ヒロイン、突撃
「え、お逢いしたんですか!?例の『ヒロイン』とやらに!」
珍しく声高なクロンに、私はこくりと頷く事しか出来なかった。
「あれ…?でも殿下の話では、殿下が15歳の時に出逢うと言っていませんでしたか…?」
「そう!そこなんだよ!『シナリオ』が破綻してるの!」
悪役令嬢であるリリィを溺愛しているという、『シナリオ』を既に破綻させている私が言える立場じゃないけれど、…明らかにおかしい。
確かに私はシナリオ通りに動かず、寧ろ率先して変えてきた。
でもそれは私とリリィに関わる事だけ。
勿論リリィが変わったお陰で、学園の評判もシナリオ通りじゃない。私が嫉妬してしまうくらい高評価だ。
もし、『シナリオ』を変えられるとしたら、それは…。
「リノ、リノ居る?」
どこからとも無く、クロンよりも背の低い、膝まであるのではないかと思うくらい、長いエメラルドグリーンの髪を三つ編みにしたヴィクトリアンメイド服を纏った女性が現れた。
「お呼びですか、おじょ…、……殿下」
あ、今お嬢様って言い掛けたな。
うーん…まだ人前で呼んだりしてないからマシかな…。
今呼び出した彼女はリノ。
ケイトが生まれた時からの従者で、この子が緑の精霊。
あまり顔を出さないのは大抵隠密として動いているからだとクロンに教えてもらった。
勿論彼女にも、私の事は伝えてある。
最初こそ半信半疑で警戒されていたけれど、長く私を観察してる内に…特にリリィに関してかな?リリィと接する私があまりにも前と違い過ぎて驚き、私の話は本当なのだと信じてくれた。
寧ろ喜ばれた。
同じ女というだけでとても懐かれてしまったのだ、嬉しい事だけどちょっと複雑?
その代わりクロンと一緒に居る時間の方が減っていて、彼は彼なりに心境は複雑らしい。振り回してしまって申し訳ないとは思ってるよ…。
「頼みがあるの、暫くリリィの護衛についてほしいんだ」
「…私にですか?それならクロンの方が腕が立つので、彼に頼んでも宜しいかと…」
「もし彼女に内緒で護衛を付けていたのがバレた時、クロンより同じ女性であるリノであった方が最適だと思ったから、貴女に頼んだ方が確実だと思ったの。男性が相手だとリリィも落ち着かないだろうしね。…引き受けてくれる?」
「勿論でございます。殿下のご命令とあらば謹んでお受け致しましょう」
笑顔で応えてくれた彼女は、此処へ来た時と同じようにスっと消えていった。
…一体精霊ってどうなってるんだ…。
でも助かった。花の精の加護を受けているリリィを、どうやらリノは気に入ったらしく、こういう事も嫌がらず引き受けてくれる様になった。
加護を受ける前は違ってたみたいだけどね。
「殿下、本当にリノで良かったのですか?」
「ん?なんで?リノだってクロンに負けず劣らず腕は立つし、護衛としては良いと思ったんだけど…」
「あ…いや、…確かに、そうですけど…。…殿下の護衛、男の私だけになっちゃいますよ?」
「…それが何か?」
そりゃリノが居てくれたら安心するけど、それはクロンでも変わりない。…なのに、なんでこんな大きな溜息吐かれているんだろ私。
見た目は14歳だけど男子な訳だし、身の危険とか感じてない。寧ろリノが女の子だからって、頼りっぱなしなのは良くない。私もリノ離れしなくちゃね。
出来れば私の予想は当たって欲しくない。
もし当たっていたとしたら……。
この世界だけで、最低でも三人も“転生者”が居ることになる。
えっと、廊下での出会いイベントの後、どこで再会するんだっけ。
──────────
「あの、席…ご一緒してもいいでしょうか!」
私は今日一の間抜け面を晒した気がする。
やばいとすぐ慣れた王子スマイルを作るも、困っている。
現在進行形で非常に。
思い出しましたよ。
王太子出会いイベント第二弾!学食で殿下がヒロインを見付け、声を掛けるシーンだー。
あの時の王子スマイルのスチルがもう懐かしいわー。それを今自分がやってると思うと胃に穴空くわこんなん。
実際は殿下じゃなくて、ヒロイン(?)から声を掛けてきたけど…。
それに普段学食使わない私がなんで此処に居るかって?
リリィに親睦を深める為に他の生徒と食事をするって言われたからだよ!!
私とリリィの時間が減っていく…、ああ…。
いやいや、今はそんな事気にしてる場合じゃない。
というか度胸が凄いな!
自分から王族に声掛けてくるのかよ!
色々ツッコミどころ満載だ!
「失礼、ご令嬢。他にも席はあるぞ。…というか、彼はこの国の王太子殿下だ。名乗りもしない令嬢が気安く話しかけられる相手じゃない」
た、頼もしい~!!惚れる!!一回惚れてるけど!
返答に困っていると、私を背に隠す様に立った男子生徒に、思わずにやけそうな口元を掌で隠した。
彼は生徒会の一人で、攻略対象でもある、エドワード・ロビンソンだ。藍色の髪と黒い瞳で、ちょっと目付きが悪いせいで近寄り難い印象を持たれがちな彼だけど、実際そんな事はなくとても気さくな人なんだ。
そして彼が居る様に、今令嬢が声を掛けてきたこの卓に居るのは私だけじゃない。
なかなか学食に来る機会のない私に、じゃあ皆で食べようと提案したのもエドワードだ。
つまり此処に居るのは生徒会メンバーであり攻略対象。私を入れて4人居る。
全員攻略対象という、ある意味逆ハー気分を味わってる…なんて誰にも言えない。
…というか、4人揃っているこの場で話し掛けてくるとは…凄い肝が据わってる。出来ればこのまま逃げ切りたい。というか此処に君の座れるスペースは無いと思うんだけど?
「わあ…!王太子殿下だったんですね!この間は助けていただいてありがとうございます!あたし、これを機会に殿下とお話ししたいです!」
おいおいさっきの話聞いてた!?せめて名乗れ!誰だ!
…ん?待てよ?私を知らなかったという事は、…転生者じゃない?ただの無知な令嬢?
………んな訳あるか!無知な令嬢でも相手が殿下って分かったらさっさと去るわ!
つまりこれは演技。
彼女も『シナリオ』通りに動こうとしている…多分。
そうじゃなければこんなアホな事しない!…そう思いたい。
「ああ、昨日の子だったんだね。悪いけど見ての通り、もう席は埋まっているんだ。だから「あ!あたしあっちの席から空いてる椅子取ってきます!」
私の声を遮った彼女は、がた、と音を立てトレーをテーブルの上に無理矢理置けば彼女は人が少ない方のテーブルに走っていった。
しかもトレーはしっかりと私のトレーの横にある…。
…完全に隣座る気満々じゃん…、怖い。
正直マジで怖い。
わざわざ椅子を取りに行ってまで隣に来ようとするのがやばい。思わず語彙力も失う。
「殿下ぁ、あの子誰なの?」
「…私も知らないんだ、しかも名乗られてすらいない。…昨日、廊下でぶつかった時助けた子なんだけれど…」
「…えぇ…もしかして、ストーカー…?」
フォード多分正解。
この、こっちも釣られてしまいそうなのんびりした話し方をする男子生徒。
彼はフォワード・クラークであり生徒会書記。
茶系のブロンズの髪に翠色の瞳を持つ彼の、その自然を彷彿とさせる目の色は実は木の精の加護を受けている証拠らしい。
私も似た様なものだけど、代々受け継がれているものだから、一概にも見た目に影響する訳では無い様だ。加護を受けている父上でさえ私と瞳の色が一緒なのだからきっとそうなんだろう、うん。
フォードは一回生の頃からの友人で、愛称で呼び合う程親しい。
彼は私が王族であろうとなんであろうと気にしないと気怠げに欠伸をしながら言われた時は、こいつも肝据わってるなぁと思った。あ、書記としてはちゃんと有能だからね。
でもそれ以上に肝が据わっていたのはこのヒロインだった…。
ヒロインは今椅子を取りに行っている、逃げるなら今のうちだ。
「皆、…後は頼んだ」
「え!?あの子の相手すんのヤですよオレ!」
「俺もパス」
「俺も遠慮する」
一番最初に異を唱えたのはフォックス色の髪の男子生徒、生徒会庶務担当のルーク・ウィリアム。
左に分かれた前髪は目に掛かりそうな程長く、ウルフカットの髪が彼の振る首に合わせてゆらゆらと揺れる。
ルークに続いてフォード、エドワードと皆全滅だった。
…これは困った。
でも王太子ルートはこの三人を落とさないと本来ならば進めない。
私が居なくても上手くいくのでは…?あわよくばこの中の誰かと好い仲になって欲しい。
切実に。
「生徒会の仕事もあるしね。会長から任された分を少しでも減らしたいから私は此処で…」
「あれ?殿下、どこに行かれるんですか?お昼一緒にと言いましたのに」
それ、言ったのは確かだけど私了承してないからね?
本当に椅子を持ってきた彼女が近付くより先にトレーを持って席を立った。
三人からの視線が痛いけれど致し方あるまい。
ヒロインと親密度を上げるのはご遠慮願いたいのです!あと名乗れ!
「すまないね、もうお昼は食べ終わったし、私は生徒会の…」
「あの女に会いに行くんですか?」
その一言に、背筋がゾッとした。
たった一言だ。
それなのに彼女の瞳は笑っていないどころか、殺意まで感じられる。
それは皆もそうなのか、私達は一瞬身構えた程だ。
「…、何の事かな。私は残っている生徒会の仕事を終わらせに行くだけだよ」
平静を取り繕うけれど、ばくばくと恐怖で激しく鳴る心臓が痛い。
何だ…?今の表情は。
どこか焦点が合っていない濁った色をした瞳は、瞬きを数回すれば元の彼女の瞳の色に戻っていた。
「なぁんだ、そうだったんですね!生徒会のお仕事がんばってください!」
「あ、ああ…、ありがとう」
皆には悪いと思いつつも、私はその場から直ぐに立ち去った。
多分他の三人も私が離れた方が得策だと思ったのだろう。
留める声もなかった。
なんだ。なんだったんだ、あの瞳は。
メデューサにでも睨まれ、石にされた様な気分だった。
それはきっと、あの場にいた皆も同じだと思う。
『あの女に会いに行くんですか?』
あの女とは、リリィの事だろう。
というか、王族の婚約者をあの女呼ばわりなんて…常識云々の話以前の問題だ。
あの時発した声は、最初に声を掛けてきた時とは違って、地を這う様な音だった。
このままでは本当にリリィに危険が及ぶかもしれない。
彼女なら有り得る。
「……クロン」
「はい、なんでしょう」
「リリィの警備を徹底して。リリィに傷一つも付けさせないように」
「…かしこまりました」
それだけを伝えれば、突然現れたクロンはまた姿を消した。
私が呼べばすぐに来れるなんて、便利だなと思う。
私も、リリィが呼べばすぐに駆け付けられる様になりたかった。
「…本当は私が護ってあげたいのにな…」
廊下の道すがら、中庭で友人達と楽しくお茶をしているリリィを窓越しに見つめ、そう思う事しか出来ない自分が歯痒かった…。




