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シナリオを正す者


「ここはケイトさまとあたしの場所でしょ?なのになんでリリーナ様がいるんです?」



彼女の発した言葉の意味を、私は瞬時に理解する事が出来なかった。

と言うよりは、思考する事を妨げられた気分だった。


焦るな、落ち着けと自分を律する。そして彼女の放った言葉を脳内で反芻した。



『ケイトさまとあたしの場所』?



「……っ!!」

私はリリィを背に隠したまま、ようやく思い出した。


この東屋は、リリィに虐げられて泣いていたところを王太子に見付けてもらうシーンの一部だ。

リリィとの逢瀬の場所にと、ここが真っ先に浮かんだ時に気付いておけば…と悔やんだ。

何故自分はこの東屋の存在を知っていたのかと。


どちらにせよ、今の状況でリリィをこの場に留まらせておくのは危険だ。


「リリィ、君は一度教室に戻って。今一番安全なのはそこだから」

「でも、それじゃケイト様が…っ」

「大丈夫、私を信じて」


小声でそう言って籠を持たせ、その指先に口付けた。

勿論、彼女には見えない角度で。


「行って。ここは私に任せて」


未だに心配そうに見つめるリリィを抱き締めてやりたいけど、そんなところを見たら彼女は激昂するだろう。

その気持ちを堪え、リリィの背を押せばリリィはこちらを気にしながらも足早にこの場を去っていく。

その背を追おうとする彼女を引き留め、彼女は私の顔を見ると口角を上げた。


「ああ、ケイトさま。やっと二人きりになれましたね、私嬉しいです!やっぱり、ケイトさまの隣はあたしじゃないと…」

「勘違いしないで。私は君の名前も知らないし、リリィに危害を加える可能性がある君を引き留めたに過ぎない」


そう言うと彼女は無表情でこちらをじっと見つめる。

光のない、不気味な瞳だ。


「リリィ。リリィ、リリィリリィって!ケイトさまはあの女の事をそんな風には呼ばなかった!!ゲームではずっとリリーナ嬢と呼んでいたもの!おかしい、おかしい。…違う、そうだわ、あの女に無理矢理そう呼ばされているのでしょう?ケイトさまはお優しい方ですものね。もういいんですよ、ここだって、本当はリリーナ様には知られたくなかったんですものね?それなのにリリーナ様は毎日毎日ケイトさまに付き纏って…」


酷く苛立ちを覚える言葉ばかり連ねる目の前の少女…、いや、女に私は侮蔑の視線を送る。

そんな事をしたところで、彼女は完全に自分だけの世界へと行っているから気付かないのだが。


「アイシア」

「…は?」

「アイシアですわ、ケイトさま。貴方の運命の人…あたしの名前はアイシア。もう、知らないだなんて嘘を吐かないでくださいよ、あたし拗ねちゃいますっ」


言っている事は可愛らしい少女の嫉妬の様なのに、目の前に居る女はそんな少女の欠片もなかった。

ゾッとする気味の悪さだけが浮き彫りになっている。


けれど彼女…アイシアの言動で決定付ける事が出来た。


アイシアは『ゲーム』と言ったのだ。

つまり彼女も転生者。

この世界で三人目の転生者を見付けてしまった…出来れば見付けたくなかったけど、悔やんでもしょうがない…。

だとするとアイシアが望んでいるのはあの完璧な『ゲームのケイト』だ。

私じゃない。何なら性別も違う。


…もしかして、これはアイシアにとって痛手じゃないか?


だって、憧れだけで追い掛けていた王子の中身が女だなんて、ショック以外の何物でもないだろう?

バラしてしまえばきっと彼女も目を覚ます。


女の私が、同じ女の子のリリィに懸想していると知れば気持ち悪いと去っていく可能性もある。

寧ろその可能性に賭けたい。


「…、アイシア嬢」

「はい?なんですか?ケイトさま」


気持ち悪い程の猫なで声もこれでおさらばだ!

私は躊躇うこと無く口を開いた。


「君は転生者だね、しかも日本から来たんでしょう?」

「……え……?」

「私もね、転生者なんだよ。…ううん、転生者なのよ。女の私が、王子に転生したの。笑っちゃうでしょう?性別が変わって転生して、私は私という自我を保ちながらリリィに恋してるのよ?ねえ、気持ち悪いと思うでしょう?」


「…、そんな……」


彼女はがく、と体の力を抜き、東屋の椅子にへたりと座り込んだ。


決まった。これで彼女は気持ち悪いと私を罵り、私から去っていく。間違いない。



その筈だった。




「ああ、ああ!ケイトさまの秘密を教えてくださるなんて!やっぱりあなたのとなりはあたしのものなのよ!」


期待していた筈の罵倒は一つも無く、寧ろアイシアは喜んでしまった。

なんで?嘘でしょう!?

こんな展開予想してない、だっておかしいと思う点ばかりだもの。

『ゲームのケイト王太子殿下』はここに居なくて、居るのは『ケイト』の名を持つ女なのよ?

勿論身体はケイト王太子殿下のものだけど、中身は違う。


それでもいいと言うの…?この子は。


「…っ言った筈だよ、私はリリィが好きなんだ。君じゃない、だから」

「だから、なんと言うのです?」


ふら、と立ち上がった彼女は口角を上げたまま私の方を向いた。

その形相は正直ホラーにも近い何かを感じる。背筋の震えが止まらない。


息が詰まるような長い静寂の中、アイシアは微笑んだ。


それは徐々に、まるで布に零した染みが広がるように。

結ばれることはないと絶望を突きつけられたアイシアが、あろうことか、ぐしゃりと破顔した。


「それに、あの方はどうでしょうか?」


アイシアは声を震えさせて、一歩一歩と躙り寄る。


「……なに、が…?」


私の脳内で煩い警鐘が鳴り響く。

それなのに、足は地面に縫い付けられたように動かない。

違う、竦んで動けないのだ。


「貴方の中身が女性と知って、それでもリリーナ様は貴方を…好きでいてくれるでしょうか?だって、そうでしょう?」


ドクン、と私の心臓が跳ね上がる。

それは私がずっと恐れていた事。

心の内側を暴かれた様な感覚に吐き気すら覚えた。


そんな事露ほども知らない彼女は、自分の身体を抱きながらふらふらと身を捩る。

そして急に悲しそうな表情でどこか宙を見た。


「この世界でそんな事有り得ないんです、いえ、あり得ちゃいけないの、そんなことが知れたら、ああ、ああああ、ケイトさまが可哀想!!」


それは叫びだった。一気に捲し立てるとアイシアは首を垂れ、肩を震わせた。

彼女のあまりの様子に私は戸惑いよろめいて後退ったけれど、アイシアは再び私に詰め寄った。

視界いっぱいに広がるアイシアの双眸からぼろりと涙が溢れる。


「だって、リリーナ様は貴方を、ねえ、どう思うでしょうか?…きっと拒絶するわ...、ケイトさまがどんなに優しくしていたって、まるで貴方を化け物みたいに見るのよ?」


『女だと謳う貴方を』


そう語りながらアイシアの表情は先程と違い、どんどん険しくなっていく。


「そんなの酷い、そんな酷いことそんなのダメ!絶対に許せない、でもねケイトさま!!」


アイシアが突然私を抱き締めた。


どうするのが正解なのか分からない。

突然抱き締めてきたアイシアを退ける事も忘れて、ただ彼女の狂気的な声を震えながら聞いている事しか出来なかった。


「安心してください。あたしなら貴方の中身ごと…過去の貴方ごと貴方を愛する事が出来るんです!それはあたしにしか出来ない事なんです。……いいんですか?ずっと隠したまま、…ああ違いますね」


「“リリーナ様を騙したまま”でも、あの方と一緒に居たいんです?もしバレたらと考え怯えながら?ふふ、そんなの嫌ですよね?…ね?ケイトさま」


女は優しく、執拗なほどに優しく甘ったるい声で囁く。


「あたしなら貴方を無条件で愛せるんですよ、だって、中身も全部含めて、ケイトさまなんですもの、あたしは貴方のことを…心から好きなんだもの」


唇が触れ合いそうなほど近くで、美しく毒々しくいアメジストの瞳を持った女は笑った。



「ケイトさま。あたし嬉しいんです。ケイトさまと、あたしだけの秘密が出来たんですもの」



私は…選択肢を間違えてしまったのだと、酷く後悔した。

とても浅はかな考えだった。

少し考えれば分かる事だったのに…。


アイシアは表情をころころと変え、最後は微笑みを見せた。

それは先程までの狂気が嘘のような、聖女の笑みと言われてもおかしくない、微笑み。


これは脅しだ。


アイシアの機嫌を損ねれば、秘密をリリィにバラす…と。

私は、賭けに負けてしまった。

そして私は察してしまう。

明日からこの東屋にリリィと通う事は出来ない、私は彼女の意向に沿わなければいけないのだ。


愛しい彼女に会えない。

そう思うだけではらはらとただ涙が頬を伝う。


「あら…、ケイトさま、泣かないで?あたしがずっと、ずぅっと、お傍にいますから。…ね?」



至近距離の涙でボヤけた視界の中、触れ合う程近付いた唇が重なる事はなかった。

今の私には、それだけが救いだった…。

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