出会いイベントは突然に
偶然にも出会ってしまった。
…この作品の、「てのやく5」のヒロインと。
しかもこれ、よく考えたら王子との出会いイベントじゃないの!?
この学園は棟が二つに分かれていて、そこを繋ぐ渡り廊下。
一定の条件を満たすと新たに此処で選択肢が現れて、「廊下を曲がる」を選択すれば発生するイベント。
あれ、待てよ?…おかしい。
確かこれはケイトが15歳の、生徒会長になってから発生するイベントな筈だ。
しかもイベント出現条件は、…他の攻略対象の男子生徒達を全員クリアする事。それ以外に方法はない。
それなのに何故…?
今まで出会ったことも、そんな生徒がいるって噂もなかったから、確実に今年入学して来た生徒だ。
まだ新入生を迎えて間もないこの日の風は強くて、散り始めた桜とそれに巻き込まれふわりと揺れるコーラルピンク。
確かにこの光景は出会いイベントで、殿下が桜に拐われそうな少女を見初めるシーンだ。
…というか、だとするとまだ学園内も把握し切れてない生徒に書類持たせた教師に怒りすら覚える。
ぶっちゃけ彼女の事を置いてこの場からすぐさま去りたかった。
けれどぶつかったのは確かに自分で、書類をばら撒かせてしまったのも自分で…。
つまり、一国の王太子殿下たる私が見て見ぬふりは出来ないと…。
そうと決まれば、私は桜のように散りばめられた書類をさっさと片付け整えて、彼女に渡した。
確か此処で殿下が「半分持つよ」と手伝うシーン…よし、回避決定!私は一刻も早くリリィに会いたいんだ!
「じ、じゃあ私はこれで…。本当にごめんね。君も気を付けて」
「あ、……」
彼女が何か言い掛ける前に何としてでもこの場から去りたかった。
というか、当たり前ながら展開を知っている私は場を去る事を優先した。
あのまま彼女の声で留まったら、絶対時間を食われる。
リリィと一緒に居る時間は少しでも多くしたいんだよ!
私は王子スマイルを向け、さっさとその場から離れた。
彼女が書類を持ったまま、こちらにずっと視線を向けていた事も知らずに…。
足早にあの東屋に向かった。
早く会いたい、早くと急く気持ちを隠しきれないまま庭園の奥へと進むと、いつもの東屋にバーガンディ色の髪を軽くまとめたリリィが、本を読みながら…待っていてくれた!
というか待って。
なにその髪型、可愛すぎない!?
普段おろしているだけの髪は誰が弄ったのか分からないが、ハーフアップに近い髪型になっていて、黄色の薔薇が付いたバレッタが付けられていた。
それがもし自分の髪色だから…だったらどうしよう、可愛くて心臓が持たない。
あ、もう一回止まってるんだった。
「リリィ!」
私は堪え切れず、少し大きめの声で彼女を呼んだ。
彼女が私を見た瞬間、その笑顔にまた胸がときめいた。
貼り付けられた笑顔ではなく、心の底から喜んでいる、まるで天使のような、そんな笑顔。
いやもう天使と言っても過言ではない。
「よかった…、今日はもう、お逢い出来ないかと思っていましたの。ケイト様…っ、え、え?」
私は思わずリリィを抱き締めた。
慌てふためく彼女も可愛らしいと思いながらも、この腕を解放してあげる気はさらさら無い。耳まで赤くなったリリィは、未だ戸惑ったままだけれども少し落ち着いたのか、そっと私の背に手を回してきた。嬉しすぎて死にそう。
「私もだよ、ずっと待っていてくれてありがとう、リリィ」
可愛い、可愛い私のリリィ。
なんと表現していいのか、私の語彙力では足りない程幸せそうな笑顔を向けるものだから、少しだけ体を離して彼女の頬にキスをした。
途端、リリィは更に顔も耳も赤くするものだから、可愛くてつい笑ってしまい、リリィにむくれられてしまったけれど、そんな彼女も可愛いのだから仕方ない。
殿下に生まれ変わって良かった。だって私は殿下だから、彼女に触れられる。
もし他の生徒…攻略対象、モブ、一女生徒だったら彼女に触れる事すら許されなかったのだから。
本当は、ヒロインに出会ってしまって、少し怖かったのだ。
この世界が本当にあの、『その掌の約束を』の世界であるなら、その話の通りに事が進んでいくんじゃないかと不安だった。
ゲームの強制力。
それが働けばリリィは悪役令嬢と変貌し、ヒロインを虐げてしまう。
でもそれは、ケイトの愛があれば別な筈だ。
それに私はリリィ以外に興味がない。
最初こそ、女の私が同じ女の子であるリリィを好きになれるか不安だったけれども、もしあの時リリィに心動かされていなければ、私はあのゲームの様に行動していたかもしれない。
そう考えるとゾッとする。
でも今は違う。私は確かにリリィを…、…愛しているし、リリィも私を同じくらい愛してくれていると思っている。
驕りかもしれないと思いもしたけれど、そんな不安も、私の背に回された小さな手が違うと証明してくれている。
ああこんなに幸せでいいんだろうか。
今日はずっとリリィに触れていたくて、お姫様抱っこをする様に膝にリリィを乗せた。
「け、!ケイト様…!あの、私重いでしょう?足に負担が掛かってしまいますわ!」
「ん?寧ろ軽いくらいだよ、ちゃんと食べてるか不安になるくらい。それに寧ろこのままだと、君の顔もよく見れて嬉しいんだけど…?」
嫌?と聞くと彼女はふるふると首を横に振る。
「あの…、ケイト様」
「なに?リリィ」
「…わたくし、幸せ者です」
そう言って、寄り添ってくれるリリィの笑顔に、私はまたリリィに惚れてしまう。
毎日、毎日その笑顔を、朝から晩まで見れる日を夢見つつ、いつもの様に談笑をするのであった。
「…許せない」
「あの女、殿下にわがまま言ってあんな体勢にさせたんだわ。殿下が可哀想!あんなのケイトさまの足に負担が掛かっちゃうだけじゃない、なんて自分勝手なの!」
「漸く出会いイベントをクリア出来たんだもの」
「待っててあたしの王子様、政略結婚なんて嫌だったって言っていたもんね」
「あたしが救ってあげるから、……ね?『あたしの』ケイトさま…」