第11話 何者かに成れたかな
「いや~、お疲れカリニャン。ひどい目に遭ったね」
「お疲れ様ですお姉さま。お姉さまが無事で良かったです」
見つめ合い、微笑み合うカリニャンとコハク。
屋敷へと帰還した2人はお互いの無事を改めて噛み締める。
他プレイヤーからの悪意ある迷惑行為――
ゲームシステムとして言うならばそうでしかないのだが、コハクにとっては迷惑行為などと一括りにできないほど大きな事件だった。
最悪、カリニャンを失っていたかもしれない。
そう思うと、コハクは今でも背筋が冷えるのであった。
「紅茶も買いましたし、クッキー食べましょお姉さま?」
「そうしよっか、カリニャン」
紅茶を淹れ、買ってきたクッキーをさくさく楽しむ二人。
クッキーの生地には紅茶の茶葉が練り込んであるようで、とても落ち着く良い香りだ。
それから少し寛いで、カリニャンは神妙な顔で切り出した。
「お姉さま……。侵略者って、何なんでしょうか?」
「それは……」
カリニャンの疑問はもっともだ。殺しても死なず、異常な強さを持ち、世界中に無数に存在する。
つまるところプレイヤーは、異物のようである。
「別の世界からやってきた事は知ってます。ですが、どうしてプレイヤーのみんなはこの世界にやって来るのでしょうか?」
コハクは説明に困った。この世界がゲームだと言う訳にもいかず、少しだけ逡巡してからこう答えた。
「きっとみんな、別の世界で本来の自分とは違う〝何者か〟になりたかったんじゃないかな」
「何者か、ですか。……お姉さまもそうなんですか?」
「そうだね。僕も……何者かになりたくて、あの世界から逃げ出してしまいたくて、ここへ来たんだ」
――母に愛されず、父の顔も知らず、祖父母共に一切の親戚と絶縁状態。
たまに帰ってくる母は毎度見知らぬ男を部屋に連れ込んで、ベランダで軋むベッドの音を聞きながら一晩明かさなければならない子供時代もあった。
自分とは何なのか。何のために産まれてきたのか。
誰かにとっての何者かになりたい。
すなわちそれは、誰かに愛されること。
それが、古波蔵尊の夢だった――
「あの時カリニャンを助けたのも、ひょっとしたら僕も何者かになれるんじゃないかって思ったんだ。浅はかな期待だよ……。失望したかい?」
「失望なんてしませんよ。あの時私はお姉さまに助けられた。それだけが事実なんですから」
「ありがとう……カリニャン。僕は本当に、幸せ者なんだなぁ……」
「私だって、お姉さまに会えて本当に良かったんです。これからももっと、私がお姉さまを、その……愛してあげますからっ!」
顔を赤くして、最後まで言いきったカリニャン。
コハクもその言葉に頬を赤く染めて、驚き固まっていた。
「カリニャン……」
「そ、その……」
「そっか。これが、愛なんだね……」
微笑みかけるコハク。
友愛、親愛、情愛、恋愛。
カリニャンの言う愛は、男女間に抱くものと同じものだった。
コハクも薄々気づいていたが、そこまで言葉にするほど覚悟が決まってはいなかった。
「こ、紅茶冷めちゃいますっ!」
「そ、そうだね」
よそよそしくお茶会を再開する二人。
そして2人は次の話題に移る。
「そういえばまた新しくスキルを得たみたいだけど、どう?」
「うーん、変わったスキルみたいですね。【叛逆の意思】はどうやらプレイヤー特効みたいなスキルです」
【叛逆の意思】
プレイヤーへ与えるダメージが増加し、プレイヤーからの被ダメージが軽減される。
実に奇妙なスキルである。レベルアップを経ずに獲得したのはもちろん、まるであの状況に合わせたかのようなタイミングだ。
同時に【衰弱無効】も得ているのも明らかにおかしい。
「【蕃神之寵愛】が関係してるのかな」
「そうでしょうか……」
カリニャンの異質技能、【蕃神之寵愛】。
普通スキルはステータス画面で選択した際に、何かしらの説明とフレーバーテキストが入るものだ。
しかしこのスキルには、そういったものは一切ない。
ランリバーは『神』という響きだけでカリニャンを捕まえたのだろうが、使用方法が一切不明である。だから追放……もとい殺されそうになったのだが。
「そういえば、このスキルが発動したのかはわかりませんけれど、ランリバーに殺されかけてたときに誰かに掬い上げられたのはうっすら覚えています」
「掬い上げられた……?」
「はい。水面の水を掬うみたいに、暗闇の中で誰かに持ち上げられて、気がついたらこのお屋敷にいたんです」
この話は、比喩ではない。
それこそまるで、神の仕業のようではないか。
――蕃神。
コハクは以前にネットで『蕃神』について調べた事もある。
『蕃神』
外より現れし異なる神。
となりのくにのかみ あだしくにのかみ
来訪神、外来神、戎
大いなるもの
旧き支配者
外なる神――
呼び方はまちまちだが、どうやら『外』からやってきた神である、という事は共通している。
カリニャンの『蕃神』とやらがこの文面通りの『外からやってきた存在』だとして、それは何を意味するのだろうか。
――似ている。
コハクの幻影召喚も、こことは異なる世界の〝誰か〟の力を呼び出しているという話だ。
「また紅茶冷めちゃいますよ、お姉さま?」
「ああ、ごめんごめん。考え事してた」
少しぬるくなった紅茶を啜り、紅茶のクッキーを口に放りこむ。
この香りも味も、コンピューターが感じさせている偽物なのだろうか。
それとも……。
――しかしこんな都市伝説がある。
『ヴォルヴァドスの世界は本当はゲームではなく、異世界である。つまり現実なのだ』……と。
もしもそうだとしたら、どうだろうか。
『お姉さま大好きです!』
カリニャンの好意も愛も、現実のものなのだろうか。
この世界で成れた『何者か』が、本物の自分でもあるという事になるのだろうか。
――そうだったらいいな。
そう、心の中で望むコハクなのであった。
どんどんねっとり共依存関係になっていきます。
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