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二人のアイドル  作者: ユージオ14
第1話 トップアイドルの一日
6/29

5

 懇親会も終わり、二次会に行く人もいる中、私は野中さんの車で最後の目的地、アオハルの事務所に向かっていた。時刻は二十一時を回っていた。

 事務所までは約三十分かかる。私は一日の疲れからいつの間にか瞼が落ちていた。


「着いたよ」


 野中さんに起こされ、車から降りる。事務所では、メンバーと新曲"灰になるまで"のダンス練習を行う。来月の発売日と同日に生放送でのライブパフォーマンスがある。その日がダンスの初披露となるため、パフォーマンスの向上を図ることが目的となる。今日は振付師の人はいなく、メンバーだけで行うことになる。本当はこんな夜遅くではなく、陽が昇っている時間でやった方が良いのだろうけど、メンバーそれぞれに予定がある人もいるので、結果的にこの時間となっている。(主に理佐ちゃんのスケジュールに合わせているらしいけど)

 レッスン着に着替えて中に入ると、既にメンバー全員が揃っていた。振りをしている人、休んでいる人と様々だが、汗の量からかなりの練習を行っていたことが窺える。


「あっ、理佐おつかれさまぁ!」


 私が入ってきたことに気付いて、マナミン(与田愛美よだまなみ)が元気に挨拶をしてくる。弾ける笑顔が眩しい。汗をかいた姿もとても可愛らしい。マナミンに続いて、他のメンバーからも言葉が寄せられる。


「おつかれさま」


 私は軽く挨拶をして、荷物を置く。軽く準備運動をしている中で、ぞろぞろとメンバーが大型ミラーの前に集まってくる。


「それじゃ、始めていこっか」


 アオハルのキャプテン、深川友奈ふかがわゆなが穏やかな笑顔と柔らかな声で言う。とても癒される。今日一日の疲れが浄化されていくようだ。常にメンバーを気遣っている、怒ったところを見たことがない、加えて美しい見た目からファンの間では女神と呼ばれている。

 私は最前列の中心、センターに位置する。初めて聞く曲に戸惑いとファンとしての嬉しさが混じる中、身体は音に合わせてキレ良く動いていく。やっぱり、アオハルは凄い。迫力あるダンスにグループとして揃った動き。まだ未発表のパフォーマンスを、こんな近くで見れるなんて嬉しくて胸がはち切れそうだ。

 ……でも、何だろう。この違和感……。


「うん、いいね。前より格段に良くなってる。あとは、サビの迫力をもっと出していきたいかな」


「だったら、サビ前を抑えめにしたほうがいいかも」「サビの振りはもっと大きくする?」「でもそれじゃまとまって見えない」「多少崩れてるぐらいが曲に合っているんじゃ……」


 曲が終わると、メンバー同士で意見が飛び交う。パフォーマンスの質を上げるため、時には厳しい言葉も飛ぶが、キャプテンを始めグループ全体の雰囲気が良いため、険悪になることはなかった。


『おつかれさまでした!』


 二時間ほどで練習は終わり、各々帰り支度を始める。ただ、私の身体は鏡の前から動こうとしなかった。

 二時間見てて思う、私のパフォーマンスは本来の理佐ちゃんのものではない。きっと、私が入っているからなのだろうけど、ライブで見ていた理佐ちゃんと比べて何かが足りないように感じた。

 もしかしたら、長い時間理佐ちゃんの身体にいることになるのかもしれない。今後、お客さんに見せる際に今のパフォーマンスを見せることは、理佐ちゃんの価値を下げかねない。少しでも、差を埋める必要があるように感じた。


「友奈、ここの鍵持ってる?」


 帰り支度を終えたキャプテンに話しかける。友奈と呼んだ自分に驚いたが、メンバー同士は名前で呼び合っていたので、これが自然なのだろう。友奈ちゃんは穏やかな笑顔を向ける。


「持ってるよ。帰るときは、電気とエアコン消すのを忘れないでね」


 慣れた手つきで鍵を渡すキャプテン。ありがたく受け取る、お手洗いと飲み物を買って戻ると早速練習に取り掛かった。今日は十二時過ぎに二鐘公園で私の身体に入った理佐ちゃんと会う約束になっている。あまり長時間はいられない。

 帰っていくメンバーを尻目に黙々と取り組んでいく。やっぱり、ライブで見ていたような動きにはならない。かといって、どうすれば良くなるかもわからない。曲に合わせて体を動かしているが、これは理佐ちゃんの身体が覚えている動きをやっているだけだ。あまり意味があるとは思えない。

 曲が終わる。皆がいなくなったのか、静かになったスタジオでもう一度かけようとCDプレーヤーに近づくと、何者かに後ろから勢いよく抱きつかれる。


「わっ!」


「わっ」


 私自身は虚を突かれてとても驚いたが、私の身体は思いのほか冷静に対応する。「つまらないなあ」と口を尖らせるのは、アオハルのナンバー2、マナミンだ。くりっとした瞳、低身長に可愛らしい笑顔、元気な性格で天然な所もあるが、そこも含めてファンからの人気は高い。


「どうして……」


「理佐が練習するなら、私もやろうかなあって。二人でやれば二倍上達するよ!」


 正直何を言っているのかわからないけど、可愛いから何も問題なし。それに、人の振りを見ることで何か上達へのヒントが得られるかもしれない。マナミンはダンスメン(ダンスの上手なメンバー)でもあり、得られることは多いはずだ。

 何度めかの曲のリピートを行ったところで、休憩をはさむ。かなり激しいダンスではあるが、理佐ちゃんの身体は基礎体力が付いているのか、軽く息が上がる程度で収まっている。私なら、最初のサビに行くまでに倒れている自信がある。

 タオルで顔の汗を拭き飲み物を流し込む。マナミンはまだ元気そうで、曲に合わせてはっ、よっ、と言いながら飛び跳ねている。


「……楽しそうだね」


 自然と零れた言葉に、私は驚いていた。後ろに「私は違うけど」と付け加えられてもおかしくない、そんなニュアンスに聞こえた。マナミンは笑顔でこちらを見る。


「楽しいよ!歌を歌うのも、踊りをするのもやりたいと思っていたことだから。ライブなんて最高だね!練習はちょっと面白くないけど、でも皆とやっているときは楽しいよ!」


「……そう」


 私は元気なく返事する。大海社の東郷さん、先ほどの吉井さんの言葉が頭をよぎる。アンチと言われる人たちの言葉が、理佐ちゃんを傷つけているのかもしれない。

 マナミンは心配そうに下から私を覗き込む。


「理佐は、楽しくない?」


 言葉が詰まる。自然と何かを発することはない。

 楽しくない……果たしてそうだろうか。確かに、世間の悪評は少なくなく、理佐ちゃんの耳にも届いているはずだ。でも、ライブや握手会での理佐ちゃんはその瞬間を楽しんでいるように見えた。ファンの贔屓目なのかもしれない。でも、それでも、理佐ちゃんには楽しくいてもらいたい。


「私も、楽しいよ。メンバーと、ファンの人たちと、色んなことが出来て、楽しい」


 一語一語、確かめるように言葉を紡ぐ。今のは私の言葉だけど、理佐ちゃんも同じ気持ちでいてくれたらと思う。

 顔を上げると、マナミンは眼を開かせていた。どういう反応なのだろうか。


「理佐がそんな風に言ってくるなんて珍しい。いつもはてきとうにはぐらかすのに。……今日会った時からずっと思っていたけど、何か変だよね。……別人みたい」


 ドキッ、として一瞬身体が震えた。理佐ちゃんとしてふるまっていたつもりだったが、メンバーには違和感があったのだろうか。マナミンは天然キャラではあるが、おバカキャラではなく、割と鋭い部分を持っていたりもする。余計なことを言ってしまったかもしれない。

 「そうかな?」と出来る限りクールに言ってみる。内心冷や汗をかきながら、数秒間見つめ合う。


「まっ、いっか!今日はもう帰ろう。終電逃しちゃう」


 言われて、時計を見る。今まさに日をまたいだ時間だった。

 理佐ちゃんとの待ち合わせに遅れちゃう。私は急いで帰り支度を整えると、戸締りを行い看守に鍵を渡して、マナミンと別れた。

 最寄りの駅から地下鉄で、二鐘公園の近くまで向かう。数えるほどしか人のいない車内で、重たい瞼をこすりながら、一日を振り返る。

 とても多忙な一日だった。

 今日だけで、何人の人と関わっただろう。どれだけ責任の伴う仕事があっただろう。芸能界は大変で、アイドルは忙しい、そんなことを漠然と思ってはいたが、それ以上の疲労感だ。いい年齢のおじさんではない、同い年の女の子がその世界にいる。私が友達とお菓子を食べながらくだらない話をしている時、家で携帯をいじりながらテレビを見ている時、理佐ちゃんは必死にアイドル業を全うしているんだ。

 私は自分が無性に恥ずかしくなると同時に、これだけ大変な日々の中でそれでもファンの前に立ってくれる理佐ちゃんへの感謝の思いが強くなった。



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