてほしかった。
そんな親友のささやかな願いも、この世界は嘲嗤うかのように否定する。
「久敏くん、ありがとうね……尊のために泣いてくれて」
「どうかせめて、尊のことを忘れないでいてあげて。老い先短い私たちからの、頼み……」
「忘れられるわけねえよ……」
*
一通りの弔いは終わり、ようやく帰宅した久敏。
……
何をやっても楽しくない。食事も泥を食べているかのように味がしない。
世界からまるで色が失われたようであった。
『ご友人を亡くされた今の気持ちはどうですか!?』
『古波蔵さんはどんな方でしたか!?』
五月蝿い。
親友を喪った上にマスコミが自宅にまで詰めかけてきて、久敏の心労は極限にまで達していた。
泣いて泣いて泣き尽くして、涙が枯れてもまだ悲しみは消えない。
――あいつがいなくなっても、それでも世界は回り続ける。
来年には大学生受験が控えている。
しかしこの大きな喪失感を持ったままでは、勉強をするどころではない。
「そういや……俺が誘ったんだっけな」
ふと、押入れの奥にしまい込んでいたゲームの事を思い出す。
『ヴォルヴァドス』
一緒に冒険して、一緒に戦って、一緒に前人未到の魔境を攻略した。
あの楽しかった日々は今でも思い出す。
とてもとても楽しかった。
尊のキャラデザの半分くらいは自分が関わっていたし、定期的に似合いそうな服を見繕って送りつけたりしていた。
最近は勉強が忙しくてあまりできていなかったが。
だからこそ、思い返すほど辛くなる。
楽しかったからこそ、悲しみは増してゆく。
「あぁ、そう……だったな」
そこで久敏は、尊との約束を思い出した。
押入れから機器を引っ張りだし、自分の頭に装着する。
気は進まないものの、やらなくてはいけないのだ。
「待ってろコハク――」
それから久敏はおよそ半年ぶりにヴォルヴァドスを起動する。
――僕に何かあったら、カリニャンをよろしく頼む。
「お前が大切にしていたもん、俺が守ってやるから」
そして久敏の意識はこの世界から消え、ヴォルヴァドスの世界の中に移りさっていったのであった。




