あるじさまと私 ~主人を庇って死んで転生したら、前の自分が氷漬けにされて保存されていました~
「あるじさま、泣かないで、くださ、い」
もう上手くしゃべれない。目も見えない。
あるじさま。私の大事なひと。
あなたは私の光でした。生きる意味でした。
奴隷なんかのために泣いてしまう優しいあなたをずっと見守っていたかった。
「あなたが、幸せになる姿を、見てみたかったけど、それも叶わぬよう、です。」
「フェリシア、」
最期に聞く声があるじさまの声であることがたまらなく幸せだ。
「あるじさま、どうか、おしあ、わせ、に、」
きっと笑顔で言えたと思う。あるじさまには笑顔の私を覚えていてほしいから。
そうして私は二度目の人生を終えた。
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一度目の私は生きることに疲れていた。
はやく死んでしまいたかった。死んだら楽になれると思っていた。
なんの取り柄もなかった私は、周りの人間の良いところを見つけては妬み、悪いところを見つけては嘲笑う矮小な人間だった。
自分が嫌いだった。こんな自分をやめてしまいたかった。
だからトラックにひかれたとき、私は嬉しかったのだ。
まさか自分が異世界に転生し、奴隷として生をうけるなど思ってもみなかった。
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二度目の人生では、まあまあ綺麗な顔で生まれた私は、奴隷商人にまあまあ優しく扱われていたと思う。私は赤子の頃から前世の記憶があったので大人しかったし、自分で言うのもなんだが優秀だった。
貴族に買われて、運よく愛人になれたら、平民より贅沢な暮らしができるかもしれない、と言われたこともある。
二度目の人生が奴隷だと知ったときは神を呪ったが、思ったよりわるくない。
そう思っていたのだ。
私は二度売られた。
一度目はちょっと酷すぎたようで、あまり記憶がない。
ただ、毎日死にたいと思っていたような気がする。
主人が死んで奴隷商人の元に戻されたとき、私はほぼ死んでいたそうだ。
あと人間だったはずの私が狼の獣人になった。
種族が変わったわけではない。元々獣人だった私は誰かによって獣耳と尻尾、獣人の強力な力を封印されていたらしい。
この世界では獣人は差別の対象で、恐らく私の生みの親が私の身を案じて封印してくれていたのだろう。そういう獣人は少なくないらしい。
ひどい扱いを受けていた私は眠っていた魔力を解放し、封印を解いてしまった。封印を解かなければ身を守れないほどの事態に陥っていたのだろう。
人間の方が価値が高い世界で獣人として帰った来た私に奴隷商人は当然態度を変えた。馬鹿な私は奴隷商人を信頼していて、態度を変えられたことは私の人間不審に拍車をかけた。
人生に完全に絶望していたそのときに、私は王宮へ売られた。
そこで私はあるじさまと出会ったのだ。
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「ふぇりしあ」
「何ですか、あるじさま」
あるじさまが今日も可愛い。
王宮に売られた私に与えられた仕事は第五王子の世話係だった。奴隷に王族の世話をさせるなんて正気の沙汰じゃないと思っていたが、あるじさまは訳ありだった。
魔力が強すぎて誰も近づけないそうだ。ついでに王と侍女との間にできた子供。
世話をしたがる人間は誰もいなかった。
私に眠っていた魔力は桁違いに強かったらしい。あるじさまの魔力に耐えられた。そこで、私が世話係として買われ、王宮に送り込まれた。
その時の私はほぼ廃人であったのに、平気で第五王子の元へ送るあたり、この王宮の人間があるじさまをどう扱っていたのかが窺える。
出会った当初、あるじさまは4歳、私は14歳だった。
あるじさまに一生お仕えすると決めたのは初めてあるじさまにお会いした時だった。
その頃私は狼の力を解放したばかりで、あまり力を制御できなかった。その中でもいちばん厄介だったのが嗅覚だ。
私にとってはありとあらゆる人間がくさかった。そして不快だった。
しかし、あるじさまは違った。ものすごくいい匂いだったのだ。どんな匂いかは表現できないが、私に安らぎと安心を与えてくれる匂いだ。これがどれほどの感動を与えたのか、私以外にわかる人はいないだろう。
翡翠の大きな瞳はながい金のまつげで縁取られ、黄金の髪はサラサラで光り輝いていて。肌は陶器のように白く滑らかだった。完璧なパーツ、完璧な配置。芸術品も恥じ入る美しさだ。
あと、あるじさまは虐げられてきた方なので、周りの人間を警戒しまくっていたのが、なんだか仲間のように思えたのもある。
心臓を鷲掴みにされた私は今度はあるじさまの心を鷲掴むために努力を惜しまなかった。
そして、あるじさまは私の名前を呼んで、笑顔を見せてくれるまでになった。
「ふぇりしあ、だいすき」
「ぶっ」
「ふぇりしあ!?大丈夫?」
可愛いすぎて鼻血が出てしまった。こんな気持ちの悪い私の心配をしてくれるなんて。
「大丈夫ですよ」
「ふぇりしあ、いつもありがと。 でも、むりしちゃだめ」
「あるじさま!ありがとうございます!私も大好きです!」
あるじさまは多分天使だ。可愛い天使の世話ができて、私はとてつもなく幸せだ。
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あるじさまは6歳になった。
魔力が安定せずに、熱を出すことが多くなった。
「フェリシア、フェリシアどこ?」
「ここにおりますよ、何か持ってきましょうか?」
「ううん、何もいらないから、ずっとそばにいて?」
「はい、あるじさま」
あるじさまが寝つくまで手を握っていた。私にはこうすることしかできなくて、自分が不甲斐なくて嫌になる。
あるじさまの離宮には私とあるじさましかいない。だから私が全て出来なくてはいけない。幸い奴隷時代に学んだことが役に立ったし、獣人の身体能力のおかげで暗殺者はひねりつぶせる。
あるじさまは命の危機にさらされ、虐げられても弱音の一つ吐かない。私を安心させるように笑っている。そんな優しく、聡明な人だ。
あるじさまを幸せにする。あるじさまを守る。きっとそのために今までの人生があったのだ。
これからもずっとあるじさまを守って生きていく。そう決心した。
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あるじさまは12歳になった。
私はもう22で、結婚していてもおかしくない歳だが、あるじさまに「結婚は待ってて」と言われている。もちろんあるじさまより先に結婚するなんて出来ません、なんなら一生しませんといったら微妙な顔をされたが。
あるじさまは私が獣人であることを気にしない唯一のひとだ。
「フェリシア、耳を触らせて」
「はい、あるじさま」
「フェリシア、しっぽをブラッシングさせて」
「はい、あるじさま」
他の人は嫌がる私の獣の部分をためらいもなく触ってくださる。
「フェリシア、可愛い。大好きだよ」
「私も大好きですよ」
私に優しくしてくださる。
あるじさまは成長されて、お美しくなられただけでなく、私のような下々のものまで優しく接してくださる完璧な王子様になった。あとスキンシップがおおくなった気もするが。
魔力の制御を覚えたあるじさまは無敵だ。強力な魔法を使えるようになったし、魔力が体から漏れ出ることはなくなった。
貴族が通う学園に行けるようになり、みんなから囲まれるようになった。あるじさまはあまり嬉しくなさそうだが、私は嬉しい。強く美しく、優しいあるじさまがみんなに認められたことが嬉しくて、時々泣きそうになるくらいだ。
だから私は、お別れしなければいけない。
獣人への差別はますますひどくなっている。獣人が仕えているという事実はあるじさまにとって害にしかならないだろう。
きっと近いうちにあるじさまの世話係から外されると思う。でも、私は変わらずあるじさまを守るつもりだ。
お別れは笑顔で言いたい。泣いてしまいそうだが、あるじさまの記憶のなかでは笑顔でいたいから。
そう思っていた。
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ある日あるじさまが忘れ物をしたので学園に届けに行った。あまりいい目を向けられないのでなるべくはやく帰ろうとしていたそのときに、あるじさまの婚約者候補のかたに話しかけられた。
「そこの犬、久しぶりじゃない」
「お久しぶりです、ルチア様」
ルチア様は公爵家のお嬢様で、とてもお美しい人だ。あるじさまの婚約者になることはほぼ確定しているが、あるじさまがまだ婚約者はいらないといっているので婚約していない。この方はあまりいい感情を私に抱いていないようで私は少しだけ苦手だった。
「お前のような下賎の生き物が仕えているなんてアルベール様がおかわいそうだわ」
「返す言葉もございません」
アルベール様とはあるじさまのことだ。ルチア様は私に世話係を辞めてほしいらしい。これを聞くのは一回目じゃない。
「はやく世話係を辞退して―――――――」
「フェリシア!」
ルチア様の話を遮るように、あるじさまが私の名前を呼んだ。あるじさまはいつも私を助けてくださる。
「アルベール様、こんな犬を連れていてはあなたの評判を下げかねません。世話係なら我が公爵家の使用人をお貸ししますわ」
「フェリシアありがとう、忘れ物を届けてくれて。さあ、いこう」
あるじさまはルチア様を完全にいないものとして扱っている。心配してルチア様を見ると、何故か私がにらまれていた。解せぬ。
あるじさまと私が遠ざかっていくなか、ルチア様が「いなくなればいいのに」とおっしゃったことに気づいていなかった。
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それから数日後、私は世話係から外されることになった。王命だったのであるじさまはさからえなかった。
「きっとルチア嬢が告げ口でもしたんだ。抗議したけれど、ダメだった。ほんとにごめん、フェリシア」
私は幸いあるじさまの離宮に近い場所の警備をすることになったため、あるじさまにたまにお会いすることができた。
世話係としてあるじさまに仕える最後の日、あるじさまは私にずっとくっついていて、正直暑かった。
「フェリシア、今は僕に力がないから君を手放すことになってしまったけど、必ず取り戻すから。そしたらまた一緒に暮らそう」
そう言ってくださるあるじさまはやっぱり天使だ。
でも、お別れは突然だった。
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毎年建国記念日は式典が開かれ、王族は民の前に姿をあらわす。
そして国王は演説をする。
いつもはあるじさまのすぐそばで控えていたが、今年は世話係ははずされたので、遠くから見守っていた。
だから気付くのが遅れてしまったのだ。
暗殺者らしき黒い人影があるじさまにむかっていることに。
何故かあるじさまの護衛が動かないので、あるじさまに向かう黒い影に飛び掛かり、取り押さえようとした。
すると人影はまるで私が来ることが分かっていたかのように振り向き、ナイフで私を襲ってきた。
ナイフが手をかすめたが、無事取り押さえられて安堵した。
その時だった。
私の口から赤い液体が吹き出した。
それが血だと分かったのは倒れてからだった。身体に力がはいらない。目も見えない。
まるで書物に書いてあった獣人用の毒を受けたかのようだ。
あるじさまの声がする。震えていて、泣いているかのような。
きっともう助からない。でも、あるじさまに笑顔でお別れを言わなきゃ。
そうして私は笑顔を無理矢理つくり、お別れをいった。
そして死んだはずだった。
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死に行くなか、あるじさまとの会話を思い出した。
「フェリシア、生まれ変わりってあると思う?」
「はい、あると思いますよ」
目の前に生まれ変わった人間がいるなんて思いもよらないだろう。
「じゃあ僕は生まれ変わったらフェリシアを絶対見つけて見せるよ。だからそのときも、ずっと一緒にいてくれる?」
三回目はあるのだろうか。あるといいな、と思いながら私は答えた。
「もちろんです、あるじさま」
その時のあるじさまの笑顔が美しすぎて直視したら危険だと思ったことを覚えている。
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まさかの転生をした。しかも国名が二回目の国と一緒だった。町の景色にも見覚えがある。
平民として生まれた私は、前世が嘘のように平和に暮らしていた。
私はまた獣人だった。しかも狼。前世と見た目もおなじなのだ。
最初は奴隷になってしまうのかとおもったが、獣人への差別はなくなり、奴隷制度もなくなっていた。とても同じ国とはおもえない。
私が生まれた年は私が死んだ年と同じだった。死んですぐに転生したらしい。
またあるじさまに会えるかもしれないと思って王家の話を聞いたところ、なんと国王の名前がアルベールだった。しかも年齢もあるじさまに一致する。
歴代最高の王と名高いアルベール王は奴隷制度を撤廃し獣人を保護し、民から絶大な人気を誇っている。
なんだか手の届かない人になってしまって、ずっと一緒にいるという約束は果たせそうにない。
遠くから見守っていようと思っていた。
今日だけ王宮にある聖女の聖骸を平民でも見ることができるらしいといわれ、王宮にやって来た。私の他にも多くの人が集まっている。
聖女の聖骸なんて王宮にあった記憶はないが、とりあえず見に行って、あるじさまをちらっと拝見できないかと思った。
そして聖骸をみて、仰天した。
え?これ、前世の私にそっくり、というか、私なんだが。
前世の私の骸が氷漬けになっていた。
自分の死体と対面するという恐ろしい経験をしてしまった。
そして私の今の見た目は前世と全くおなじだ。私が私を見ているという異様な光景を見て、周りの人たちがざわつき出したその時だった。
懐かしい臭いがした。
「フェリシア?」
あるじさまの声が、した。
声がした方を向くと、美の化身が立っていた。
いや、違う。成長したあるじさまだ。
「あるじさま……?」
私がそういった瞬間。
「うわっ!?」
あるじさまが私を抱き上げた。そして転移魔法をつかった。
気付いたら執務室らしき部屋にいた。
「フェリシア、フェリシア…」
あるじさまがずっと私の名前を呼びながら私をさわっている。なんだか懐かしくて、涙が出てきた。それを優しくあるじさまが拭ってくださる。
ずっとここにいたいと思った。
でも、私は平民だ。これ以上ここにいない方がいいだろう。
「あるじさま、放してください。あるじさまの元気な姿を拝見できてよかった。私はかえります。」
その瞬間。部屋が凍りついた。
「え?」
そして思い出した。氷漬けになった前の私を。
「そういえばあるじさま、なんか私が氷漬けになっていた気がするのですが。」
「だってフェリシアがいないと死んでしまうから。」
どういうことかさっぱりわからない。死骸を氷漬けにするなんて。そんな人に育てた覚えはないのだが。
「死にません。今すぐやめてください」
「じゃあ、今のフェリシアがいてくれるならいいよ」
「私もあるじさまのそばにいたいですけど、平民として生まれてしまったので。ごめんなさい。」
あるじさまが動かなくなった。
「でも、ずっとあなたを見守っています。だから寂しくないですよ」
「そっか。フェリシアは約束を破るんだ」
「覚えていたんですか?」
「当たり前だよ」
まさか覚えてくれているなんて。感動で涙が出そうだった。
「フェリシア、君に選択肢をあげるよ」
「はい?」
なんだろう?なんだか声が暗い気がするし、悪寒がはしった。
「無理矢理ここに監禁されるのと、自分の意思で残るのと、どっちがいい?自分の意思で残れば、氷漬けはやめてあげる」
「へ、」
「選んで」
あるじさまを怖いと思ったのはこれがはじめてだった。
「あるじさま、私は」
「はやく」
これは従わないとだめなやつだ。
「残ります……」
しぶしぶ言った。
その時のあるじさまの笑顔があまりにも神々しかったので、私は意識を手放した。
そのとき、ふと思い出した。ルチア様の公爵家がこの国から消えていたことを。
どうしてこんなことを思い出すのか不思議だった。
アルベールの長く綺麗な指がフェリシアの頬を優しく撫でる。
「逃がさないよ、フェリシア」
そのときアルベールが浮かべた笑みは、真っ黒だったことをフェリシアは知らない。