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二人のアイドル  作者: ユージオ14
第1話 トップアイドルの一日
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2

 ドアミラー越しの自分を見る。

 深く被られた鍔付き帽子、グラサンにマスク。顔の九割ほどを覆い隠したその容姿を見て、春手理佐だろわかる者はいないだろう。

 朝の地下鉄は、ラッシュ時を外しているとはいえ、座るところがないぐらいには人がいて、皆が私を見ている……ような気がしてくる。私の身体に入った理佐ちゃんとの別れる前に指示を受けた事項のうちの一つ、"人目につくところでは、三種の神器を装着すること"。確かに、今を時めくアイドルグループのセンターが地下鉄に堂々と乗ってしまっては、ちょっとした騒ぎになりかねないので、変装するというのはわかるんだけど、これでは逆に芸能人ですと名乗っているようなものではないだろうか。

 これしか手段がないとはいえ、もうちょっと何とかならなかったのか、と心の中で愚痴ってみる。

 そもそも、芸能人は会社の人が迎えに来てくれたりしないのだろうか。今や、理佐ちゃんの人気は圧倒的なものになっている。アイドルとしての活動の他に、バラエティや女優としての活動もあり、アオハルというアイドルグループを知らない人も春手理佐という名前は知っているという人も少なくない。

 目線を上げると、パソコン会社の広告に理佐ちゃんが映っているのが見える。雲の上の存在で神様のように思っていた人物に、私は今なっている。

 普段しない格好でいることの羞恥心と、今日一日を春手理佐として生活する不安に吐き気すら覚えながら、電車は目的の駅に到着した。




「……ここで、いいんだよね」


 駅から数分歩いたところで、目的の場所に着く。高層ビルが立ち並ぶ中でも、一際大きく目立つ、"太陽テレビ"の本社……の裏口。芸能人はこっちから局内に入っていくらしいのだけど、自動ドアの前には大柄の警備員が二人立っている。

 何だか怖いし、行きたくはないのだけど、勇気をもって近づいていく。


「失礼します。こちら、関係者以外立ち入り禁止となっております。入局証はお持ちですか?」


 警備員の一人が私の前に立つ。もう……怖いよ、威圧感が凄い。というか、入局証?そんなの理佐ちゃんから聞いてないけど!

 私は一人慌てていたが、不思議と身体は勝手に動いた。バッグの中からカード入れを取り出すと、その中の一枚を抜き取り、警備員に見せる。


「アオハルの春手理佐様ですね。どうぞ、お通りください」


 警備員は道を開け、先を促した。私は自動ドアを通ると、目の前の改札機に入局証をかざして慣れた風に歩いていく。中は入り組んでいて、どこに向かえばいいかわからなかったが、身体は勝手に動いてくれて、不思議とその方向に向かうのが正解である気がした。事実、数分して春手理佐様と書かれた控室にたどり着くことが出来た。

 不思議な感覚だ。私、小石青葉が知らないことも、春手理佐の身体は覚えていて、動いてくれる。若干の気持ち悪さはあったが、少しだけ安心している自分がいるのもまた事実だった。

 恐る恐るドアを開ける。真ん中のテーブルには軽食と飲み物、端には鏡が並んでいる。テレビで見たことのある控室そのままだった。一つ気付いたことがあるとすれば、一人で使うには少し大きいというところぐらい。

 落ち着かない気持ちのまま席に着き、バッグから台本を取り出す。

 今日の出演は、お昼のバラエティー番組。約二時間の生放送なので、失敗しないかという緊張もあるが、この番組はロケを見ている時間が長いので、理佐ちゃんの出番はそう多くない。しかも、台本には番組の内容に加えて、話を振られるタイミングも記載されている。その通りにいくかはわからないが、その場で答えるよりは準備がしやすい。

 くしゃくしゃの台本には、至る箇所にマーカーが引かれていて理佐ちゃんの努力のほどがうかがえた。実際、台本を見るまでもなく今日の番組の内容は頭に入っていた。


 コンコン。


 ドアをノックする音に肩が跳ねる。「ど、どうぞ」と言う声は心なしか震えていた。これは、私の感情なのだろう。始めてくる場所で、一人ぼっちで、おまけにトップアイドルに入れ替わってしまったのだから、緊張しないほうがおかしい。


「失礼します」


 女性の声が聞こえて、ドアが開く。スーツ姿のきれいな女性と、乱雑に髭が生やされたおじさんが入ってきた。


「いつもお世話になっております。私、大海社の南と申します」


 そう言って、南と名乗る女性は名刺を出して丁寧に頭を下げた。


「ご丁寧にありがとうございます。アオハルの春手理佐です」


 はきはきと、ワントーン上げた声で言う。春手理佐としての言葉が、自然と口から出た。

 南さんは、笑顔で私と会釈した後、後ろのおじさんにも名乗るよう促した。おじさんは面倒くさそうに頭を掻きながら、しわがれた声で言う。


「あぁ、悪いね。俺、名刺とか携帯しないもんでね。こいつと同じ、大海社の……」


「知っていますよ。東郷さん……ですよね?南さんと共に、半年ほど前にも取材いただいたことがあったので、覚えています」


 こりゃ驚いたと言って、東郷さんは困ったように笑った。

 半年前に一度会っただけの人を覚えておくことが出来るだろうか。……私には出来ない。普通、何回も会っていくうちに顔と名前が一致していくもののはず。ただ、覚えてもらって嫌な人はいない。これも、理佐ちゃんの一つの才能なのかもしれない。

 席に座ると南さんは横にボイスレコーダーを置き、メモ帳とペンを手に持ち、穏やかな笑顔をこちらに向ける。


「それでは、いくつかインタビューさせていただきます。まず……」


 それから、当たり障りのない問答をいくつか行った。大海社で刊行されている雑誌に載るとのことなのだが、若者向けということで、「アイドルを目指そうと思ったきっかけは?」「アオハルの中で一番面白い人は?」「新曲の紹介をお願いします」など、言葉悪く言ってしまうとどこかで聞いたことあるような質問ばかりをされた。私からすれば、どんな質問が来ても簡単には答えられないのだが、私の口は私の考えによらず勝手に喋ってくれるので、とても助かる。「親が勝手に応募してしまって」「愛美(まなみ)ですね。テレビとかで見る彼女そのままな感じで、いつも笑わせてもらっています」「立ちはだかる壁を壊していくような力強い曲になっています」すらすらと、用意されていたかのように言葉を重ねていく。

 その後も数十分話をして、南さんがペンとメモ帳を置く。これで終わりかなというところで、横でつまらなそうにしていた東郷さんが手をテーブルに置き、身体を前のめりにしてきた。


「インタビューは終わり。こっからは、俺の単純な興味なんだが。お嬢ちゃん、一つ聞かせてくれ。あんた、どうして笑わなくなったんだ?」

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