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ゾンビが押し寄せてくる

 休憩室にあるテレビに流れた映像は、目を疑うものだった。大桟橋ふ頭に大型クルーズ船が衝突し、爆発炎上している事故を生中継しているものだった。目を疑ったのはそれではない。テロップに「今すぐ逃げて ゾンビが乗っています」と出ていたからだ。


 急いでフロアに戻ると、皆はスマホの画面を凝視して動かなかった。


「今田主任、大変です!」


 早瀬が駆け寄ってきてスマホの画面を見せてきた。


「ああ、ああ。知ってる。テレビでもやってた。横浜にゾンビが来たんだろ」

「ええ、でも、お台場の方にもゾンビの船が近づいてるそうなんです。ここもやばいです」


 俺たちの事務所は有明のビジネスビル街にある。お台場にゾンビが来てしまうとここもすぐゾンビにやられてしまうかもしれない。最早猶予が無い。急いで逃げなければ。


「課長、今すぐ逃げましょう!」


 課長の方に振り向いて言った。課長は鞄に荷物を入れながら


「俺はこれから出張だ。いいか、出張だからな。お前ら今から逃げるなら早退届出してから逃げろよ。承認は俺を飛ばしていいから部長からちゃんともらっておけよ。いいな!」


 喋りながら小走りでフロアを出て行ってしまった。あいつ、出張なんて嘘だ。一人で逃げたんだ。


「今田主任、どうしましょう?」


 課長が抜けたここには俺より若いやつばかりだった。仕方ない。


「早退届は事後でいいだろ。この騒動が収まった後で出すにして、みな帰ろう!」


「ダメですーーーーー!!」


 事務の篠崎さんが叫んだ。


「運用ルールを厳守しないと、私が、私が部長からネチネチネチネチ叱られるんです。とても耐えられないです。ゾンビになった方がマシなレベルです。お願いですから皆さん、早退届を出してください!!」


 篠崎さんはふらふらになり、「もう無理」と言って倒れた。


「よし、社員は全員、社内システムで急いで早退届を作成しろ。それからインターン生が居たな。すぐ帰らせろ」


「主任、インターン生は課長の様子とこの騒動を見て、帰りました」


「生きるすべを心得てる有望な奴らだな。即戦力になりそうだ」


「主任、たぶんもう危機管理のやばい我社には就職してこないと思います」


「だろうな」


 残された社員たちは皆、パソコン画面に向って早退届を書こうとしていた。しかしどのパソコンからも社内システムにはつながらなかった。


「中村君、君はネットワークに詳しかったよね。原因わかる?」


「はい、社内ネットワークのトラブルです。このビルから本部にある社内システムへアクセスができないようです。因みにスマホでネットはできるので、社内ネットワークだけの問題だと思います」


 早退届を出す別の方法を考えていた時に、早瀬が切羽詰まった顔をして「下のコンビニで弁当買ってきます」と言って出て行った。あいつも逃げたか。


「よしみんな、昔を思い出せ。紙運用に切り替えるぞ。早退届を印刷して課長の机の上に置け」


 あちらこちらで「紙運用なんて知らなーい」という声が聞こえてきた。そりゃそうだろう。俺が入社して翌年変わったのだから。確か紙運用なら課長の机に置いて承認を受けてから部長承認となる運用だったはずだ。勤怠関連の届出なら課長が出張中でも机にさえ置いておけばよかった記憶がわずかにある。これなら部長に後で文句言われないだろう。


「主任、ダメです。印刷できません。朝、課長がプリンタの用紙トレイを思いっきり蹴ってたんです。理由を聞いたら紙切れで腹が立ったからと言っていました。用紙トレイが引き出せなくなったので業者に連絡するところでした。なので紙が入りません。手差しの方も以前から壊れてましたし」


 ろくでもねえな。印刷もダメか。手書きするしかないか。


 バンッという音と共に、照明とパソコンなどの電源が一斉に落ちた。停電だ。


「うち、仮想デスクトップシステムなのでノートパソコンもアウトですね」


 中村君は常に冷静だ。感情の起伏を見てみたい。


 早瀬が両手に買い物袋を提げて戻ってきた。


「弁当はありませんでした。そればかりか、水やお茶、コーヒージュースも。そこの展示場でイベントがあるんだそうです。食べ物飲み物といったらこれしかありませんでした」


 皆のための食糧を確保しに行ってくれたとは。疑ってすまなかった。しかし、早瀬が買ってきたものはお酒と乾きものばかり。宴会始めるのか、これ。


「そうだ早瀬、ちょうどよかった。おまえ推しがイベントだからって早退届をよく出していたよな。手書きで早退届書くしかないのだが、誰もフォーマット覚えてないんだ。停電で仮想デスクトップも使えないからフォーマットも見れないし」


 記憶力の良い早瀬ならきっと覚えているはずだ。


「ああはい、フォーマットは覚えてます。でもうちの部署名までは覚えてません。社内システムの電子申請だから入力不要なので」


「それなー。部署名なー。半年から1年でころころ変わるし、第一が第二になるとか微妙な変化だから全然覚えられないよなー」


 記憶力の良い早瀬でも部署名はだめだったか。記載事項に漏れがあると受け付けてもらえない上に責められる。確実に自分の部署もわからないなんて社会人失格だって言われるな。


 もうだめだ。詰んだ。早退届が出せない俺たちはもうこのビルから出ることはできない。ならば防衛に徹するべきか。


プポパポピポパポ、ピポパポピパン


 部長から電話がかかってきた。


『おー、ニュース見たぞー。お前ら大変だなー。逃げろよー。俺は北海道で接待ゴルフだから平気だぞー。早退届ぇー?あー、今日だけ特別に事後でいいぞー。帰れよー』


 部長の事を今日初めて血の通った人間だと感じた。


『早退はいいけどなー、明日の納期はちゃんと守れよー』


 やっぱり人間じゃなかった。


社会人あるある?


※行間など、少し修正しました。


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