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二人のアイドル  作者: ユージオ14
第1話 トップアイドルの一日
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3

 きゅっ、と喉が締まる音が聞こえた。

 ”笑わないアイドル”。理佐ちゃんの二つ名だ。

 アイドルは基本、笑顔で可愛くというのがベースとしてある。もちろんグループや曲のコンセプトによっ、その形は様々ではあるのだが、アオハルのコンセプトは「青臭い努力と春色の笑顔」だ。いわゆるアイドルダンスとは一線を画す本格的な踊りに加え、アイドルとしての笑顔を絶やさないというギャップが魅力の一つである。皆が笑顔の中で、一人だけ無表情な人がいれば嫌でも目立つ。しかも、理佐ちゃんの場合、元からそういうキャラだった訳ではなく、シングルを重ねるごとに表情が無くなっていったので、心配するファンの人も少なくなかった。

 数秒置いて、私の口は開いた。


「アオハルの中で、グループとしてのバランス、曲のコンセプト等々を考えた際に今のスタイルになっています」


 何でか胸がざわつく感覚があった。

 東郷さんは、私を見る目を離さない。ずっと、睨み続けたままでいる。


「確かに、シングルを重ねるごとにアオハルの楽曲はアイドルらしい明るい曲から、暗く思い曲にシフトしていっている。でもな、俺はこう思うんだ。曲の方向性にグループを合わせているんじゃなくて、お嬢さんに合わせて曲の方向性が決まっているんじゃないかって。

 ……なあ、お嬢さん。あんた、今何が楽しくてアイドルやってるんだ?」


「ちょっと、東郷さん!」


 南さんが横から止めに入る。その光景を他人事のように私は見ている。

 理佐ちゃんに対して、疑問の目が向けられていることは知っている。笑わないことに対して、怠慢だ無気力だとSNS上で言われていて、テレビや雑誌でも取り上げられている。

 確かに、最近の理佐ちゃんは笑わない。でも、怠慢でも無気力でもない。ライブに、握手会に、一つ一つに全力で取り組んでいる。ちゃんと見ていればわかる。デビューの頃と変わらない熱量を、今も注いでくれている。

 だから、東郷さんの言葉は私にとってとても悔しいと同時に腹が立った。


「どれだけの心無い言葉があったとしても、ファンはちゃんと見ています。だから、大丈夫です!」


 理佐ちゃんのものではない、私の言葉が口から出た。緊張のせいか声が上擦ってしまったけど、胸を張って精一杯の虚勢を張る。

 言った後に、理佐ちゃんの言葉として果たして適切であったかどうか心配になってくる。目の前の二人はポカンとした顔をこちらに向けてくる。それが余計に不安を煽った。

 少しして、プッ、と東郷さんは噴き出した。


「俺の問いへの回答にはなってないし、まるで他人事のように聞こえなくもないが、お嬢さんの生の感情が聞けた気がするよ」


 そうですか、と私は返す。よくわからないが、返答としては問題なかったということだろうか。


「ごめんなさいね、春手さん。このおっさん……東郷はアオハルの大ファンでね。ライブもほぼ毎回行ってるし。……まあ、好意の裏返しのようなものだと思っていただけるとありがたいわ」


 南さんは私に軽く頭を下げた。大人の女性に頭を下げられてしまうと、私としてはびっくりしてしまうが、理佐ちゃんの身体は冷静に対応して見せた。

 東郷さんは頭を掻くと、じっと私を見据えた。


「最近のお嬢ちゃんを見ててちょっと心配な所もあったが、大丈夫そうで安心したよ。ファンとして応援しているから、頑張ってくれ」


 言って、東郷さんは拳を前に突き出してきた。私も合わせて拳を突き出す。コツン、と小さな音が鳴った。



 二人が部屋を後にして数十分後、ドアをノックする音が聞こえる。スタッフの呼び出しに応じ、スタジオへ歩いていくと、テレビで見たことのあるセットが目に映った。自然と鼓動が高鳴っていく中で、続々と芸能人の人たちが入ってくる。先ほど、楽屋挨拶の際に会っているとはいえ、テレビの中の人たちが目の前にいるというのは、何とも落ち着かない。

 カメラの横に置かれている画面には、リアルタイムの放送が映っている。事前に撮影されていたであろうロケの映像に合わせて、ナレーションが説明を入れていく。数分して、ロケも区切りに差し掛かったところで、「スタジオにスイッチしまぁす!」と大きな声が響いた。カメラがMCの方に向き、出演者はカメラの方に向き直る。五、四、と声と一緒に指を折り曲げていくスタッフ。二、一、ゼロとなった所で画面の映像はスタジオ内に切り替わった。


「はい、こんにちは。ウエスタンです」


 MCが番組名と共に挨拶をして、出演者を紹介していく。何十年もやっている番組なだけあって、MCは慣れた風に場を進めていく。


「今日のゲストは、アオハルの春手理佐さんです」


 私に振られた瞬間、カメラは私のみを映す。画面には下部に"アオハル 春手理佐"と装飾された文字が映っていた。


「アオハルの春手理佐です。よろしくお願いします」


 言葉は勝手に口から出たが、それでも緊張で手に汗をかいているのがわかった。せめて、笑顔でいようと思ったが、理佐ちゃんの口角はボンドで固定されているみたいに上がってくれなかった。

 MCから、台本にある通りの二、三のやり取りをした後、画面はまたロケの映像に切り替わった。私は、ホッと胸を撫で下ろす。私の意志でもないし、大したことを話した訳でもないが、とてつもない緊張感だ。この番組は、約二時間の生放送。私が喋ることはあまり多くないが、二時間もこの場にいなければいけないのかと思うと、気が滅入った。

 その後、ロケの感想を答えたり、クイズに答えたりしている内に番組は終わりに差し掛かっていた。緊張のせいか、とても疲れたが時間が進むのは早く感じた。


「それでは、最後に理佐さん。宣伝をお願いします」


「はい、アオハルの4thシングル、"灰になるまで"来月十月二日に発売となります。同日九時から放送のドラマ、"月並みなさよなら"の主題歌となっております。今まで以上に、熱量のこもったメッセージ性の強い曲となっております。よろしくお願いいたします」


 楽しみですねぇ、などとMCが言いながら、番組を締めに入る。最後に、カメラに向かって手を振って、番組は終わった。


 


 








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