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卒業パーティー2

「もう一度聞くよ、アイシア嬢。…この葡萄酒、何を入れたんだ」



そう問いかけた時、彼女の口許はにたりと歪み、微笑むと表現するには適さない表情を浮かべた。


「別に……何も?ええ本当に。ただの葡萄酒ですわ。…ああ、でも、強いて言うのであれば……少しだけおまじないを加えましたわ」


コツ、とヒールを鳴らせる度、アイシアが徐々に私の方へと迫ってくる。

彼女の持つグラスの中身は手付かずのまま残っていた。


それが何よりの証拠だ。


「さ、お飲みくださいケイト殿下。…大丈夫、毒なんて入っておりませんわ。…毒、なんてね…?」


毒じゃない?なんて信用出来る訳がない。

彼女の口振りからすると、毒ではなくて薬の類いとでも言いたいのか。

無味無臭だけれども、明らかに違和感を覚える代物だ。


王族である以上、暗殺される可能性は避けられない。

その為王族は体を毒に慣れさせる為に、毎日微量の毒を飲み続けている。勿論私もだ。


ただこれが何なのか、なぜか分からない。

これは含まれている物が既製品ではなく、手製な可能性は十分に有り得る。


彼女は一体、何を飲ませようとしているんだ…?



「さあ、ケイトさま」



囁くように、誰にも聞こえない様な声で、殿下と呼ばずケイト“さま”と呼ぶアイシア。



私は…。



「…っ、ケイト様!!」



一気に飲み干した葡萄酒。

私とアイシアの様子がおかしい事に、少し離れた場所に居たリリィは見ていたようだ。

まさかそんな怪しい葡萄酒に手を出すとは思っていなかったらしい。

飲み干した私を必死で呼び、駆け寄ってくる。


満足そうに笑うアイシアの表情が驚きに変化したのは、私が何事も無かったかのように彼女へと視線を向け、隣に居るリリィを抱き寄せたからだ。


「な、なんで?…なんで!何も起こらないのよ!」


会場に響いたのはアイシアの怒声とも取れる声だった。

何事もない、…訳では無い。

正直なところ、少しばかり無理をしている。

まるで脳が麻痺した様に痺れているせいで、リリィを抱き締める手に力を込めてしまい、よりいっそう密着する体勢になった。

リリィにとっては苦しいかもしれないが、少しだけ堪えてもらいたい。


それが通じたのか、リリィは震えながらも強く抱き寄せる手に手を重ねてきた。


「アンネリーゼ様!!」

「はい、リリーナ様!」


悲痛とも取れるその声でリリィはアンネに合図を送り、私の元に駆け寄ってきたアンネが呪文を唱えると、喉に引っ掛かるようにして残っていた液体が体から出ていった。


そうか、確かアンネは水魔法が得意だったね。


ゲル状になったそれを、アンネは小さな小瓶に移し終えれば、それはただの液体へと姿を変える。


「けほ、っ……、やっぱり、何か入れたんだね。王族なんだから耐性を付ける為に毒を少量ずつ体に取り込んでいるなんて、当たり前だろう?だから多少の薬や毒なら効かないんだよ。君なら知ってると思ったんだけど、そうじゃなかったみたいだね」


少しだけ薬が回った脳は揺さぶられるような感覚がするが、堪えきれない程ではない。

そう言うと、アイシアは力が抜けた様にその場にへたりこんでしまった。

床に付いた手に、水滴が落ちてきている。

それが彼女の涙だと、気付くのにそう時間は掛からなかった。


「なんでよ…!なんでなのよ…っ!!二年よ!?二年間もこの薬を作る為に時間を使ったのに…それなのに、効かないなんて…!これじゃ…私の二年間の努力はなんだったの…っ」


…なるほど。

東屋からの二年間、彼女はこの薬を作る事に全ての時間を費やしていたのか…。

だから二年間、噂だけを流して、直接私達に接触して来なかったんだ。


…この時を待っていたんだ、彼女は。


その情熱は他に向けて欲しかったが…もう何も言うまい。

まだ少し眩む頭で必死に考え、私は彼女に問い掛ける事を止めなかった。


「二年間もこれを作っていた、って言ったよね…?…一体、何の…」


ずき、と頭が痛む。

これは脳に作用する薬…?

それとも精神干渉?

どちらにせよ、そんな薬をどこで入手したんだ。

合法とは思えない。


「だって、だってケイトさまは、記憶があるからリリーナ様を好きになられたのでしょう?!だったらその記憶全て消して、……私だけの記憶を、作らせたかった!本来あるべきの、『ケイト・エディ・グリーファン』を取り戻したかったのに…なんで…っ!」


観念したのか、彼女は正直に語る。

ゆっくりと、絶望に打ちひしがれながら、徐々に嗚咽が混じり始める。それでも私はアイシアに手は貸さなかった。


ただ彼女を、見下ろすだけ。

記憶を消す薬を作ったという驚きもあるけれど、それって死なないけれど薬というよりは毒だ。

彼女はそれを、私に飲ませようとしたのか。


「…君の言う通り、私は最初、記憶があったからリリィを好きになった。でも、今は違う。記憶があっても無くても、私はいずれリリィを好きになっていたんだ。…アイシア。君の事は、もしかしたら友人としてなら仲良く出来たかもしれないね…」


彼女は何も言わなかった。

何も言わず、ただ泣いていた。


どういう理由で泣いていようが、 彼女のしようとした事は王太子の毒殺に等しい事。

…アイシアは反逆罪として罪に問われるべき存在となってしまったのだ。

周りの騎士達が彼女を捕え、私から引き離そうとすると同時に、彼女に背を向ける。


「…っ、いや、ケイト、さま…っ」


彼女の涙声に、耐えきれず振り返ってしまいそうになったのを、止めたのはリリィだった。


「ケイト様、…いけませんわ」

「…、ああ…」


彼女の弱々しい声はすぐに途絶え、騎士に連れられて会場の外へと追いやられた。

入って来れないように、扉まで閉めて。

そんな事しなくても、もう彼女は此処には来れないけれど。


「…。みんな、貴重なパーティーの時間に水を差してしまってすまない。残りの時間は心置き無く過ごして欲しい」


私の一声にほ、と皆の緊張の糸が解けた様な雰囲気になっていった。

止まっていた伴奏も始まり、また人脈を作ろうと今さっきの出来事なんてなかったかのように話を盛り上げている。

その中で私だけ、どうしてもこのパーティーを素直に楽しめない自分が居た。それはきっと、頭痛のせいだけじゃない。


まるで魂が抜けたように、ぼぅ、と階段上から皆の様子を眺めていると、リリィが私に寄り添ってくる。


「…ケイト様は何も悪くありませんわ。…だからそんな顔なさらないで…」

「…うん、ごめん。…ありがとう、リリィ」


楽しめないのはリリィも同じなのだろう。

自分を貶めようとした相手でも、あんな悲痛な声を聞いてしまえば誰だって揺らいでしまう。


それでも、私はもうアイシアの元へ行こうとは思わなかった。


隣に居るリリィの手を握り締め、ダンスを踊る生徒達を、ただ二人で眺めていた。

次で最終話です。

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