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二人のアイドル  作者: ユージオ14
プロローグ
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プロローグ

「アンコール!アンコール!」


 叫び声や泣き声が混じった大歓声がアリーナを埋め尽くす。

 十七人のアイドルグループが、五千人をこえる観客を熱狂させ感動させている。皆が一つの方向を見つめている。

 私も感動して、興奮して、泣けてくるし笑えてくるようなぐちゃぐちゃな感情をまとめて、アンコールと叫ぶ。

 五分、いや十分だろうか、ずっと変わらぬ大声で叫び続けた私たちの想いが届いたのか、照明が一斉に消える。

 会場が一気に静寂に包まれる。出てくるであろう彼女たちの声を、音を、聞き逃さないように。

 照明が点くより先に音楽が流れ始める、彼女たちアオハルのデビューシングル、"旋風"。

 「社会に旋風を」、というキャッチフレーズのもと、アップテンポで激しい曲調に「旋風ダンス」と称される髪を振り乱しながらの激しいダンスが合わさり、アイドルらしさを完全に消したこの曲は、一年経った今でもアオハルの代表曲となっている。


「みんなー!最後も盛り上がっていくぞー!」

 

 センターの理佐ちゃん(春手理佐はるでりさ)の言葉とともに、照明が点く。

 会場は大盛り上がり。私も、会場の温度を上げている一人になっているのを感じる。

 最高に熱くて、最高に楽しい時間。

 別世界のような、特別な空間は大熱狂のまま幕を閉じた。





「いやー、本当に最高だった!感動した!素晴らしかった!有紀ゆきちゃんもそう思うでしょ!?」


「うん。みんな可愛くてすごくて、私泣いちゃったよ」


 ライブを見終わった私と有紀は、興奮冷めやらぬまま帰りの電車に乗っていた。

 この車両に私たちしか乗っていないことをいいことに、私たちのアオハルトークは活発なものになっていた。

 身体の中の熱を吐き出すかのように、私たちは喋る。


「でもやっぱり理佐ちゃんだよねー。デビューから不動のセンター!かっこいいし、かわいいし、何より目力がすごいよね!引き込まれそうになるよ」


「確かに理佐ちゃんはすごいかっこいいよね。でも私はマナミン(与田愛美よだまなみ)推しだから、マナミンばっかり見ちゃってた。マナミンの激かわスマイルは、もう……天使って感じ!」


 私の推しメンである理佐ちゃん、有紀の推しメンであるマナミン。

 どっちも推しメンへの愛が強すぎるせいで、あまり会話が嚙み合っていない気もするけど、この時間もすごく楽しい。

 好きなことを共有できる友達がいる私は、すごい幸せだと思う。

 飽き性の私がこんなにアオハルにのめりこめたのは、半分はアオハルの魅力、もう半分は有紀がいたからだ。

 だから、


「有紀、またライブ行こーね!」


「うん、また行こう!」


 

 感謝の気持ちを伝えている間に、電車は私の家の最寄りの駅に着いていた。

 まだ喋り足りなくて名残惜しさを感じるけど、仕方ないので有紀ちゃんとお別れをして電車を降りる。

 駅のホームから外に出ると、お店の内明かりと街灯が街を照らしていた。

 普段眩しく感じる光も、より眩しい時間を過ごした後だと心地よく感じる。車のエンジン音も、酔っぱらったおじさんたちの笑い声も、今だけは気持ち良い。

 喧騒につつまれた街路を抜けて、住宅街に歩いていく。

 駅から家に向かっていくにつれて、音も光もなくなっていく。ライブで高まっていた熱も、次第に冷めていく。

 現実に戻されていく感じは、あまり嬉しくない。ネガティブになってしまうから。

 今日のライブは楽しかった、本当に。でも同時に、私と同年代の女の子たちが輝いている姿を見ると、何もしていない自分が恥ずかしくなる。

 頑張らなきゃいけないって焦る気持ちはあるけど、何を頑張ればいいのかもわからない。

 何の達成感も得られないまま一日が終わって、自己嫌悪して、友達との楽しい時間を思い出して、まっ、いいか、って現実逃避する毎日。

 もし私が理佐ちゃんみたいに、かわいくてかっこよくて何でもできる人だったら、こんなことで悩んだりはしないんだろう。

 本当に、一人は気が滅入る。何か気分転換がしたい……。


「あっ、そうだ」


 このまま家に帰ると憂鬱なまま一日が終わってしまいそうなので、道を少し変え家近くにある、”二鐘公園”に向かう。

 もう家に着くところまで来ていたので、すぐに公園に着いた。

 女子高校生が夜の公園に一人で来て何をするんだという話だが、別にブランコに乗ってはしゃぎに来た訳ではない。

 私の目的は二鐘公園の名物である"願いの二鐘"。南北にとりつけられた二つの鐘は、鐘を鳴らして叶えてほしいことを願えば、何でも叶えてくれるそうで、受験に受かった、病気が治ったという話をよく耳にする。……大体聞くのは、近所のおじいちゃんからなのだけれど。

 私自身、そんな噂は全く信じていない。もしかしたら、昔は本当に名物だったのかもしれないけど、今となってはこの公園に来る人すらめったにいなくなって、遊具もペンキが剥げて錆が目立ってきている。大体、神様だってお金を払ってやっと願いことを叶えてくれるというのに、こんな小さい公園の鐘を鳴らしただけでどうにかなるとは到底思えない。

 でも、それでもいい。二鐘公園に来て、鐘を鳴らすと昔を思い出して落ち着くことが出来る。幼少期の、ただ遊んでいるだけで楽しかった、あの頃の気持ちに戻れる気がして、ついつい足を運んでしまう。

 二つのうちの片割れの前に来る。昔はすごい大きなものだと思っていたけれど、実際はかなり小ぶりで手を伸ばせば鐘に触れることが出来そうだ。

 下ろされたひもを掴む。神社と同じようにこのままひもを前後に動かせば、鐘が鳴るようになっている。

 私の願いは何だろう。

 将来の夢もない。部活もやってないし、勉強もそこそこ。尊敬している人だって……いや、一人だけいる。

 私の尊敬する人、理佐ちゃんだ。私と同じ年齢で、何千何万の人を夢中にさせて、かわいくて、かっこよくて、少しの隙もない、理佐ちゃん。

 私は、理佐ちゃんのようになりたい。


 コーン。


 二つの鐘の音は、澄み切った夜空によく響いた。




「……うん……あれ……?」


 陽の光の眩しさに目が覚める。あたりを見回して、自分が二鐘公園にいることに気付く。

 そのまま公園で寝ちゃっていたってこと?

 そこまで疲れていたつもりもないのだが、どうやら眠ってしまっていたらしい。ここがめったに人の通らない場所でよかった。夜中に公園で寝ている女子高生なんて危ないなんてもんじゃない。

 公園にある時計を確認して、思いのほか時間がないことを知る。ゆっくりしていたら遅刻してしまう。私は急いで、自宅に向かった。


「ただいまぁ」


 私がドアを開けると、バタバタと音を立てて、母さんがやってきた。連絡も入れずに、朝に戻ってきているのだから心配して当然だ。


「あんた、今までどこ行ってたの!?全く……って、あら?あなた……えっ?どうしてウチに……?」


 謝る準備は出来ていたのだが、母さんがよくわからないことを言ってくるので、気を逸してしまった。母さんはまじまじと私の顔を見てくる。もう十分見飽きた顔だろうに、何がそんなに気になるんだ。


「連絡しなかったのはごめんなさい。ただ、すぐ準備して学校行かないと遅刻しちゃうから、私勉強道具の準備するから、母さんは制服持ってきて」


「いや、私はあなたの母さんじゃ……えっ、これ何かのドッキリ……?」


 さっきから母さんの言葉が全然要領を得ない。こっちは時間がないのに。

 とりあえず、とっとと準備をしてしまおうと、靴を脱ぎ始めたところで、後ろからドアの開く音が聞こえた。

 振り向いた私は、驚きに身が固まった。


「冗談だよ、母さん。昨日はこの人と一緒にいてね。母さんも知っているだろうから、驚かしてあげようと思って」


 顔、身体、声色、全てが私と全く同じ人が現れたのだ。


青葉(あおば)、母さんを驚かせないで。テレビで見たことある人が来たと思って、びっくりしちゃったわ」


 青葉、私の名前だ。今、母さんは私によく似た人に向けて青葉と言った。一体、何が起こっているの……?


「それじゃ、この人近くまで送っていくから制服とかの準備お願いね」


 私の混乱をよそに、私によく似た人は話を進めていき、私を外に連れ出した。玄関を出て、少ししたところで、その人は止まって私を見てきた。……何度見ても、目の前にいるのは、私だ。間違えようもない。

 何……?一体、何なの……?


「まだ理解してないようだから、教えてあげる」


 私に似た人は先ほどよりも低い声でそう言うと、手鏡を取り出して、私の目の前に置いた。鏡には私が映る。


「……あれ?」


 おかしい、この鏡には私でない人が映っている。鏡をペタペタと触り、顔のあちこちを触る。鏡には私の行動と一緒に顔や手が動いている。


「あの、これって一体……」


 言うと、目の前の人ははぁ、と小さくため息をついて、私の顔を見つめた。


「私の名前は春手理佐。詳しいことはわからないけど、一つだけ言える。

 私とあなたは身体が入れ替わっている」


「ええっ!?」


 鏡に映った春手理佐は、ステージでのクールな姿からは想像もできないほどに驚いた表情を浮かべていた。

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