主人公は殺せない
皆さん、こんにちは。マルコシアスです。
えっ、それはどう考えても偽名だって?
それは製作陣に言ってくれ。俺は確かに今世ではマルコシアスだ。
そう、今世。わざわざこう言う理由は当然、俺が転生したからだ。前世を覚えているからだ。
そして、ここは俺が前世でプレイしていたゲームに酷似した異世界。
マルコシアスというのは、主人公くんに殺されてしまう敵幹部の雑魚だ。
もう一度言う。敵幹部の雑魚だ。
敵幹部なのに雑魚。まぁ、ゲームでは往往にしてあることではあるが、初期に出てくるボスキャラが俺である。
マルコシアスというのは、狼の悪魔の名前らしいが、このゲームでのマルコシアスくんもまた、狼の獣人である。
ゲームでは、初めての全体攻撃(ダメージは微妙)を放ち、初めての二回行動をしかけてきて、体力が少ないキャラクターだった。ちなみに、全体攻撃の演出は、火の息である。
バフ盛り主人公による瞬殺が流行った存在を忘れ去られるキャラ筆頭。それがマルコシアスである。
今日は、たぶん主人公くん討伐命令が下される日であろう。我らが主人、魔王様から幹部全員に召集が掛かっていた。なんの捻りもない魔王討伐RPGだった。
「よく集まってくれた。我が軍の誇る精鋭たちよ」
魔王様がなんか言ってらっしゃる。ちなみに、マルコシアスくんはここで命令を聞いたあと、その忠犬っぷりから真っ先に主人公くんの元に突撃する。
この日まで色々やったが、この時点での幹部連中の実力はマルコシアスくんと同等のようで、どうやら時間経過によって終盤の理不尽キャラと化すらしい。
あれ、俺もワンチャンいけるんじゃね?って思ったこともあったさ……
なんとマルコシアスくんには才能がないらしく、実力は全く上がらなかった。
神様はどうしても俺を殺したいらしい。
「では解散!」
いつの間にか会議が終わっていた。まぁ、内容は主人公くん勇者じゃね?倒しておけよ?ってな感じだったと思う。
こうなったら、誰か道連れにするべ。
「バルバトス、一緒に」
「狩りの約束があるんだ、じゃ」
「あっ……」
唯一の友には先約があったらしく、速攻で断られてしまった。
クッソガァ!!
もはや、orzするしかない。
「何してるんですかぁ?マルコシアスさん?ついに、ワンちゃんに成り下がったンデスかぁ?」
そこに声を掛けてきたのは、ロリババァのアスモデウスである。
「勇者退治に誰かを誘おうとしたんだが」
「なるほどぉ、面倒ごとを嗅ぎ分けた唯一の友、バルバトスさんに速攻で断られたんですねぇ」
「な、なぜわかる!て、て、てか、唯一の友じゃないし。他にもいるし!」
「もう、わっかりやすぅ!マルコシアスさんって可愛いですよねぇ〜」
嗜虐的な笑みでアスモデウスが俺にからかいの言葉を掛ける。
「うーん、そうだ!マルコシアスさんがぁ、背中に乗せてくれるなら、この超絶美少女アスモデウスちゃんが、一緒にいってあげなくもないですよぉ?」
「な、なに〜」
く、屈辱だ。そんなことできるわけが、いやでも、死ぬのは勘弁だし!
確か、ロリババァの能力は、デバフ。初期の主人公くんでは対処が難しいはずだ!
「くっ、背に腹は変えられん。乗れ!」
「わぁい!うっれしいなぁ!モッフモフです、モッフモフ!」
……
バカなー!主人公くんをいい感じに追い詰めていたはすだ。当然だ。シナリオと違うことやったんだからな!
だがだがだが、だ。主人公くんはなんと!
気合でロリババァのデバフを跳ね除けやがった!主人公してんじゃねぇよ!
俺は、チカラを破られて呆けているアスモデウスを抱え上げて一目散に逃走した。
二回行動は伊達じゃねぇ。俺は主人公くんよりも速く走れるのだ!
「てか、何故、俺は勇者に挑もうとしたんだ?」
そうだ。シナリオ知ってるんだから、挑む必要ねぇじゃん。魔王城でのんびりしてればよかったじゃん!
クソぉ、ゲーマーの性なのか、シナリオ通りに進行しようとしてたぜぇ!
そうだ。隠居するんだ、そうしよう、うん。
……
魔王城、謁見の間
「引退、とな?」
「はっ、先の勇者との戦いで私は自分の限界を自覚しました。私は魔王軍の幹部として相応しくないでしょう。穀潰しになるくらいならば、魔王軍を辞めさせていただきたく」
「そもそも、マルコシアス」
「はっ」
「おまえ、文官だよね?」
「はっ?」
衝撃の事実!マルコシアスくんは文官だった!そりゃ、弱くて当然だわ!気づけよ、俺!そういや、魔王城で過ごしてると、すごい書類仕事の山、片付けてたわ!
「うん、忠誠はありがたいけど、仕事してね?」
「はっ……」
俺は顔を赤くしながら、毛皮でわからないけど、トボトボと謁見の間を後にしたのだった。
その後、主人公くんはバッタバッタとどこぞの仮面つけたライダーみたいに、同僚たちを薙ぎ倒した。
がしかし、敗戦を喫したアスモデウスが修行してどうにか押し留めているらしい。
主人公くんは殺せないだろうが、どうにか平穏な日々を過ごしたいものである。
「マルコシアスさん、これお願いしますね?」
「はーい」
そして、俺の執務机にはうず高く積まれた書類の山。
社畜だ。これ完全に社畜だわ。やっぱ、やめときゃよかったかなぁ?