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婚約者とご対面です

「ケイト様…?」


私はまだ、この声の主を特定出来ていない。

けれど予測は出来る。頭では分かっているのに、声を出す事が出来ない。


リリーナ・フォルティス公爵令嬢。


それはこのゲームの中で言えば、『悪役令嬢』という立場の令嬢だ。


あ、ついでですが私…殿下は、ケイト・エディ・グリーファンと言う名前…多分。いやだって、長いフルネームなんて最初のOPに流れてくるだけだもん!覚えてなんてないわ!


さて、扉の前にいる少女は、“あの”悪役令嬢…で、合ってるのよね…?

確か、婚約者にも何にも興味を示さなかった殿下が、ヒロインに興味を持ち出し始めると登場する様になった。

それは当たり前ながら、彼女からしたら面白くない事この上なかったのだろう。

あの手この手でヒロインの邪魔をしてくるという設定だった。

嫌がらせではなく、殿下と関わらせない様に邪魔をしてくるだけなんだけどね。

ヒロイン視点ではあからさまに自分より身分の低い人を見下してる悪女って感じなんだけど…私はそうは見えなかった。


確かにヒロインは身分差を理由に虐げられるんだけれども、ヒロインはヒロインで、常識が欠如してるところが目に付いたのよ。貴族の作法知識なんてゲームと漫画の付け焼き刃だけどね。


…ただ、失態を犯す度、叩くのよ、リリーナは。

お家の指導方針なんて知ったこっちゃないけれど、それをヒロインにもしてくるのが…、うん、そこは悪役令嬢っぽい。


それより今はこの状況をどうにかしなければならない。

どんな我儘悪役令嬢なのかと身構えたが、さっき聞こえた声を思い出すと、普通の令嬢…いや、さっきのメイドに近い何かを感じさせた。

強気で向かってくる声では決して無い。

そっか。そもそもヒロインと出逢っていないのだから、今のリリーナは素のリリーナなのか。


「大丈夫、今開けるよ」


取り敢えず、これ以上女の子一人扉の前に立たせていては申し訳ない。

よいしょ、なんて子供が使うような声が自然と漏れるのに歳を感じつつ、扉を開けた。


そこにいたのは、自分より少しばかり背の低い、背まで伸びた緩くウェーブのかかったバーガンディーの髪色に、ゼンスブルーの瞳を持つ少女。

間違いない。

あの悪役令嬢であった、リリーナ・フォルティスだ!

…そして、実は彼女も私の推しである。理由?見た目が良い。それに限る。

もう此処には推ししかいない!

正に天国!(一回死んでるしね)今後の攻略対象に会うのも楽しみになってきた!


「ごめんね、リリーナ嬢。わざわざ来てくれたんだね」

「へ…?は、はい。あの、わたくしの不注意でケイト様にお怪我を…、…っ本当にすみません…っ」


勢いよく頭を下げてきた彼女を見て、少し驚いてしまった。

ああ、なるほど?

この娘の口振りからすると、どうやら私は彼女を庇って倒れた拍子に、頭をぶつけ気を失っていたという事なのね。そしてついでに前世(?)の記憶も蘇ったと…。

リリーナを見ると泣きそうな表情のまま縮こまっている。

無理もない。婚約者とはいえ、王太子に怪我をさせてしまったのだから、自分を責める気持ちが強いのだろう。

なんだ、どんな我儘冷酷娘かと思ったら、とてもいい子じゃないか。


「そんなに謝らなくても、私は大丈夫だよ。頭は少し痛むけど冷やせば治るし、怪我も腕を少し擦ったくらいだ。だから…」


私が全てを言う前に、おず…と彼女は手の甲を差し出してきた。


「……え?えっと…?」

「わ、…っわたくしのせいで、ケイト様にお怪我をさせてしまいました…。罰せられて然るべきです。…っいつものように、お願いします」



……は?


いつものように?何それ?


私は彼女の様子に戸惑いを隠せなかった。

怯えきったリリーナは、泣き出してしまうのを我慢しているのか、これからくる痛みに耐える為なのか、ぎゅっと瞳を閉じた。

まさか、殿下がリリーナに折檻を…?

待ってよ、こんな設定知らない。

確かにリリーナからの折檻はあったけど、殿下から…なんてどこにもそんな要素、無かったじゃないか。

よく見るとリリーナの手の甲は少し赤くなっている。

という事は、殿下は最近もしたという事なの?

それとも日常的にしてるから痕が残って…?


考えるだけでゾッとした。

十歳程の子供が折檻をする側と受ける側に居るなんて、そんな恐ろしい事があってたまるか。

そう思っていても、実際に折檻が行われていた事は、この小さな手の甲の赤みが証明している。


…、いや、待てよ。

確か殿下エンドの時、婚約破棄され国外追放になった彼女は、確かにぽつりと呟いていた気がする。


『わたくし、ケイト様と同じ事をしていただけなのに、どうして…?』

…、と。


それがどういう意味を持つのか、今分かった。


多分…じゃない。

殿下は折檻されて育ち、それが普通だと認識した殿下は、失態を犯した彼女にも、折檻を押し付けていたんだ…。

本当に、それが普通の事だと信じて。

とっさに自分の手首を捲ってよく見ると、どう見ても彼女を助けた時の怪我では無い痣がある。くっきりと。

王太子の教育の重要さは理解していたつもりだった。

…本当に、つもりだったのだ。

彼女がヒロインにした折檻は家柄じゃない。

殿下からされて、身に付いたものだったんだ…。


生々しい痕を袖で隠し、片膝をついてリリーナの手を取る。

びく、と震えたのは折檻が待っていると思ったのだろう。

…こんなに、子供が怯えきっているところなんて…見たくなかった。

私は思わず、そのまま彼女の手の甲、赤く痕の残るそこに口付けた。


「…!?け、ケイト、さま…!?」

「…リリーナ嬢」


私はこの、どうしようも無い感情に顔を顰めた。

確かに、悪さをした子供を叩いて叱る時だってある。

でもこれではただの体罰だ。

百歩譲って王太子教育時は仕方ないのかもしれない。

けれども、それを彼女に押し付けてはいけない。

例え王太子妃教育のつもりでも、それをするのは殿下じゃない。教育者だ。

それでも、リリーナが甘んじて受け入れたのは、相手が殿下だからだろう。

だからヒロインにも同じ事をした。

失態を犯した者には罰を。

ただ一言言い聞かせればいいだけの話なのに。


そして、一つ腑に落ちない点がある。


何故、殿下は“ヒロインに折檻を行わなかったのだろう“。


もしかして、手に入れる前だったから…?手に入ってしまえば自分のものだからって事?

ゲームでは、二人は結ばれました、で終わったけれど、その後は?

間違いなく、殿下はヒロインが何かしら失態を犯せば折檻をする。

王太子教育として受けていたのであれば、リリーナと同じく王太子妃教育と称して。

そうすると、隠しエンドだった殿下ルートが、一番の地獄じゃないのか…?


「…、?ケイト様…?」


は、と彼女の声で現実に引き戻される。

全ては憶測でしかないが、少なくともあながち間違いではないと思う。

触れていた手を離せば折檻が無いことを不思議に思ったリリーナが、じっと見つめてくる。まだ折檻を待っているのかもしれない。


私はポケットを探ると、…あった。

小さな鞭の様な物。リリーナの手を傷付けていたそれを、私は立ち上がり、思い切り振り被って投げ捨てた。

流石は王宮の庭園だ。小さな湖(池?)がある。

そこにダイレクトイン!!ぼっちゃんといい音を立てて鞭は沈んでいった。


「ケイト様!?あの、鞭が…!」


慌てるリリーナに向き直り、彼女の頭を撫で落ち着かせようとした。

その時見つめた瞳が、綺麗な色だな、なんて思ってしまう思考を一度振り払い、私はリリーナに向かって頭を下げる。


「リリーナ嬢、今まで痛い思いをさせてしまってごめん。謝っても許されることでないのは承知だ。寧ろ罰を与えられるのは私なんだ」


そう言って顔を上げると、目を見開いたリリーナの姿が瞳に映る。

丸く大きな瞳が潤み出せば、はらはらと涙が流れ頬を伝って床に落ちていく。


「ごめんなさ…っ、わたくし、わたくし…っ」


しゃっくりを上げながら泣く彼女を、ぎゅっと抱き締める。

そうすると余計彼女の涙は止まらなくなり、私の服を濡らしていく。

けれどもそんな事、どうでもよかった。

沢山泣いて欲しい。

本当はもっと私に今までの感情をぶつけて欲しい。

怒ったって構わないのに、リリーナは私の背に手まで回して、抱き着いてくれた。

それがとても嬉しくて仕方ない。


…それでも、今日まで痣が残る程の痛みと、我慢を強いらせてしまった罪は消えない。

だからこそ、これからはちゃんと教えなくてはいけない。

叩かなくてもいい方法がある事を。

そうすればきっと、ヒロインとのエンディングも変わる。


それに、私はヒロインを選ぶ気は無い。

このまま彼女を妃に迎え、この国の王となる事。

それで十分なのだ。


…国王陛下の仕事は王太子より辛そうだけど。


…?そういえば私は王太子、つまり男な訳だけど、リリーナの事をそういうつもりで愛せるのだろうか…?

私自身女な訳で、リリーナも勿論女の子な訳で…?

…ちょっと不安になってきた。



王太子としての生活はまだ始まったばかり。

何も知らない私は、きっと何とかなるだろうと、深く考えずにいた。

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