21、解決と次の問題
宿の一室に戻ると、ちょうど目の前に呆然と立ち尽くすアドルフがいた。アドルフは俺が現れたことで腰を抜かしたのかその場で尻餅をつき、幽霊でも目撃したかのような表情で腰を抜かしたまま後退る。
しかしすぐ部屋の壁にぶつかり、顔を恐怖に歪めた。
「お、お前、なんなんだよ……!」
こいつのこんな顔を見れただけで少しだけ溜飲が下がるな。でもこんな程度じゃ許すわけがない。こいつにはレベッカが受けた痛みを、苦しみを、全て体験してもらう。
「アドルフ、俺はお前を心底軽蔑する。お前と一時でも仲間だった自分自身が許せないほどにな」
俺のその言葉を聞いたアドルフは反論しようと思ったのか口を開いたけど、恐怖で声が出ないようで、俺のことを化け物でも見るかのような表情でガタガタと震えながら見つめ続ける。
俺はそんなアドルフに向かって禍々しい紫球を放ち……球がアドルフの体にぶつかった瞬間、ドンっという腹の奥に響くような衝撃音が部屋中に響き渡り、アドルフの体が少しだけ跳ねた。
どさっという鈍い音と共に床に倒れ込んだアドルフは、そのまま動かなくなる。気を失ってる……みたいだな。
アドルフの体には、さっきまでレベッカにあった傷と似たようなものが全身に刻まれている。
『セレミース様、終わりました』
『ええ、見ていたわ。レベッカがそっちに行きたがってるわよ』
『分かりました。迎えに行きます』
そこからはかなり忙しかった。レベッカと共にアドルフの部屋に戻った俺は、アドルフの目に見える怪我だけを適当に治して兵士を呼んだ。
治した理由は正当防衛を逸脱して攻撃を加えたと言われないようにするためだ。
そして兵士から話を聞かれて数時間が過ぎ、その間にアドルフが目を覚まして有る事無い事を捏造して俺に罪をなすりつけようとしたけど、宿屋の人たちの証言や手紙などの証拠もあって、アドルフが黒と判断された。
アドルフの罰はこれから決まるけど、予想ではしばらく牢屋から出てこられない上に、出所後も数年は行動範囲が制限されて監視がつくことになるそうだ。
これでまたレベッカが襲われるなんてことはないだろう。
「リュカ、助けてくれて本当にありがとう」
「ううん。俺が蒔いた種だから。逆に助けるのが遅くなってごめん」
「そんなことないよ。凄く嬉しかったしカッコ良かった。ずっと、リュカが助けてくれるって信じてたんだ」
レベッカからの純粋な眼差しに、俺は居心地が悪くて少し目を逸らしてしまう。
「……ありがと、信じてくれて。これからも何かあったら必ず助ける」
「うん、信じてるよ。私も助けるからね」
「無理はしないようにな」
「それは……リュカを助ける時には難しいかも。だから危険な目には遭わないでね」
笑いながらそう言ったレベッカの言葉に、俺も笑って頷いた。そしてその日はレベッカを家まで送り届けてから、宿に戻った。
宿に戻って疲れからすぐベッドに横になると、ベッド脇のいつもの場所に剣がないことに気づいた。そう言えば、アドルフは仮初の平和で倒したから剣を使わなかったんだ。
明日の朝でもいいけど……夜中に何かあったら嫌だし、神域に取りに行くか。
神域干渉を発動して東屋の中に降り立つと、セレミース様はいつものソファーに腰掛けているのではなく、水鏡を真剣な表情で見つめていた。
「セレミース様、どうしたんですか?」
「……リュカ、来てたのね」
「はい。剣を忘れたので取りに戻ろうかと思いまして。怖い表情ですけど……」
平和の女神であるセレミース様がこんな表情をしてるなんて、何か大変なことが起きるんじゃないかと不安に思っていると、セレミース様は俺を水鏡の近くに呼んだ。
「何が映って……え? これって、どこのダンジョンですか?」
「王都近くの蟻ばかりが出現するダンジョンの様子よ」
そこに映っていたのは、洞窟型のダンジョンの通路をいっぱいに埋め尽くす、様々な種類の蟻型の魔物だった。スモールアント、ポイズンアント……ビッグアントまで大量にいる。
これは、明らかに異常だ。もしかして……スタンピードが起きているのだろうか。
スタンピードとは稀に起こる現象で、ダンジョンから魔物が大量に溢れ出すのだ。それが起こると近くの街は消滅する。規模によっては、国が潰れることもある。
「セ、セレミース様、これって……どのぐらいの規模なのでしょうか?」
「私もまだ分からないの。私は日頃から世界中の様子をこの水鏡で見て、大きな問題が起きていないかを確認しているのだけれど、ついさっき見つけたばかりなのよ。でもこの感じからして……相当な大規模になるでしょうね」
そんな規模のスタンピードが起きたら、王都は終わりじゃないか……王都には、大切な人たちがいるのに。たくさんの人たちが幸せに暮らしてるのに。
「あとどのぐらいで、ダンジョンから溢れ出しますか?」
「……数日ね。早ければ二日」
「二日なんて、そんな……。スタンピードを止める方法って、あるのでしょうか」
俺のその言葉にセレミース様は難しい表情で、しかし首を縦に振った。




