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冒険者の旅  作者: カルタへーナ
オスルの歴史
1/10

大陸史(改訂中)

 もう随分昔の話。

 曾て「神話の時代」があった。


 ある人は平和で平等な世界であったと説き、ある人は種族がいがみ合い、憎悪と偏見に満ちた殺伐とした世界だったと説く。

 詳しいことは誰にも分からない。後に、“亡神大戦”と呼ばれる全てに終止符を打った戦いが勃発し、神話の痕跡はそれ以降全く途絶えた。神が生き延びたのか、或いは滅ぼされたのかさえも伝わらず、悪戯に時が過ぎていった。

 その時の中で台頭したのは「人類・人間」と呼ばれる生き物だった。彼らは容姿、肌、目、髪、そして言語とあらゆる部分で各コミュニティーごとに違っていたにもかかわらず互いを尊重し(差別や偏見は当然あるが、あまり表沙汰には出さない程度)それぞれの集団の生活を発展させていった。

 だが、数が増えていき領域が拡大していくと破滅への兆しが現れ始める。各コミュニティー同士の衝突や抗争が延々と続いた。

 様々な大義、様々な思想を旗印に掲げ侵略し収奪し、最後には吸収するという動乱の時代が幕を開けた。

 長い長い戦いの中、最終的な覇権を握ったのはヒトと呼ばれる「人間」の一勢力だった。不思議な集団で、白、黒、黄らがいるのに、広範囲で世界中に分布しており、妙な団結力だけは他の種族よりも強かった。


 けれども、彼らは実に平坦だった。数だけは突出しているのに、何ひとつ行動を起こせず、弱く、群れて強者を崇め敬い隷属する以外は実に特質などなかった。

 ヒト以外の種族は何かしらの特性を保持していた。種族特性とでも言うべきこれら優位を保有する他種族はヒトを見下し憐れみ、相手になどしていたなかった。何も出来ずただ都市に籠もっているだけの臆病者だと思っていた。彼らは長い間無視されていたも同然だったのだ。

 しかし、他種族はヒトの中に煮えたぎっている憎悪と小心だが鋭利な狡猾さを見誤っていたのだ。遜る間に、彼等は力を蓄えるのに全力を尽くしたのだ。密かに都市間や集落間での遣り取りを行い、団結を強めた。

 それ以上に熱心だったのは技術の取り入れだった。彼らには何もなく、故にありとあらゆる物に手が出せた。技術を時には生み出し、時には盗み、それらを極め、進化させ、世代を超えて伝承させていったのだ。来る日に向けて。


 他種族が気づいたときにはすでに手遅れだった。個々の蜂起は偶発的にしろ、途中からまるで呼応するかのように計画的な流れへ変化した。その濁流は次第に組織化され、残虐で悪辣なものへとすり替わった。次々と大勢が殺されていった。ゴミのようにすり潰されていった。

 ある学者はこの時点で彼ら(他種族ら)は連合を組めば今日のような状態にはならなかったと主張する。しかし、それまでに各種ごとに毎日血で血を洗う戦闘を繰り広げてきたのである。憎しみをたった一瞬でなくせるなら戦争などとっくに激減しているのだ。

 それに、何よりもこれまでにヒトの頭上に君臨した種には自負があったのだ。矮小なヒトごときに万が一にも負けることなどあり得ないとする。

 そのような自負はあっという間に崩れ去る。彼らが馬鹿な同士討ち(ヒト視点)をしている間にヒトは彼らを研究していた。弱点、特性、習性、情勢、あらゆる情報を集めた上でマニュアル化された討伐対策を練り上げた上での蜂起だった。


 蜂起の始まりの地は今もって不明である。ただ、世界各地のヒトへとそれは伝播した。

 ヒトは争わなかった。少なくとも今までは。けれども、彼らは敵を見つける甘美と享楽、そして熱狂を知った。ヒトが団結した事実はこの時以後途絶える。

 260年という歳月をかけてヒトはその勢力を何十倍にも拡大させた。安易に設置出来る要塞を開発し、侵攻拠点として展開利用したことが大きな成功に繋がったのだ。

 さらなる生存圏拡大と異種族駆逐に天命を準ずるロメルニス王国の設立が超大陸のオスル地域で宣言されたのはこの頃である。


 ロメルニス王国の誕生は歴史の転換点と言っても過言ではない。それまで都市国家といえるかも分からない規模の小都市に籠もっていたヒトが初めて建国した初の領域型国家であるからだ。

 誕生から数十年経つと、世界各地でヒトによる国家の建設が相次いで起こった。自分たちの土地が増える快感を覚えたヒトはあらゆる場所に赴いたからである。ある者は海を越え、ある者は山脈を越え、またある者は沼地や大河、そして砂漠を越えて新天地へと赴いた。

 しかしその工程は容易ではなく、領域が拡大したとはいえ、まだまだ他種族は各地に展開しており根強い勢力基盤を有していた。加えて、強大な力を持つ魔物やそれらの溜まり場として存在する魔境(ダンジョン・迷宮は勢力圏内での呼称)など、大自然の驚異とも言える障害が数多く存在していた。ヒトはそれらを欲望によって支え、技術と団結、そして使命を用いて打ち破っていった。

 だが、ヒトは十人十色で1人1人が個別の思考を持っている。当然それは国に於いても同じことだ。国是の違意である。ヒトの国々には、これまでの怨恨や劣等感で他種族を排除する傾向が台頭していた。


 だが時代は変わりヒトはその覇権を確実なモノとしていた。つまり、勝者となっていたのだ。なので、他種族に対する接し方も変わってきた。

 冷静になって考えてみると彼らは自分たちより抜きん出ている部分が数多ある。それに未だに頑強に抵抗を繰り広げていていちいちそれらに対処するのは時間の無駄であり資源の無駄遣いである、と。

 それよりも、彼らと力を合わせ、彼らの力を利用しさらなる発展を目指した方が得策なのではないか、と。

 寛容、融和路線とでも言うべきこれらの考えは辺境に位置する国家ほど強く表れていた(他種族の影響、驚異に触れることが多いため)。

 他種族らは最初こそ激昂したが、先が見えない長い長い消耗戦と防衛戦の果てに各種は疲弊しきっていた。地の利とヒトを凌ぐ種族特性で何とか攻勢を退けているが、いずれ限界が来るのは明白だったからである。滅ぼされるよりヒトと手を結ぶことに活路を見出す種族は年々増加した(とはいえ強大な力を持つ種族らは最後まで抵抗した)。


 しかしこの動きに一番被害を被ったのはロメルニス王国だった。国是を他種族の駆逐(形骸化しており奴隷制に移行)と定めている上、自らの思想に誇りも持っていた。

 すべてのヒトの国は自身が存在しなければあり得なかった、と。

 いささか傲慢過ぎるこの考えはすでにこの国の常識となっていたのである。王国周辺の新興国は未だに大将気取りのこの国の態度に内心腹立たしく思いつつも機嫌を取っていた。国力は確かにヒトの国家の中でも抜きん出ていたからだ(世界には、王国よりも大きな国が当時はまだ存在していた)。

 しかし、もはや各国が看過できない一線を王国が実行した。辺境の国々、特に共生が根付いてきている国々に奴隷の提供と税金の割譲、さらには国軍の駐在を要求した【タジリコスの宣誓】を布告したのである。

 国々は一応は要求をのむことにした。面子を立ててやるために(実際のところ飲まなかった国もあるし、のらりくらりとはぐらかし条約を遵守しなかった国が8割方)。待っていたのは崩壊だった。度重なる内政干渉や治外法権(条約違反)、治安の崩壊、酷いところではクーデターに近い形で国が乗っ取られた例もある。


 こうした王国の行動の裏には喫緊の事情があった。王国は異種族との最前線にその領土を常に晒していた。ヒトは確かに生存権を拡大させた。だが、繁栄を確固たるものにしたとは到底言い難かった。

 異種族も賢かった。ヒトよりも優った力を頼りとされたのだから、それを存分に利用すれば良い。彼等は巧妙に寛容的な国家を内部から侵食し、ヒトを奴隷や召使いとして運用するように策謀していたのだ。また、生存権の拡大により、今までヒト国家が接した事のない奥地の巨大勢力達との接敵が年々増加した。それら勢力は皆一様にヒトの生命など蛆を潰す感覚でしか捉えない価値観のみしか持っていなかったのである。

 何よりも、王国の生存権拡大で増えたヒト国家は危機意識が決定的に足りなかった。少しの安全を謳歌し、盲目をよしとしていた。ヒトは、降りかかる想像を絶する脅威に対する盾と矛の役目を全てロメルニス王国に無意識にしろ押し付けて、平和にたかり、利益を搾り取っていたのである。

 とはいえ、王国が既に腐りきっていたのは間違いがない。王国側も国の崩壊の危機については、全くといっても良いほどに鈍感だった。しかし反面、周辺の国々に対する強烈な憤りは全王国民が共有していたのである。タジリコスの宣誓は、王国の忍耐の限界の表れだった。

 

 この惨状を見た国々はロメルニス王国がもはやヒトの盟主などではなく魔神の化身であると恐怖した。と同時にロメルニス王国打倒のため「すべての種族の平等」という大義を掲げ「イフェアヌス大同盟」を結成し進軍を開始した(崇高な大義だが実際は他種族の協力なしでは経済が成り立たない国や同じ手口で国が崩壊させられるかもと危機感を持った国などが多数で、解放のためなどではなく自国の国益を守るための戦い)。

 しかし、王国はなまじ国力が高い上に多国籍軍に有りがちな指揮系統の不一致や未だ根強く各地に残る他種族排斥集団の情報提供や破壊、撹乱工作など様々な不安要素の存在により各個撃破を許す羽目になる(大同盟は二回崩壊している、それでも持ち直したのは王国があまりにも強圧過ぎたから)。3度目の正直で、第3次イフェアヌス大同盟が結成されたとき、後の時代に多大なる影響を及ぼす人物が世に名を出そうとしていた。


 混乱の世の中で流星のように出てきた者の名はオテオス・エルサゴ。この者について特筆すべき点はヒトと他種族の混血だと言うことである。

 大陸(この物語の主舞台は「オスル」と呼ばれる大陸)の南東部に位置する半島の都市国家の連合体である「アナイキス都市同盟」で交易商人の娘の母と当時北に位置する「ニゲーア山脈」を生息地とする巨人の血を引く山岳獣人族の「ゲッサル」出身の父の間に生まれた彼は魔力こそあまり保有してはいなかったが天才的な軍事の才があり、人付き合いがうまく誰にでも好かれていた。

 そんな彼は同盟が反ロメルニス王国として(第一次)大同盟に参加すると明言したときに真っ先に軍へと志願したのだった。大同盟が掲げる平等の理念に強く共感を覚えていたからだ。

 彼の国は交易国家として早くから他種族との交流が盛んになった国であるが、未だ差別は存在し彼もその波をもろに受けてきた。その差別の生みの親である王国を打倒しヒトと他種族が共生できる未来への礎を作ろうと志したのだ。


 待っていたのは厳しい現実だった。大同盟は理想のための軍団ではなく各国益を守るための保守的な集団だと気づくのにさしたる時間はかからなかった。公然と横行する差別、それを見て見ぬふりする上層部、何よりも彼は混血だったため軍団内での二極化した派閥のどちらにも属せなかった(純粋なヒトと純粋な他種族)。

 悪いことに軍団内にもロメルニス王国にシンパシーを感じて情報を漏洩する者も少なくなかった。そんな大同盟の現実に直面した彼は独自の派閥を作ろうとする。自身と同じく混血だった者、本当に平等を目指している者、現在の状況にうんざりしている者、参加動機は別々でもエルサゴの人間的な魅力に惹かれた彼らは次第に強力な派閥としてその地位を確固たる者としていく。

 その状況を憂いた上層部は彼を始末しようと危険な最前線へと送り出したり、不利な状況を画策したり、敵に情報を売り渡すなどあらゆる姑息な手段を用いて彼を抹殺しようとする(直接暗殺者に襲撃されたこともある)。だが彼はそんな逆境に直面する度に同士を増やし絆を強固にして生還してきた。

 いつしか彼は英雄と呼ばれはじめ大勢の将兵や民から信望を得ていた。だが、大同盟は2回も倒壊しており絶望的な状況に陥っていた(3度目が結成されたのは彼の存在も大きい)。

「第三次イフェアヌス大同盟」が結成されたとき、彼は長年考えていた計画を実行に移す。すなわち司令系統の乗っ取りと徹底した内部粛清である。

 作戦は多少の不測事態に阻まれつつも順調に遂行された(人々は早期に戦争の終結を願っていたため協力を惜しまなかった)。こうして指令系統を完全に我が物としたエルサゴはついに本格的なロメルニス王国への反攻を開始する。世に言う「覇者の進撃」の始まりである。

 

 行動を開始した彼の動きは速攻の一言だった。「アカタン渓谷の奇襲」で王国の一大戦力の1つを分散させることに成功し各個撃破可能な状況を作り出した。彼自身の統率力もさることながら、隷下の武将や幕僚、参謀達の能力もずば抜けていたためである(エルサゴ自身が選び抜いた精鋭)。

 しかし王国軍の出鼻を挫いたとはいえ未だ敵指揮系統は健在で数では圧倒的な差があった(大同盟軍は5万6千がせいぜいで、輜重部隊も加わっている。だが王国は本土だけでも15万の兵を駐在させており侵攻兵力は25万にも及んだ)。

 大同盟を名乗りながらここまで兵が少ないのはエルサゴが行った執拗な粛正によって同盟を離脱する国が出ていただけでなく、厭戦気分により多数の国が王国との妥協へと路線を変更しようとしていたためである。だが彼は王国側の戦力が各地に分散されている上に、現地での徴発で強制的に参加させられている者や長い戦いで軍規に乱れが乱発しており士気が非常に低い点に着目する。

 先ずすべきことはこれらの戦力を王国領土内へと押し返し衛星国として圧政を強いられている国を解放することだと彼は考えたのだ。数の劣勢を覆し、撤退へと促すために徹底的な補給線の破壊工作を行った。一貫したこの戦略を前に王国軍はなすすべもなかった。


 彼らには拠点を確保しそこで籠城するか本国への撤退かの二択しか存在しなかったのだ。だが、初期の2年間は数が勝っているのだから決戦で片をつけられると意気込んでいた王国上層部により「アカメイの戦い」や「イオナキテクの戦い」が発生したがいずれも圧倒的な物量を保持しつつも大同盟軍に敗北した(大同盟軍は質で勝ってもいるし、加えて優秀な前線指揮官が居り、士気も高かったし、何よりも周辺住民が協力を惜しまなかったから)。

 野戦ではかなわないと悟った王国軍は本国からの援軍を待ちつつ籠城を試みた。それを見たエルサゴは戦術を大きく変更した。まずそれらの拠点を緊密に監視しつつ攻略可能な拠点には攻城戦を試みた(主に住民の協力が期待できる都市や要塞などを標的とした上、挑発行為で敵を引きずり出すこともあった)。

 無論この間王国側もただ指をくわえていたわけではなかった。だが、数で勝っているのだから現地兵力で対応できると考えていたし、エルサゴのことをヒトとしてみてはいなかった(言葉を発する珍妙な物の怪だと揶揄していた)。

 だから初手の対応から失敗が露呈し始めていた。周辺国へ増援を派兵しろと脅しを掛けるがはぐらかされる(情勢を見極めている国もあれば、王国の弱体化を歓迎していた国もあった、加えて王国自体を潰そうと思案する勢力が主権を握っていた国もあった)。


 しかし王国も馬鹿ではない。もはや公然と大同盟を支持する国が増えている情報を入手した上層部はもはや小出しの兵力では役に立たないと考える。ついに王国は最精鋭の軍団であるディムロー将軍旗下の「アズロス軍団」の派遣を決定する。そして、それとは別に海路からも大軍団を派遣しエルサゴ軍の背後に揚陸させることで挟撃を図ろうともしていた。時代は大きく動こうとしていた。

 アズロス軍団は主に辺境地域(ヒトの覇権がまだ認められない場所)や魔境(人間でさえ叶わない魔物の領域)の征服や平定、掃討を目的とした純戦闘部隊である。確かに精鋭だが、やはりヒトの力にも限界はある。軍団は最精鋭の名とは裏腹に、最も死亡率が高いことで有名だった。それでも、志願するヒトは途絶えず、全ての兵が自らの役割を承服し、1つの目的へと命を捧げる念いだった。

 そのため、その真価が発揮されるのは戦場においてなのだ。それを熟知してる将軍は早期にエルサゴ軍との決着をつけるべきだと決断する。迅速な速さが必要とされていた。将軍は軍団将兵全員に軽装備に換装した上、全速力で戦場へと急行せよとの旨を発する(軍団総兵力は3万・2度に及ぶ大同盟軍の崩壊を決定づけた要因の1つ)。

 ディムロー将軍は敵地内の協力的集団からの情報提供を受けエルサゴ軍の動向を正確に掴んでいたため速攻で攻める決意をした。だが、エルサゴ側も早くにこの軍団の動向を掴んでいた。ロメルニス王国の周辺諸国からの情報提供だった(どちらが勝っても相当消耗し弱体化するのは必然のため共倒れを画策。一人勝ちは許さない)。

 

 とはいえ、エルサゴ始め首脳陣は軍団との対決を随分前から予想していた。ロメルニス王国は、文字通り魔境や異種族領域の最前線の軍事基地として現在も機能している。なので、軍事においては大変に強い。驚くべきことに大同盟軍相手の今までの戦いは、いずれも片手間で片付けていたのだった(エルサゴ含め、大同盟軍上層部は何度となくこの事実に嘆いた)。

 王国は、ヒトが異種族を滅ぼす過程で開発した技術を秘匿し、進化・発展させ栄華を極めていた。それだけでなく、多種族から奪い取った技術も研究し、応用して取り込んでいた。王国の最大のミスはそれらを集積しすぎたこと。

 確かに、最強の存在にはなるだろうが、運用思想が軍事に傾きすぎて、国家としては不安定な存在だったのだ。この時代、オスルは人間にとって魔境同然。ヒトや他種族達が幾ら争いあっても、大陸規模で見れば小さな領域の取り合いとしか映っていないのだ。

 王国は、周辺領域を魔境と異種族の支配地域で包囲されていた。年々高まる脅威に、国家機能は麻痺し、ついには王国領土を駐屯軍団ごとが各支配地域の行政をも担当し、そのように管区分けしなければ領域の維持は不可能だったのだ。ロメルニスはヒトの領域を確広めることに貢献したが、如何にそれが多くの悲劇を生み出したかはヒトであっても理解できた。


 エルサゴや首脳陣は王国の窮状をわかっていた。一方で恐れてもいた。ここまで憎しみを一身に受け付けているのにも関わらず、一向に国力が衰えている気がしないのだ。未だ王国は一大軍事工廠としての役割を十二分にこなす機能を有していた。

 同時に、それはあくまでも現状維持だけの場合であり、大同盟軍の本格侵攻は彼の国にとって、予想外で且つ耐えられない可能性が高いことも見抜いていた。事実、大同盟軍の3度目の結成を聞きつけた他種族が、特使や使節などを公式・非公式、公然・秘密裏に接触させてきていた。エルサゴ軍の約4割近い兵士が独立している異種族からの義勇兵・傭兵だった事実もある。

 とはいえ、大同盟軍も彼らからすればヒトのための軍であることには変わりがない。彼らのいう同盟や支援、共闘や工作は首脳陣からしたら怪しいもので期待は許されない。皮肉にも、第3次大同盟軍(エルサゴ軍)は最も民衆や人々の希望として降臨したにも関わらず、存在を疎まれる勢力だったのだ。

 そんな大同盟軍でも、王国撃滅の大義名分を掲げている。そして王国はあらゆる勢力の憎悪の的だった。エルサゴ軍が勝利を続けるたびに王国は外圧に対処しなくてはならない。なので、動かせる戦力に余裕がなく尚且つ限られている。現在の領土の防衛線が崩壊することは、王国の弱体化を見せつけてしまうからだ。


 アズロス軍団は、最精鋭として名を馳せた。その理由は、万能な遊撃支援部隊として機能したからだ。各軍団でも、王国が周囲を敵地に囲まれている以上、対処できない戦域や戦線が必ず噴出する。アズロス軍団はそういった事態に陥った軍団の支援のため各管区を渡り歩き、王国中を動き回っている。

 王国の領土には、ヒトにとっては苛烈で過酷な環境の地域も大きく取り込んでいる。敵地が魔境などでも同じ意味ことだろう。だがそんな事実は些細な問題だとでもいうようにアズロス軍団の移動範囲は縦横無尽に王国内外を網羅している。その上、彼らの尽力で大同盟軍は2度も倒壊している。まさに王国指導層がエルサゴ軍に対して使用する切り札になろうことは明白だった。

 対決は避けられなかったのだ。だからこそエルサゴは、アズロス軍団を彼らの地の利がある王国領内ではなく、準支配地域の衛生国家群内で仕留めようと考え、王国境界線付近で挑発を繰り返していたのだ。極め付けは、準支配地域への補給拠点だった「ネフラニア攻略」を成し遂げたことであろう。ディムロー将軍は、エルサゴの意図をハッキリと見抜いていたにも関わらず決戦を急いだ。泥沼の戦いに王国を引き摺り込ませるわけにはいかなかったからだ。軍団は、獲物を狙う鷲のような勢いで急速に戦場へと突き進む。

 定期的に送り出す斥候部隊からの報告で予想以上の速さで接近する軍団の状況を見るとエルサゴはここで決戦をするべきだと判断を下す。一種の賭だが勝利すれば戦争の趨勢をひっくり返せる一大事となることは間違いない(負ければ軍団と侵攻部隊の残党との合流を許し大同盟は今度こそ復活できなくなる)。


 だが、不安要素がいくつもある賭だった。先ず兵力の差(支援を取り付けたものの7万8千にいくかどうか)、周辺の排斥集団の利敵工作、地の利のなさ(決戦は王国の国境地帯スレスレでする予定。侵攻軍との合流や戦闘中の横槍を避けるため)など。

 アズロス軍団相手に同盟軍全戦力をぶつけるのは愚策だった。エルサゴ率いる首脳陣に掌握されているが、結局は寄せ集めの兵ばかりであるし、ヒトの力を弱めようとする意思を持った連中も義勇兵の中に潜んでいる可能性すらあった。歴戦で老練で容赦がない将軍の軍団は、必ずこの弱点を穿り返し突いてくるだろう。エルサゴは、自身らが選んだ信頼できて練度が高い軍勢2万1千のみで決戦に赴こうとしていた。



「君たちはこう思っているだろう。何故、自分たちでないのか? 何故、彼らなのか?

 1人の兵士として、また忠実な戦士として、君たち全員が我が軍に尽くしてきたことは、私自身がよく知っている。

 幾度に渡る苦難と悲劇、そして激闘を何故乗り越えることができたのか、何故私がここで立って生きていられるのか、答えは私自身が知っている。

 だが考えてもみよ!!

 これまでの戦いで我々が得たものはなんなのか? 答えは君達自身がよく知っている。

 そう、勝利だけだ! これでは王国と何も変わらないではないか!

 我々大同盟軍が、君達が、いや、我々全てが目指しているものを勝ち取れてはいないことを君たちは知っている。

 ではそれは此度の対決に勝てば手に入るものなのか? そんな甘い考えを持っている者は今すぐ去るがいい!!

 とはいえ、そんな者など誰1人としていないことは諸君らも知っての通りだ。

 王国の戦力は、未だ天井知らずだ。しかし、こちらに差し向ける戦力は限られている。この状況を作ってくれた人々に私は感謝しなくてはならないだろう。

 しかし! 今まで王国と正面切って挑んできたのは誰なのか? 諸君らは嫌と言うほど知っている。この対決は既に決まっていたことだ。何も驚く必要はない。私や君たちの神々は既に運命を定めておられる。この決戦で私が死んでも、それは決まっていたことだ、何も恐れる必要はない。

 だが大同盟はどうなる? 君たちはどうする? 私とともに死ぬのか?

 よろしい、それはそれで美しいことだろう。だが、全くの犬死だということを忘れてはならない。

 諸君!! 今日まで我々が作り上げてきたこの大きなうねりを一体どうするのだね!?

 王国は、私たちを、君たちを根絶やしにするのは容易に考えられる。そうなればどうなるか!?

 これまで築いてきたもの全てが崩れ落ちるのだ。人々からは、失望され、拒絶され、否定され忘れられるだろう。ここまでの戦いで如何に戦士でない民達から助けられ勇気を与えられたかは、私以上にあなた達が知っているではないか!

 この決戦での敗北は言い訳の余地なく、もはや救いようがない自身への裏切りと同じなのだ。

 だからこそ君たちは生きなくてはならない。たとえ私が破れたとしても、生きねばならない。そうでないと一体誰がこの偉業を後世にまで語り継ぐというのか?

 我々が熾したこの炎はそれを消し止めることなど王国にさえできない!!

 既に運命は神々の手より私の手へと移った。諸君らの運命が、だ!!

 君たちは残らなければならない。私たちがどうなろうとも、大同盟軍の行く末を語り、受け継ぐのは君たちにしかできないことなのだ。私たちの多くが犠牲となるだろうし、避けては通れないことだ。

 しかし、絶望してはいけない。悲観してもいけない。大同盟は消えない。あなた達がいるからです。今は耐えて欲しい。

 大丈夫、あなた達は今までも耐えてここまできたではありませんか」



 残された兵だけでなく、決戦に赴く兵士たちまでもが、涙と悔しさを噛み締めて互いを見つめあった。泣きはしなかった。今生の別だと、誰もが思いたくなかったから。勿論、エルサゴもその1人である。


 最大の障害は軍団と平行して王国の南部の港町から3万近くの軍団が出航したことである。この軍団の揚陸を許すと大同盟軍は崩壊の可能性があった。決して負けられない戦いだったのは双方同じだった。短い討議の結果軍団の相手をするのはエルサゴで、海戦を担当するのは「海の人」として当時悪名を轟かせていた傭兵のカッサンドロ・イブンシーだった。

 彼は周辺の海を知り尽くしていたため3万もの兵を輸送できる海路が限定されているうえ、それだけの大群なら速度も鈍く全軍に命令が伝わりにくいことに着目する。待ち受ける場所は「レオポントの股」と呼ばれる細い海路だった。ここは海流が激しく嵐になりやすいうえに魔物の襲撃もある海域とは違い比較的安全な地帯だった。だが欠点として、海路の幅が狭く船団が細く一直線にならないと通過できない難所でもあった。

 だがイブンシーは敵軍が兵を無駄に消耗させずにエルサゴ軍後背へと揚陸させる為には確実にここを通らなければならないと確信していた。

 それは現実となる。敵海軍がこの地点半ばまで差し掛かったとき彼は潜ませていた四千の兵士から成る船団に突撃命令を下した。細い道ではいくら大軍であろうとも密集することは出来ず戦力は常に少数となる、加えてイブンシーが集めた軍団は全員が海での戦闘になれた歴戦の戦闘集団だった(大同盟軍の海兵や歴戦の海賊、そして傭兵)。


 そしてこの当時船の扱いに掛けては天才的だった「ブエフェル人」(自由人気質な通商民族で遥か南方に都市国家を形成)の信頼を勝ち取っていたため操舵はすべて彼らに委託されていた。王国は大軍を保持していたが今まで陸戦が主であり海戦など経験したことがないものが大半だった(さらにこの軍は王国の中央統括軍出身で実戦経験も少なく、海に不慣れな兵もいる上に新兵も少なくなかった)。

 それに細くなっているので前方が攻撃されたのは察知したが援軍を送れなかった。誤った情報が錯綜し身動きもほとんど出来ない状況で王国軍には動揺と混乱が襲いかかるのと反対に、大同盟軍の士気はうなぎ登りだった。前方の敵に集中すればいいだけで死角からの敵襲におびえなくてもよいからである。ならびに彼らには強力な味方がついていた。

 エルサゴ軍の評判を聞き付け、多くの他種族から義勇兵・志願兵が訪れていた。その中の水棲型種族達の協力を取り付けていたからだ。彼らの役割は敵後方船(最後尾付近)で船の破壊工作を行い船団をこの難所に閉じ込めた後、あらゆる地点で撹乱工作を行うことであった(船への破壊工作や兵を水の中へ引き込むこと)。こうして戦場の主導権を掴むのに成功した大同盟軍は一丸となって敵を殲滅することに尽力する。


 この時の王国側の総司令官は王国上層部より直々に派遣された王都貴族(軍による王国領土の分割統治は支配階級の誇りや意識にすら影響した)の出身だった。王都貴族は先祖の功績で碌をもらっている穀潰しに近い存在だったけれども、魔導やら戦闘技能やらは陳腐な帝王学の次いで無駄に鍛えられている。

 よろしく優秀なのだが、典型的な選民思想と血統主義による差別論者の権化の1人で、敗北を認められる器ではなかった。とは言っても今回が実質のお飾り同然であり、海戦の経験がある副官階級達こそが統率者だった。

 指揮系統が寸断されたのが顕著になるに増して抗戦を唱えては、遂に味方にも手を出し始めた総司令官を彼らはさっさと始末すると、降伏の旨を全軍に訓示して伝令と見届け役1名のみが生き残り、他は全員自決した。

 わずか一時間足らずで勝敗を決したこの海戦は、後の世で「巨人の股の風通し」と呼ばれることとなる呆気ない終わりを迎えた(戦闘より捕虜の移送に手間取る)。

 妖霊型魔導強化兵だった副官の男は、虚な表情で拘束される嘗ての部下達の無事を最後まで確かめると、静かに体内の自壊機能を作動させた。どんよりとした空へ、湿った風と勢いを失った波が男の痕跡を奪っていった。


 この時、陸では後の世に重大な影響を与える戦闘が節目を迎えようとしていた。



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