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リリーナ・フォルティスという令嬢(リリーナ視点)

わたくしの名はリリーナ・フォルティス。

フォルティス公爵家長女で、このグリーファン国の王太子殿下、ケイト・エディ・グリーファン王太子殿下の婚約者です。


国王陛下と父は元御学友という事で、わたくしとケイト殿下は幼馴染として過ごしておりました。

縁談のお話を頂いたのはわたくしが五歳の頃。

当然ですがお父様達だけで定められた、所謂政略結婚というものでした。

逆らう事は出来ません。



「はじめまして、フォルティス公爵家長女、リリーナ嬢。わたしはケイト・エディ・グリーファン。あなたの婚約者です。どうかケイト、とお呼びください」


わたくしの手を取り、指先に口付け笑いかけてくれたその殿下の笑顔に、一目で、わたくしは恋に落ちてしまいましたの。

その時から既に、わたくしは断るという選択肢も浮かびませんでした。


王族だというのに、殿下…ケイト様はわたくしを城に呼ぶ事は少なく、ケイト様がわざわざわたくしの家に来る事の方が多かったのです。

その優しさに、わたくしはこの人にとって、自慢出来る王太子妃となろうと、幼いながらに心に決めたのです。


…ですが、あれは多分、わたくしが7歳でケイト様が8歳の頃の話です。

婚約してからというもの、ケイト様の表情から段々と笑顔が消えていったある日。

わたくしは、ケイト様のお召し物を汚してしまうという粗相をしてしまったのです。


「申し訳ございませんケイト様!シミになってしまわないうちに…」

「リリーナ嬢、手を出して」

「え、…?」

「早く」


それはとても、とても冷たい声でした。

わたくしはゆっくり手を差し出せば、ケイト様はどこからか取り出した乗馬用の鞭を小さくした様な物で、手の甲を叩かれました。


「!っ、…け、けいと…さま…?」


叩かれた場所はジンジンと痛み、ケイト様の冷たい瞳も相俟って泣いてしまいそうでした。

けれどこの場で泣いてはまた同じ事をされそうな気がして、堪えたのです。


「服のシミは気にしなくていいよ。でもこういう事は積み重なるといけない。きみには立派な王太子妃になってもらわなければいけないのだから。これは“妃教育”の一環なんだよ、…ごめんね。分かってくれ、リリーナ嬢。きみを必ず、立派な王太子妃にさせてあげるから」


淡々と語るケイト様の言葉にわたくしは頷く事しか出来ませんでした…。


その日から、粗相があればその度に手の甲を打たれましたわ。もう数を数えるのも嫌になるくらいに。

勿論、

わたくしは王太子妃教育も、家庭教師の勉学にも励んでおりました。

そこでも講師に叩かれる事も少なくありませんでした。

きっとこの王族の皆が進んできた道なのでしょう。

今の王妃様も…。


そしてひとつ気を抜いてしまえば…、そこに待っているのはケイト様からの折檻でした。

わたくしはお父様に知られたくなくて、ずっと手袋をして赤くなった手を隠していました。

いえ、お父様は承知の上だったのかもしれません。

手を隠すわたくしは明らかにおかしいのに、言及された事なんてありませんでしたから。


全ては立派な王太子妃になる為。

その思いを胸に、痛みも何もかも心に閉まっていました。



それがある日突然、ケイト様は折檻用の鞭を投げ捨てわたくしに膝を付き、ごめん、と謝られてしまったのです。


一体どういう事なのか、理解が出来ずこれは夢かとも思ってしまう程でした。

明日になればまたいつものケイト様に戻っている…。

そう思いながら、明くる日も明くる日も、何度もケイト様にお会いしましたが、あの日以来ケイト様はわたくしに折檻をする事がなくなりました。


もしかして、わたくしは妃として不相応だと見限られたのかもしれない。

そんな不安が頭を過ぎりましたが、ケイト様の表情を見て、そんな不安は払拭されました。


慈しむ様に、その緋色の瞳を細めてわたくしに視線を向けるのです。


それが擽ったくて、嬉しくて、わたくしはまたケイト様に恋をしてしまったのです。

それからはたくさん甘やかされましたわ。まるで過保護の様に。

それでも嬉しかったんです。

貴方から好きと聞ける事が、貴方に好きと言える事が、幸せだったのです。


学園に一年遅れで入学し、ケイト様をお見掛けした時、脇目も振らずケイト様へ向かって行ってしまった程ですもの。

ケイト様が受け止めてくれなければ、危うくケイト様の胸に飛び込んでしまうところでした。

はしたないと怒られるかもしれないと思いましたが、それも杞憂でした。


だって、ケイト様もわたくしと同じお顔をされていたのだから。

わたくしは幸せ者だと、より一層勉学と王太子妃教育に取り組みました。

両立させるのは大変でしたが、ケイト様も同じく、勉学と王太子教育に励んでいると耳にし、わたくしももっと頑張らねばと奮起しました。


…の、ですが、最近少し困ったことがありまして…。


いつもはケイト様と過ごしておりますが、たまには友人との交流を深めたいと我儘を言ったある日。

食堂を歩いている最中、ズザ、と床のカーペットが擦れる音が聞こえました。

すると何故かわたくしの近くで、女子生徒が倒れているではありませんか。


「まあ、大変。だいじょう…」

「酷いですわ!リリーナ様!足を掛けるなんて…そんなに私が気に入らないのですか!?」


わたくしの声はその女子生徒の高くも大きな音に、かき消されてしまいましたの。

と言いますか、足を掛ける…とはどの様なことをいうのでしょうか?

わたくしは首を傾げながらも、周りを見渡せばわたくしと女子生徒は注目の的となっておりましたが、軽蔑の視線は見受けられませんでしたので、わたくしの冤罪であることが証明されているも同然でした。


「ここのカーペットは足が縺れやすいですからね、たまに転んでしまう生徒がいらっしゃるんです。お手をお貸ししましょうか?」


持っていたトレーを近くのテーブルに置き、彼女に手を伸ばしましたが、払う様な動作をされその場から去って行ってしまいました。


…何故かとても悔しそうな表情をしていましたが、何が彼女の逆鱗に触れてしまったのでしょうか…?


「リリーナ様、大丈夫ですか?」

「シャーロット様。…ええ、大丈夫ですわ。あの方に怪我も無いようですし」

「…彼女、多分下級生ですよね?もしかしたら…」


一部始終を少し離れた場所で見ていたのは、今日のお昼をご一緒にと誘ってくださったリアラ・ミーティア様です。

トレーをリアラ様の隣に置きようやく座れば、リアラ様は何かご存知な様なので、お話を聞きたいと申しました。


「リリーナ様、あまり一人では行動しないでください。彼女は最近、リリーナ様に有りもしない罪を擦り付け、まるでリリーナ様を悪女に仕立て上げようとしている者です」


…どうやらわたくしの知らないうちに、わたくしはわたくしのことを、気に入らない方々の餌食になっていた様です。

勿論心当たりはございません。


「殿下の寵愛を受けているのがそんなに気に入らないのかしら、あの子…えっとー…」

「アイシア・ヒロフィーヌ男爵令嬢ですわ。何かにつけて殿下に接触を試みようとしている様です…。リリーナ様、くれぐれもお気を付けて!」


シャーロット様とリアラ様の勢いに頷くことしか出来ませんでしたが、その時とても、嫌な予感がしたのを覚えています。



『大丈夫、私を信じて』



あの時の嫌な予感は、現実のものとなってしまいました。

アイシア様がわたくし達の前に現れたのです。


それからあの東屋に通えなくなり、もう一年程経っております。

アイシア様が東屋に来たあの日の夜、手紙が届きました。

ケイト様からの手紙でした。

暫くはあの東屋に一緒には通えないこと、事が落ち着くまで出来れば彼女に近付かない様に…と。


わたくしは胸元に手紙を抱き寄せました。

折れないように、大切に、大切に。

会えないのはとても寂しいです、けれども心が移った訳では無い。

そう信じながら、少しだけ泣きました。



それでも、ケイト様はわたくしの誕生日をお祝いして下さいましたわ。

けれど、アイシア様に知られないように、という事情でお会いすることは叶いませんでした。

その代わりにと大きなテディベアが送られてきたとき、思わず笑ってしまいましたわ。

もう子供じゃないんですよ?わたくし。


『私だと思って可愛がってあげてね』


なんて書いてありましたけど、言われなくても可愛がるつもりです。

ケイティという名前にしました。

ケイト様の名前を少し頂いてしまいましたの。


大丈夫、わたくしへの愛情が彼の中で薄れた訳ではない。

それだけでも、知ることが出来て良かった。


それでも、わたくしの耳にも嫌というほど噂が入ってきます。わたくしと一緒に居るよりも、アイシア様と共に行動することが増えたのですから仕方ありません。


『ケイト殿下は、婚約者のリリーナ嬢よりも男爵令嬢にご執心だ』……と。


「なんですかその噂!出処探っておきましょうか?」

「ケイト殿下もケイト殿下ですわ。リリーナ様よりあんな娘との約束ばかり優先するなんて…!」


今日もシャーロット様とリアラ様はお怒りです。

正直、わたくしも怒りが無い訳ではないのですが、それよりもお二人の怒りの方が強くて、それだけで十分です 。

わたくし、とても良いお友達に恵まれて嬉しいのです。


「シャーロット様、リアラ様、ご心配有難うございます。きっと大丈夫ですわ。だって、ケイト様が信じてと言っていましたので、わたくしはケイト様を信じています。それに、花束よりも…ふふ、大きなテディベアを送ってくる殿方なんて、あの方くらいしかおりませんわ。…わたくし、実はケイト様から愛されてると自負しておりますの。他の方には秘密にしておいてくださいね…?」

「リリーナ様…」

「…う、…リリーナ様がそう仰るのであれば…」


お二人を宥めれば、カップを手に取りハーブティーで少しばかり乾いたを喉を潤します。

こういう時はお茶会をするに限りますね。


そういえば、わたくし主催のお茶会の招待状が自分だけ届いていないと、何人もの方に言い回っていたそうですね、アイシア様。

残念ながらアイシア様は男爵令嬢であり、公爵家の茶会には少々お呼びし辛い立場ですが、それ以前に男爵家とはマナーが違います。

しかし聞くところによると、他の男爵令嬢の方からも誘われていないとか…。

珍しい話なので覚えております。

詳しくお聞きすると、どうやら最低限のマナーが身に付いていらっしゃらないそうで、先生方も困り果てておりましたわ。



「きゃ、っ!…っリリーナ様!ひどいです!!」



…おや、何やら頭痛の種が、自らこちらにやってきてしまったようですね。

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