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従者に打ち明けた話

あれから暫くして、泣き止んだリリーナと一緒にお茶を飲みながら、他愛もない話を沢山したけれども、それも日が傾けば終わりとなる。

こんな穏やかな逢瀬は初めてだったせいか、彼女はまだ帰りたくなさそうだったけれども、帰さない訳にはいかない。

しょぼんと寂しそうにする彼女の手を取り、馬車の前までエスコートする。


「ケイト様、あの、また明日も来ていいですか…?」

「もちろんだよ。…、まだ話し足りないって顔してる」


見つめてくる彼女の目元に触れようと手を伸ばすと、一瞬びくっとリリーナの体が跳ねる。…反射的なんだろう、仕方ない。あれだけ折檻を与えられていたのだから。


「ぁ、す、すみません…」

「ううん、大丈夫。寧ろごめん、ね…」


リリーナの手が私の手を掴めば、少女特有の柔らかな頬に寄せられ、その感触に戸惑いを隠せず目を見開いた。


「…ふふ、今日はありがとうございました。また明日」

「…あ、うん、また…、明日」


リリーナの手が離れれば、その柔らかい頬が緩み、見た事のない笑みが向けられた。

そのまま馬車に乗って行ってしまった彼女の行動に、何故かドキドキと鼓動が早くなって、落ち着いてくれない。


いや待て待て。確かにリリーナは可愛い。可愛かった!だって推しが目の前で笑って、触れて…、そう、触ったのだ。

この体より何倍も柔らかい頬に…って!何考えてるんだ私!!

中身は私。なのに、ドキドキが止まらない。


……はっ!そう!夢の推しと対話出来て、しかも触れられるなんておいしいイベントが起きて、気持ちが昂っているんだ!そうに違いない!

ぐっと拳を作ると何度も一人頷く。


「あの、何してるんですか、ケイト様」

「ひゃぁああ!!!」


後ろから突然男性の声がして思わず叫んでしまった。誰!?

振り返ると、私の悲鳴に驚いた様子の青年がそこに居た。

あれ、見た事ある…人?


「び…っくりしたぁ…、いきなりどうしたんですか?」


驚かせてしまった様で、青年は胸元に手を当て固まっていた。

どうしよう、誰だったか思い出せない。でもこの話し方。随分近しい間柄の筈だ。

思い出せ…思い出せ…、王子の側に必ず居た従者は……。


「…、…ああ!!」

「…はい?」

「クロンだ!クロンだよ!」

「ええ…、私はクロンですけど…」


思い出してスッキリし、はふと息を吐いた私とは裏腹に、訝しげに見てくるこのクロンという男性。

見た目は黒く長い髪を一纏めにして結っていて、結ったその髪は肩に掛かっている。銀縁のバレル型の眼鏡を指で押し上げ、ズレた位置を直した。


実は普通に人として見える彼は、王子と契約した風の精霊だ。


精霊を侍従にしているのはよくある事で…ああでも精霊と契約してる人全員が出来る訳じゃなくて、『人』に変化出来る精霊に限るらしい。クロンはその中の一人。


というか精霊の存在で思い出すなんて思わなかったな。


この世界では、魔法が普通に使えるっていう事。


確か王子は、風と緑の魔法の才能があるんだっけ。緑魔法はこの国の象徴的な魔法で、王家の人間は代々緑魔法を生まれながらに備わっている能力で、主に国の自然、そして国の近くにある、精霊が住まう森の維持の為に使っている。

本来魔法を扱えるのは一つのみ。けれど王子は風と緑、どちらの魔法も使える…つまりはやっぱりエリートなのである。

でも今は私だし、魔法なんて使えるのかな…。

そういえば、緑の魔法の精霊って出て来なかったけど、緑の精霊もいるのかな、居るなら見てみたい。

魔法を使ったとこなんてスチルであったかなぁと思い返しながら、そわそわとした私の様子が明らかにおかしい事は分かる。

だってクロンがじっと見てきているんだもん。

ここで生活していく以上、隠しきれるものでもない。あと味方が欲しいのが本音。

ちら、とクロンを横目で見上げればやっぱりこっちを見ていてすぐさま視線を外した。…不審がられてる、確実に。

まあそれも当たり前か。今までの王子の態度と明らかに違う事ばかりだろうし、何より精霊である彼を騙せるとは思っていない。

それに、この世界で生きていくため、味方は一人でも欲しい。意を決してクロンに向き合った。


「…クロン、少し…話したい事があるんだ。出来れば、二人だけで」

「…畏まりました。では人払いを」


そう言って部屋へ向かうクロンが歩く後ろを離れない様に歩く。致し方ない。視界に入った王城、とんでもない大きさなんだもん…!!

まさに屋敷!何部屋あるの?メイドの数は?

こんな所で迷子になったら流石にまずい…!絶対離れないぞとクロンの後を追う事に専念した。




「準備出来ましたよ。これで私達だけです」

「ありがとう」


クロンのお陰で迷う事なく辿り着いた部屋は、確かにスチルで見た事のある王子の部屋だった。だったけど…。

こんなに広かったの?と戸惑う程広い。一部屋でこれ?いや、王太子だし、未来の国王だからこれくらい普通なの…か?

一部がちょっとした応接部分みたいになっていて、テーブルと椅子がある。そこに座り、向かいにクロンを座らせる。


「あの、実は…」


私はクロンに全てを打ち明けた。

自分は異世界から転生したという事を、順を追って話し出す。元の私は20代の女で、事故によって死にこの国へ転生した事。それは前世の記憶で、頭を打った衝撃で全て思い出した事、でもちゃんとケイトとしての記憶もある事。

真面目に聞いているだけだろうけど、彼の鋭い視線に言葉を詰まらせながらも話を続けた。



「…、なるほど、事情は分かりました」


分かっちゃったの!?


「え、ちょっと待って、信じてくれるの?」

「まあ…確かに信じ難い突飛な話ですが、付け焼き刃で話せる程の内容ではないという事、何より今までとは違う貴方が私の目の前に居る。これ以上の説得力はないと思います」

「は…はは、たしかに…」


乾いた笑いが零れる。

確かに今、目の前に居る彼に私がどう見えてるかわからないけれど、それが一番の証拠なんだろう。

疑われるとばかり思っていたから助かった。


「今、私からケイト様は、今まで通りのケイト様に見えてます。魂も変わらずそのままの状態ですし、本当に記憶だけ変わられてしまったんですね。不思議なものです 」


ちょっと待って魂ってなんですか?精霊ってやっぱりそういうところも視れるの!?

…嗚呼でも、記憶が違えば、魂は一緒でも元の体の持ち主…王子ではなくなってしまうんだろうか。


「えっと、記憶が違うと、やっぱりクロンさんの知ってるケイトじゃないと思うんです。そうなると…私、貴方と契約したケイトじゃなくなっちゃうんでしょうか…」

「…難しい事を仰いますね。あ、あとクロン“さん”はやめてください。敬語もです。落ち着きませんから」

「あ、分かりまし…、…分かった…」


クロンが何かを考える様に顎に手を添えて視線を下に向けた。その間無言の時が流れる。

もしかして契約解消とかになっちゃうのかな。でも…、もしそうなってもおかしくない。

だって私は彼の知っている、ケイトではないのだから。


「…そんな顔しないでください。契約を解消なんてしたりしませんから。寧ろ大人しくなってくれた事に感謝してます。」


顔に出ていたのか、安心させようとしてくれてるのか、そう言ってもらえて良かったと思う反面、ちょっと棘がある言い方にグサッと刺された気がした。

クロンの言う様に、王教育を受けているとはいえ、体罰はするし従者及びメイドさん達、色んな人を下に見た発言ばかりしていた王子だ。

でもそういう教育にしたのは今の国王。王子は王子で、被害者なのだ。とはいえ同情するつもりは更々ないけどね。


「ありがとう、クロン。出来ればこの事は…」

「ええ、私と貴方だけの話にしましょう。でも、まあ貴方の変わり様に、皆驚かれるかもしれませんけどね」

「あはは…、それは…あるかもね…」


思うところは色々あるけれど、思いの外簡単に、信じてもらえて助かった。これで頭を打った衝撃でおかしくなったと、そういう理由で片付けられる心配はない様だ。


「さて、それではこれから貴方には確認する事が山積みです。転生されたと言うのならまずこの国の字の読み書き、歴史、その他諸々今まで培われてきた知識。残っているのか確認しますね」


「え!?」



にっこりと笑ったその笑顔に背筋が凍った。

下手をすると今日は睡眠の時間も取れないかもしれないと、頭を抱えた。

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