第1話 プレイヤーにあらずんば人にあらず
(2作品目は)初投稿です
人気も無い樹海の奥地。
木々の枝葉が空を覆い隠し、昼なのにまるで薄明のような薄暗さを作り出していた。
「おいノロマのクズ。てめえはクビだ。今、この場でな」
そんな場所で、金髪の青年に突然の宣告をされる白髪の少女。
金髪の青年の隣では、オレンジ色の髪の女が少女の事を見下ろしクスクス笑っていた。
白髪の少女には、奴隷となる前は『カリニャン』という名前があった。
しかし今はただの名無し。
〝ご主人様〟の機嫌を損ねてしまえば、この場で殺されかねない。
しかし行く宛の無い名も無き少女は、主たる青年に縋るしかなかった。
「な、なぜですか!? 私はまだやれます! お考え直しをランリバー様!」
「考え直す訳ねーだろ馬鹿が! 全くこれだからNPCは頭が悪くてムカつきやがる」
そう言うと〝ランリバー〟は、少女の顔面を平手でひっぱたいた。
その衝撃は脳震盪を起こし、少女は立つこともままならなくなる。
「いい? ランリバーくんが本気で殴っていたらね、あんたミンチよミンチ。そうしなかったランリバーくんに感謝しなさいよ?」
「う……あ、ありがとうございますランリバー様……」
「つーかお前さ。NPCの分際で、それも奴隷の癖に生意気なんだよ」
――〝NPC〟
ランリバーたちは度々少女の事をそう呼ぶが、その単語の意味はついぞ教えてもらえる事はなかった。
「ランリバー様……」
「つー訳でな。じゃあな役立たずの粗大ゴミ。〝奴隷契約破棄〟――」
その瞬間、少女の胸の奥を縛り付けていた〝何か〟が消え去った。
本来の〝名前〟も返された。
邪魔な楔が消えて清々しくも、どこか不安になる。
カリニャンは〝捨てられた〟のだ。
「んじゃ、ゴミはちゃんとコンパクトにして捨てねえとなぁ? おいカエデ。今から配信開始だ」
「はーい! 今日はいいもの撮れそうね!」
カエデ――という、ランリバーの取り巻きであるオレンジの髪の女性が、カリニャンに向けて何か黒い珠を向ける。何かの魔導具だろうか。
ランリバーたちが何を言っているのかさっぱり解らない。
ただ、カリニャンは自分がこれから酷くされるのだと察していた。
「さぁて、これまで俺様たちに迷惑かけたツケを払ってもらおうか?」
「散々足を引っ張ってくれたしねぇ? こないだのレイドボスだって、あんたがいなければ勝てたのに」
剣を、槍を。二人がニヤニヤしながら武器を携えてカリニャンへと近づいてくる。
――殺される。
「やめて……何でもしますから、お願いします……」
「何度もそうやって命乞いしてたよなぁ? お前」
「そう言っとけば助かるとでも思ってんの? ウチら馬鹿にしないでくれる?」
ランリバー達の目は、カリニャンを人であると……否。それ以前に、この世界を現実であるとすら認識していなかった。
「ったく、レアスキル持ちだったから使役してやったのに、こんなクソだったとはなぁ」
やつらは人を人とすら、この世界の何もかもを現実と認識していない。
ランリバーたちに悪意なく殺されようとする最中、カリニャンは心底〝侵略者〟たちを憎み呪った。
――
死を目の当たりにしたカリニャンの脳裏に、旧き記憶が蘇る。
カリニャンは〝特殊技能〟と呼ばれる特別な力を持って産まれてきたらしい。
だが、自身がそんな力を持っていると気づいたのはごく最近の事だった。
それまでカリニャンは、山奥の小さな村で平和に暮らしていた――
『白猫族』
それがカリニャンの種族だ。
獣人の一種である。
赤子の頃。カリニャンは名もなき山奥の村の前に捨てられていた所を老夫婦に拾われた。そしてそのまま本当の娘のように愛されて育った。
村の人々はみな普通の人間……普人だったが、猫耳のカリニャンに何の偏見も抱くことなく受け入れてくれた。
そのおかげなのだろう。
カリニャンは、獣人には珍しく穏やかで心優しい気質に成長した。
カリニャンも、優しい村のみんなが大好きだった。
仲の良い友達とはいっつも野山を駆け回って遊んだり。
獣人の高い身体能力は鬼ごっこでは無類の強さを誇り、子供たちの中では敵なしであった。
ある程度成長してからは、時として村を襲おうとした魔獣を撃退したり、男たちに交ざって力仕事も手伝った。
カリニャンは献身的に村の為に尽くしていたのだ。
そこは裕福とは言えぬ村ではあったが、食うに困る事もない。そして何より優しさに溢れていた。
カリニャンを善人へ育てた温もりが、そこには確かにあった。
そんな故郷をカリニャンは愛していた。
しかし。
もうその故郷に帰る事はできない。
二度と。
永遠に。
まるで竜巻が通ったかのようだった。
家屋は軒並み消し飛ばされ、優しかった人たちは一瞬で物言わぬ肉塊へと変わり果ててしまった。
「ギャーハッハッハッ!! いや今度の新技当たり判定広すぎだろ!!! おい今の観てたかリスナーども?」
平和を奪った本人は、罪悪感など全く無い様子で現れた。
「おと……さん、おかあさん……?」
カリニャンは、瓦礫の中で辛うじて生きていた。
愛しき人を呼んでも、誰も返事はしてくれない。
この村の生き残りは、カリニャンただ一人だった。
「おっ、いたいた。お前だお前、探したぜぇ?」
カリニャンの持つ獣人の頑強な肉体が、一連の破壊的現象を何とか耐えたのだ。とはいえ、内臓はまろび出て全身の骨はめちゃくちゃに折れている。このままではいずれ死ぬだろう。
「ずっと狙ったんだぜお前。特殊技能持ちのNPC!」
全くもって意味がわからない。だが金髪の男が自分の事を話している事は理解できた。
そして、村をめちゃくちゃに破壊した犯人であることも。
「よしお前、俺様の下僕にしてやる。……鬼畜ってw ほらあれ、体力削ったほうが捕獲しやすいって昔からゲームじゃ決まってんじゃんwww これもそういう事だって!」
目に見えない何かと会話しながら、金髪の男は半ば強引にカリニャンを〝奴隷契約〟で縛った。
そして同時に、カリニャンに名前を名乗る事を禁じた。
奴隷契約をされてしまえば、主の命令には決して逆らえない。
少女にとって不本意だったが、生きるためには契約するしかなかったのだ。
その後金髪の男……ランリバーは少女に上位回復薬を浴びせ怪我を治癒させた。
肉体に負った傷は跡形もなく癒えた。しかし、心の傷はそうではない。
家族を、友達を、みんなを殺した相手に従属して生き延びた自分が嫌になる。
ランリバーは少女が持つ「特殊技能」が目当てであり、他は全てがどうでもよかった。
「あうぅ……な、何をするんですか……?」
「いやなに、邪魔なゴミを取ってやろうと思ってなぁ? ほら俺様って優しいから。命令だ、〝動くな〟」
ナイフを持ったまま迫り来るランリバーを前にしても、少女は何もできない。
こうして涙に震えこわばった身体を無理やり押さえつけ、少女の猫耳と尻尾を切り落としたのも。
魔獣の群れに放り込んで大ケガを負わせるのも。
全てはただの子供じみた遊びでしかない。
散々少女の尊厳を踏みにじった挙げ句、ランリバーは目的の特殊技能の用途が不明な事に苛立ち、そしてきつく当たるようになった。
それでも少女は……亡き両親のため、みんなのため、せめて生きる事だけは諦めまいとしがみついていたのだ。
*
誰かの為に生きていたかった。
けれどそれは、相互利害が一致した関係であってほしかった。
お互いに大事に想える人。自分が、役に立ちたいと思える人に。
強制ではなく、自分の意思で。
「この俺様の! 時間をっ! 無駄にしやがって!!!」
頭を抱えて丸くなったカリニャンの身体を、ランリバーが蹴り飛ばす。
侵略者は身体能力も獣人の何倍も、何十倍も高いらしい。
……という、村の長老の言葉を思い返していた。
「いっつも被害者ぶっちゃってさ! あんたキショいんだよ!!」
「あぐっ……!?」
太ももに突き刺さる、冷たくも熱く迸る激痛。
オレンジ髪の女性〝カエデ〟が少女の脚に槍を突き刺したのだ。
カリニャンの白い肌から真っ赤な滴がどくどく溢れ出す。
「苦しそうねぇ? でもまだまだこんなもんじゃないから。あんたがウチらに迷惑かけたツケはね!」
「次は俺様の番だ。せぇーのっ!!!」
右腕に何か強い衝撃が走った。
ゴリュッと腕の中で固いものが砕けるような音がした。
「あ、あぁっ……!?」
すると右腕の感覚が消えた。
そして自分の体から切り離された右腕を視認した瞬間、耐え難い激痛がカリニャンの脳髄を襲う。
「ひぎいぃぃぃっ!!? いあぁぁぁぁっ!!!」
あまりの苦痛に草むらの上でごろごろ転げ回り、ひどい吐き気と眩暈に苛まれてる。
断面からは絶え間なく血が流れ出し、カリニャンの生命力を奪ってゆく。
「おい聞いたか? ひぎぃっだって! ギャハハハハ!! おもしれー鳴き声!!」
「きゃははっ! マジウケるんですけど!! さっさと死んで経験値になりなさいよ!!!!」
悪魔たちの笑い声が聞こえてくる。
死にたくない。
ここではないどこかで、幸せになりたかった。
自分の意思で、誰かの為に生きたかった。
――もしも神様がいるのなら。
意識が途切れる寸前、カリニャンは濃霧がかった脳内で名も知らぬ神に願った。
――私を、助けて
と。
『いいわよ』
〝何か〟が応えた。
〝特殊技能〟が、初めて機能した。
『あと2回ね』
まるで幼い女の子のものにもよく似た、それでいて冒涜的で悍ましき声と共に。
そう〝何か〟が告げたのを最後に、カリニャンの意識は深淵へと沈んでいった。
三年ぶりの新作。長くても60話くらいには終わらせるつもりです。
世界観は別ですが、連載中の〝影魔ちゃん〟との繋がりはひょっとするとめちゃくちゃあるかもしれません。
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