誕生日と母とのこぼれ話
少し私の母について話をしたいと思う。
その前に、私はこの間12歳の誕生日を迎えた。つまり翌年には、学園に入学しなければならない身となった。誕生日パーティーで婚約者として隣にいる彼女は、祝い事だと分かっていながらも、寂しそうな笑顔を浮かべていたから、最初に会った時より小さくなったその手をそっと握って大丈夫だよと応える。
そうすると、こんなにも可愛い笑顔を向けてくれる。
「ケイト様、お誕生日、おめでとうございます」
何人もの人に言われた祝いの言葉より、リリィがくれたおめでとうの言葉の方が何十倍も嬉しかった。
プレゼントだと、小さな黄色と赤薔薇を雫型のダイヤの中に閉じ込めたペンダントを貰った時は、家宝にしようかと真面目に考えてしまった程だ。
しかし、何をしたら薔薇をこんなに小さく出来るのか?どうしたのかと聞いたら、「花の精が手伝ってくれましたの」…と、彼女は嬉しそうに言っているけれど、それってすごい事なんだよな…多分。それにゲームにはそんな設定なかったと思う。どうやら彼女は花の精に気に入られ、漂ってくるこの花の甘い匂いは加護を受けた証拠なのだろう。
そういえば、精霊から加護を受けられるのは限られた者だけだと聞く。私…ケイトは元々備わってる緑魔法だし、クロンだって加護ではなくただ私と契約しただけに過ぎない。その中でも花の精に好かれる者は少ないと知ると、そんなリリィが愛らしく見えて仕方ない…!変な虫が付かないようにしないと…、…いや、王族の婚約者に手を出してくる強者はそう居ないか。そこは一応気に留めるだけにして、防御魔法を掛けるだけにしておこう。
話を聞いていくと、なんとこのペンダントには彼女の魔力を少しばかり込められているらしい。いつでもお守りしております、と渡されて、思わず彼女の手の中にあるペンダントと共に、彼女の手を包む様に握った。
それだけ、幸せだったんだ。
…えっと、推しだから!推しの笑顔は心の栄養。現に私の心は満ち足りている!推しからのプレゼントなんて最高じゃない!
…推しから、だから…こんなに嬉しいだけ。
……さて、リリィの話はこのくらいにして、母の話に戻そうと思う。
母は侯爵家の生まれで、学園で見掛けた父の一目惚れだったらしい。そしてある日のお茶会…いや、婚約者同士の顔合わせの時だったかな。小さい時に聞いたから忘れてしまったけど、そんな感じ。
そこで事件は起きた。
何かの拍子に転んだ母は頭を強く打ち付け、目が覚めるとそれはもう別人の様になっていたらしい。
…何か身に覚えが…、いや、その話は置いておこう。
因みに目が覚めた母は、父を見てまた倒れてしまったらしく、父がショックを受けていた。
その後、母は預言めいた事を話すようになり、二人は幾度となく訪れる困難も、母の助言のお陰で乗り越え、結ばれたのだそうだ。父が何度も母のお陰だと言っていたから、よく覚えている。
そして王妃となった母はある行事をこの国に生み出した。それは発売されている物語を、自分流にアレンジしたり、各々の解釈をまとめた本を頒布する…即売会。
私にはなんの事かわからなったけれど、記憶を取り戻した今なら分かる、それは確信。
それ、コミケです、母上…。
著作権に関してはどこの世界もグレーゾーンみたいだけど、そこそこ盛況みたいで年に数回開催されている。
母がオタクという事まで知ってしまうなんて…ちょっと複雑…。
でもそのお陰で、分かった事がある。
母も異世界転生者。自分と同じだという事を。
私だけじゃない事に安心する。しかもその相手が母親なら、尚更。
でも公には聞けないし、中々機会を設けられなかったから聞き損ねていたけど、今日なら聞けそうだ。
私は母の寝室の目の前に立ち、一度深呼吸してから、ノックした。
「は、母上、居られますか?ケイトです」
「あら、ケイト?どうぞ、入っていらっしゃいな」
いつもの母の声にどこか安堵しながら、扉を開けた。
「まあ、こんな時間にケイトが来るなんて珍しいわね。どうしたの?」
ベッドに座っている母を見ると、懐かしい光景だ、と、ほっと息を吐く。小さい頃よく忍び込んで、母の隣で眠っていたのを思い出した。
あれからもう何年経ったか。ベッドに座ったままの母から、おっとりとした口調で問われるも、緊張して頭が一瞬真っ白になってしまった。
だって、間違ってたら恥ずかしいじゃない…!突然、母上は転生者ですか?なんて聞いて、違ってたら変な子だと思われる!なんなら頭の心配までされてしまう…。
でもここまで来て、もう引き返せない。なんなら当たって砕けろだ!
「は、母上!母上はもしかして、その…、に、日本から来たのではないのですか!?」
意を決して発した言葉に、目を見開いた母はきょとんとしている様な気もする。あれ…?や、やっぱり違う…?いや、そんな事ないはず!
考えを張り巡らせていると、気付いた時にはもう母は私の近くまで来ていた。
頬に触れ驚いた表情をしたまま。
「ケイト、貴方…、貴方も、なの?」
少しばかり震えた声の母。言い返す言葉が思い付かず、ただ頷く事しか出来なかった。
すると母は、私を強く抱き締めた。
「は、ははうえ…?」
「嬉しい、嬉しいの…、ずっと私、独りだったから」
何を言っているのだろうと思ったけれども、その言葉の意味が分からない程、私の思考は幼くなかった。
父や友人がいたとはいえ、前世の記憶を持ちながら全く違う世界に自分だけが居る。それは確かに、表すなら独りという言葉だろう。
「でも、驚いたわ、自分の息子が転生者だなんて…!」
「ぼ…、…私も、驚いてます!つまり、母上もこのゲームをしていたのですか…?」
「ええ!あのゲームはとても面白かったわ!それにここでは、最推しの旦那にも巡り会えたもの!」
「最推し…良かったぁ…」
自分は望まれて、生まれたのだと知れた様な気がして嬉しい。だって最推しとの子供が私なんだもの!
「私、やり込んでスチルも全コンプしました!」
「私もよ、コンプした時のあの達成感…!感動したわ!」
「てのやく!」
「てのやく5!」
「「…、え?」」
一瞬時が止まった。確かに二人で合わさった筈の声は、私だけが少し長かった…。
「あ、あのゲーム…そんなに続いてたの…?」
「え、あ、はい。私はアプリでやってました」
「アプリ…?」
おっと…?カルチャーショック受けてませんか母上。
「わ、私の時はテレビゲームだったのに…」
「テレビゲーム…、あ、RPG物なら少しだけやったことがありますよ!」
ああ駄目だ。どんどん母のショックが広がっていく…。
私達がプレイしていたゲーム、『その掌の約束を』、略して『てのやく』。まず驚いたのは、母が亡くなった時にはまだアプリが出回ってない…どころか、端末もなかった時代らしい。
…というか、このゲームの最初ってテレビゲームだったんだ…。勧められたアプリにしか興味なかったせいか、あまり調べたことなかった自分を恨んだ。
いや、調べる時間がなかったと言う方が適切か。あのブラック企業に勤めていれば仕方ない、そういう事にしよう。
それから、母の昔…前世についての話もしてくれた。
どうやら母は、私よりも若くして亡くなってしまったらしい。道路に飛び出してしまった子供を助けて…。交通事故だったそうだ。最期に見た景色は、霞んではいたけれども、助けた子供が泣きながら自分を呼んでいて、……ああ、助かったんだ、良かった。と、安堵したと同時に亡くなったのだ。享年17歳。なんとも母らしい。
立派ですね、と答えると謙遜する母。…それに比べて私ときたら…。
ホームから落ちて電車に跳ねられただけ。結局あの後会社はどうなったのだろう。今となっては知る事も出来ないし、知る気もないけれど。
母は頑張ったのねと褒めてくれて、少し泣きそうになった。社会人になってからは、上司から怒鳴られるだけの日々だったから…。
そして私自身は女だと知ると、流石に母を少し混乱させてしまった。それもそうだ。目の前の自分の子は息子なのに、話しているのは女である私なんだから。でもどうやら、そんな事は些細な事と一瞬で切り替え、どちらにせよ自分の子には変わりないと抱き締めてくれた。
私とケイト、両方抱き締めてくれた様な気がして、母の偉大さに気付かされる。
「あら、でもそうなると婚約者のリリーナ嬢は…」
「あ、リリィ…、じゃなくて、リリーナ嬢の事なら大丈夫です!ちゃんと幸せにします!」
私の言葉に、母は安心した、と一言だけ呟いた。
そしてリリィから貰ったペンダントを大切そうに握り見つめる私に、「本当にリリーナ嬢が好きなのね」と言われてしまい、あ、とか、う、とか言葉にならない音だけしか声が出ず、思わず下を向いて顔を隠してしまった私を見た母に、くすくすと笑われてしまった…。あまりからかわないで欲しい…。
「ケイト、リリーナ嬢を大切にする為には、気を付けておきなさいね」
「気を付ける…?一体何を…」
「ピンクやオレンジの髪の女生徒。貴方と学園で必ず出会うわ。どちらかは貴方のプレイしていたゲームでしか分からないけれども、その子は確実に貴方とリリーナ嬢の仲を裂こうとするわよ」
それはつまり。
「ヒロインの存在…」
「私の時はピンクブロンドの髪の子だったわ。…その子も王子…貴方のお父様ね。婚約者の私と彼の仲を何度も引き裂こうとした」
けれどそうはならなかった。それは父が、どこまでも母を愛していたから。
「彼女は結局他の方と結ばれたと聞いて、安心して彼と式を挙げたの。でもそれまでは気が気じゃなかったわ…本当に。」
父の愛を信じ抜いた母。揺らがぬ愛を母に抱いた父。そんな二人だから、きっと困難を乗り越えてこれたのだろう。
私は、…私は、そうなれるだろうか。父の様にリリィを愛し続け、父の様に愛をリリィに信じ抜いてもらえるか。
「…大丈夫よ。だって、貴方リリーナ嬢の事、とても大切にしているもの」
今日一日、パーティ中リリィを支え続けていた事を、母は見ていてくれたらしい。それが嬉しかった。
でもそれは私が王太子で、彼女が婚約者だからだと思っていた。だってそうでしょう?私は女で、相手も女の子なんだもの…。
「貴方が納得した答えを見付ければいいのよ。貴方が女性でも男性でも。…貴方は、あの子をどう思っているの…?」
母のベッドに座り、見つめてくる母には誤魔化しの効かない距離。
女性でも、男性でも…、私。私は…。
「リリーナ…、いえ、リリィは、私の大事な、大事な婚約者です」
「…そう、それならいいの」
頬を撫でられて初めて気付く。そこが熱を持っている事に。
背中を押された、気がした。ううん、母は私の背中を押してくれた。
私は、リリィが好きだ。
それからまた少しだけ、時間の許す限り母と話をした。
学園に行って離れてしまうのは寂しいけれど、母のお陰で、頑張れそうな気がする。私は、私の道を歩けると知れたから。
ありがとう、この世界の、私のお母さん。
更新遅れて申し訳ありませんでした。蛇足な筈の話がこんなに長くなるとは思ってませんでした…。