噂なんてそんなもの
東屋の一件から翌日。
アイシアも寮住まいという事もあり、噂は瞬く間に広がっていった。
流石は女生徒のネットワークとでも言うべきか。
「ケートでーんか」
ケイトではなく、ケートと間の抜けた呼び方をしてくるのはエドワードしか居ない。
彼とも随分親しくなったなぁ。
登校時の校舎内に入る前に、声を掛けてきた彼の表情は気味が悪いくらいにんまりと笑顔を作っている。
どさ、と音がしそうな程の重さ…もとい、腕が肩に乗り溜息を吐くしかなかった。
「その呼び方やめてよ、なんか間抜けっぽい」
「そういや女子から噂が流れてきたんだけどさぁ」
「無視をすんな」
当たり前だけどエドワードと近くなる距離を見た女生徒の一部が小さくも黄色い声を上げ出した。
「ケート」
「…フォード…、エドの真似しなくていいから」
「うん、確かに間抜けっぽいね。これからそう呼んでいい?」
「駄目」
右にはエド、左にはフォードという状態になると黄色い声は更に増えていく。
あの噂は本当なのかしら。
だとしたらお二方のどちらかが?
それならエドワード様でしょう!
私はフォワード様だと思いますわ!
ルーク様もおりますわ!
きっと生徒会のどなたかでしょうね…目の保養ですわ。
ああもう沢山聞こえてくる声に耳を塞ぎたくなる。
しかもなんだか生徒会の面々が私を取り合っているという噂まで立っているが…。
…一応皆婚約者が居るんだから、そういうのはどうかと…、と悶々と考えてしまう。
ただそれも杞憂らしく、彼らの婚約者達は回りに回った噂を気にしていないらしいが。強かさが違う。
「ケイト殿下」
エドワードの腕が邪魔だったけれど、呼ばれた声に振り返れば私の先程の鬱々とした表情は変わり、まるで主人に呼ばれた犬の様な顔をしていたと思う。
雰囲気で察してくれたのか、エドワードは手を退け、フォードも私から少し離れたその瞬間、私はリリィの元へと足を向けた。
「リリーナ嬢」
リリィは私が近付くとふわりと微笑んで、それこそ主人の元へと戻ってきた犬を撫でるように髪に触れてきた。
公衆の面前で恥ずかしくもあるけれど、それだけで嬉しくて思わず彼女の手を取って指先にキスをする。
するとまた、きゃあと黄色い声が聞こえてきた。
それでも私は気にせず、そのまま彼女をエスコートする様に手を取る。
「おはようございます。…朝からケイト殿下にお会い出来て、嬉しいです」
「私もだよ、リリーナ嬢。おはよう、私のお姫様」
流石にくさかったかな、と思ったけれど、リリィが頬を赤く染めて私から視線を外す様に下を向いてしまったから、とりあえず…成功?
私は校舎内に入る直前、くるりと振り向いてこちらを見ている生徒達の目の前で口を開いた。
「これでも私は皆から見て女性の様だろうか?ああでもどちらでも構わないんだよ?私は未来、この国の王となり、そしてここに居る愛しい婚約者…王妃となるリリーナ嬢が愛しくて仕方ない事には変わりないのだから」
見渡せばうっとりと眺めている者、拍手を贈ってくれる者、噂はやっぱりデマだったんだと納得する者。
思った以上に人目があった事に恥ずかしくなった。
ふと、手を取ったままだったリリィの手が離れる。
少し寂しくなる行動だったけれど、それは彼女がカーテシーをする為だと気付いて納得した。
「わたくし、リリーナ・フォルティスは、ケイト殿下と共にこの国を統べる存在となる覚悟は出来ております。まだ未熟者ではございますが、どうか見守っていてください」
彼女のその言葉に、今まで以上の拍手が巻き起こった。
リリィはやっぱり強い。
強くて、愛しくて、かけがえの無い存在だ。
++++++++++
校舎前でのパフォーマンスとも取れる私達の仲を披露をしてから二年が経過しようとしていた。
今日、私はこの学園を卒業する。
いや、した、が正しい。卒業式はとうに終わってしまったからね。
私が生徒会長の座を先輩から譲ってもらった様に、私は次の生徒会長となる生徒にこの座を譲った。
きっと彼ならいい生徒会長となり、この学園を良くしてくれるだろう。
そして今は、夕刻。
毎年恒例の卒業パーティーの準備をしていた。
準備と言っても、パーティー様に用意した服に袖を通し身なりを整えるくらいだろうか。
女性はもっと時間が掛かるけれどね。
最初リリィにメイクを頼まれた時はどうしていいか困惑してしまった。
だって、私メイクのセンスゼロなんだ…。
私の手で可愛くさせたい気持ちも勿論あったよ?けれど失敗したら…と良くない事ばかり考えてしまって、結局慣れている者に任せる事にした…。
……思えば、本来ならこの卒業パーティーで、悪役令嬢であるリリィを断罪するって流れだったんだよなぁ。
もう今となっては考えられない事だけれど。
ふと思い出してつい笑った。
本当は少し怖かった。
もしかしたら、ゲームの強制力が働いてしまうのではないのだろうかと。
つまりリリィは悪役令嬢に、アイシアはヒロインになり、私と…。そういう流れになっていたかもしれない。
リリィ自身を変えた事が一番大きいけれど、あの時、アイシアが無理矢理シナリオを修正しようとしたのを止めて良かったと心からそう思える。
それはリリィに手伝ってもらっちゃったみたいなものだし、私の秘密も知られちゃったけれどね。
でも後悔なんてしてない。寧ろ感謝してる。
だって…。
「ケイト様、お待たせして申し訳ありません」
あの事がなければ、こんなに綺麗なリリィを見る事が出来なかったのだから。
あのままアイシアに従っていたら見れなかったこの光景。
私はリリィに、救い出されたんだ。それはちょっと格好悪かったかな…?
リリィが今着ているドレスは、黄色を基調としているプリンセスラインで、施された装飾にはリリィの髪色の様な赤い宝石が多く使われていた。
それだけでも可愛いのに、彼女は胸元に作ったリボンの真ん中に緋色の宝石を付けている。
『ケイト様の色、全部貰っちゃいました』
そう言ってドレスの案を教えてくれた時、笑っていたリリィが可愛くてぎゅっと抱き締めてしまった。
全く…、一体どれだけ彼女は私を夢中にさせてくるのだろう。
彼女は女の部分の私も、男の部分の私も、どちらも何事もない様に受け入れてくれた。
流石に卒業パーティーの服装でドレスを勧められた時はどうしようかと思ったけど。
勿論丁重にお断り申し上げた。
あの後、私が転生者だという事も話した。
最初から信じてもらえるとは思っていなかったが、「まぁ…、そんな事が本当にあるんですね!」と瞳をキラキラとさせて見つめて来られちゃって…。
もう少し疑ってもいいんだよと言ったら、私が嘘を吐く訳ない…って。
ああ、それで余計好きになっちゃったんだよね。
おかげでどちらの部分も隠す必要が無くなったし、前世の事についてよく話す様にもなったから万事解決。
でも今は男の方が少し強いかな?
…理由は聞かないでくれると助かる。
「じゃあ、行こうか。私のお姫様」
「まあ!…ふふ、はい。わたくしの王子様」
私は彼女の手を取って、パーティー会場内へと向かった。




