衛兵隊の護衛
「まあ、ざっとこんなもんだな」
相手の位置が特定できたので、陽が落ちてからお椀に乗って近づいた。ロビンソンさんが魔物に襲われた密猟者のふりをして相手を油断させたところで、ホタルで気を引き、風魔法で不意打ちをした。
折角作ったライトの光がパウルさんの魔法で飛ばされてしまった。新しく光を作って辺りを照らすと、ロビンソンさんが袋にしがみついて大声で悲鳴を上げている。
「おおーい。もういいぞ」
パウルさんが声を掛けると、起き上がってきた。
「ロビンソンさん。名演技でした」
「いやあ、あれだけ演技指導されたらね。パウルさんて、どこかの劇団にでも所属してたのかい?」
「どうでしょうか? 天然かもしれませんね」
声を掛けながら袋の口を開けると、中から猿轡をされたお姉さんが出てきた。
「ジャンヌ神官さん。助けに来てくれたの?」
「アドルフ町長の依頼です。お礼は町長に行ってください。あと、娼館の女将さんと」
女将さんは人質救出に懸賞金をかけ、それを立て替えて緊急通報に変えたのはアドルフさんだ。
メアリーが泣きながら駆け寄って来る。
「お姉さん! 大丈夫だった? 酷いことされなかった?」
「メアリー! 助けに来てくれたの? ありがとうねえ。でもこんな所まで来ちゃ駄目じゃないか」
「そんなこと言ったってえ」
二人して抱き合って泣いている。
目から鼻から口から色々な物を出して、顔をぐしゃぐしゃにして、怒ってるんだか、泣いてるんだか分からないぞ。
ロビンソンさんが右手を上げる。茶色でお腹が白い梟が三羽音もなく舞い降りて来た。
オーウェン印の干し肉の欠片をあげて空に放った。
闇夜の追跡者だ。逃げられるわけがない。
手足を縛り上げ袋詰めにした三人の不埒者をパウルさんが作ったお椀に詰め込み、その上から私達も乗り込んだ。
「あの、思いっ切り踏んでますけど。良いんでしょうか?」
不埒者とは言え、神官としては足下にするのは良心の呵責というものがある。皆はあまり気にしていないが。
「いいわよ、こんな奴ら! 踏むだけじゃ足りないわ。いっそのこと、〇〇〇〇踏み潰しちゃえばいいのよ!」
メアリーが片足を上げたので、慌てて止める。
「メアリー。私達はほら、こういう商売だから、すぐそういうこと言うけどさ。薬師のあんたがそんなこと言っちゃ駄目だよ」
メアリーが完全にキレてるな。その証拠にとんでもなく口が悪くなっている。まあ、いつものことだけど。
「セルトリアの女性はなかなか過激ですね」
「過激なのは中の原だけじゃ。なんせ戦う女が一番もてはやされとるんだからな」
そう言えばランキング一位のキャサリン先生を筆頭に武闘派が揃っている……。
てことは、私もそういう扱いなのか? 魔物退治をやっているとはいえ心外だ。
「こう見えて、ジャンヌも中の原戦う女性ランキングの八位様だ。油断して潰されんようにしとかんといかんぞ」
「えっ?」
「変な目で見ないでください。ていうか、何で目を逸らすんですか? 私は牽制と回復専門ですからね」
「冗談じゃ、冗談。ロビンソンも演技がうまくなってきたなあ」
「いやあ、パウル監督の演技指導のおかげですよ」
プッ、とお姉さんまでふき出した。
またからかわれた。全くもう、なんなんだ一体……。
男性二人が笑っていると梟が一羽飛んできた。偵察の第一報だ。
「このまま湖の西岸に沿って北上してるみたいですよ」
ロビンソンさんに分けて貰った干し肉の欠片をあげて喉の辺りを指で撫でて上げると、気持ちがいいのか丸い目を閉じて鳴き声を上げる。
空に放つと翼を広げて飛んで行った。
「監督。これから、どうするんですか?」
「一旦、人質を安全な場所に移してから追跡しよう。ジャンヌ。合図を頼む」
「はい」
マルセロさんが船を出してくれているはずだ。
ライトをつけて湖に向かって照らすと、火矢が一本上がった。ボニーだろう。同時に松明が焚かれて船影が水面に浮かびあがった。
「お疲れさまでした。人質は無事救出出来たようですね」
「ああ、ついでに三人ほど掴まえてきた。降ろすのを手伝ってもらって良いか?」
「はい。大丈夫ですよ」
マルセロさんに手伝って貰って三人分の麻袋を移し終えると、降りろ、と言われた。
「えっ、私は行かなくていいんですか」
「残った二人は手練れだ。怪我をせんうちに家に帰れ」
「怪我をするならなおさら……」
言いかけて、マルセロさんに止められた。
「ジャンヌ。君は帰りなさい。ここから先は私が代わりに行くから大丈夫だ」
結局降ろされた。
お椀には、パウルさん、マルセロさん、ロビンソンさんの三人が乗って、山に向かって飛んで行った。
「行っちゃったね」
「仕方ないわ。ここから先は戦争経験者の世界よ」
ベアトリクスがつまらなそうにしている。
「どういうこと?」
「私達はまだ人を相手にしてないでしょ? だからよ」
「あっ!」
そうか……人と戦ってもし相手を倒したら、人殺しになるんだ……。
「わかっとるようじゃな。あの三人は従軍経験があるから心配いらない。お前達にはまだ犯罪者捜索は早すぎる」
暗がりから急に声が聞こえたからびっくりした。アドルフさんだ。
「アドルフさん。来てたんですか?」
「また、随分つれないことを言うの」
「えっ、町長さんが来てくれてるの? すいません。私なんかのために、わざわざこんな時間に」
お姉さんが随分と頭を下げている。町長自ら助けに来てくれるなんて、なかなかないだろう。
「お姉さん。大丈夫よ。アドルフ町長は中の原の人の為なら睡眠時間無しでも働く人だから」
「随分と荷が重いな。さてジャンヌ手元を照らしてもらえんか。一応練習はしたのだが、まだ勝手がわからんのだ」
どうやら嘴を使う気だ。
「よっしゃ、帰還するぞ」
掛け声と共に発進したジャンヌの嘴ゼロ号は、真っ暗な湖を走り始めた。
翌日、不埒者三人を尋問した結果から、賊は禁漁区北の渓流に沿って西に行く予定だったことが判明した。
三人は外国から流れてきた脱走兵で、逃げた二人は元傭兵らしい。行先は逃げた二人が知っていて、仲間が山にいるとしか知らなかった。
そして、お姉さんは三人が仲間入りするための手土産だった。
とんでもない話だ。メアリーを止めるんじゃなかった。
追跡しているマルセロさん達がテレポートで送ってくれた情報では、現在北岸の山に潜んでいるらしい。渓流に沿って西へ進んでいるそうだ。
意外なことに私達にも出動要請が下った。
パウルさん達の追跡の結果、不埒者達の拠点が中の原にあることが判明した。そこを強襲するのだが、相手が犯罪者だから王国軍ではなく衛兵隊が行く。その後方援護をやってくれとアドルフさんに頼まれたからだ。
参加戦力は、マルセロさん、パウルさん、ロビンソンさん、ベアトリクス、ボニーと私だ。
作戦期間は最長二週間だ。報酬は一人金貨二枚、経費は出してもらい、作戦の成否に関係無しとされた。
◆◆◆◆
偵察任務初日。任務そのものは、ロビンソンさんの空中偵察を使うから難なく進んだ。問題は道中だ。
不埒者の拠点が渓流の北にあるのは仕方ない。ただ、連中の見張りは、魔物がいない南側を張っていると予想された。衛兵隊はその裏をかいた。中の原の町を出て駅逓一個分西へ進んだだけですぐに北上して渓流を渡り、真西へ進む方針を決めた。後方支援の私達はその背後を進んだ。
私達が森の中をまともに歩けるわけがない。前を進む衛兵隊に取り残されるばかりだ。止むを得ずリュドミラが考えた改良型飛行術をパウルさん提案したら、食いついてきた。
従来型のお椀は大きすぎて森の中を飛べない。
リュドミラが言うには、空気を固めて作った厚みのある長方形の板を真ん中で折れば椅子のような形になる。その方法だと人間一人分の幅で事足りる。
ベアトリクスが交渉して三人分を提案し、新しいアイデアを教えてくれたのだから、とパウルさんも了解してくれた。
三人横に並んでいるから森の中は進まずに木の上を飛んだ。あまりスピードを出さずに、人の歩く速さより少し早い程度で進んでいるから、風も強くなく快適だ。
先行していたボニーを抜かすときに、ごめんね、と手を合わせたら、後で何か奢ってね、と言われた。
「少し、悪戯してみるか?」
パウルさんがニヤニヤし始めた。
「悪戯?」
やや上昇する。パウルさんは右後ろを振り返りながら椅子の位置を調整している。
「ボニーを見てみろ」
地上を見ると、ボニーが私達の陰の中に入っている。
手を振るとこちらを見ている。
そこで、ついっと椅子が動いた。
陰から出て太陽が目に入ったのだろう、しかめっ面で目を背ける。
「どうだ? 必殺太陽光線攻撃だ。何度もやると怒られるだろうがな」
かかかと笑っている。
「地味に、嫌らしいですね……」
パウルさんを横目で見ながら言うと、ジャンヌの必殺技ね、とベアトリクスに全部返されてしまった。
西に向かって木の上を飛んだので、夕方になると夕陽がまぶしい。
「流石はジャンヌの光線攻撃だ。足止めに有効だな」
「地味に嫌らしいわね」
「全部が全部、私のせいじゃないでしょう!」
「いや、誰が最初に始めたのかは正さねばならん。何かの記録に残っておらん以上、光線攻撃の名前はジャンヌ・アタックが正しい」
「そうね。ジャンヌ・アタックじゃない、と言うなら歴史書を読み漁って記録を探さないといけないわね」
「無茶苦茶なことを言わないでよ!」
後日、太陽光線を鏡に反射させて敵の目をくらませた偉い人が大昔大陸にいた、とアドルフさんに教えてもらった。正式にジャンヌ・アタックと言う名前を申請しようとしていたパウルさんの野望は潰え去り、私が国史に悪名を残す心配はなくなった。
翌日、ベアトリクスが思いついた椅子の裏返しを試した。半分に折った角の部分を丸くし、そこに跨ってみた。縦にすれば三人乗りでも森の中を進める。通称鞍だ。
「へい、へーい! どうだい、彼女? 後ろに乗ってかないか~い?」
一人乗りのパウルさんが衛兵隊の女性兵士をナンパしている。煙で作って形が見るようにし、ご丁寧に布を二つ乗せて、後ろに二人乗れるようにアピールしている。
「あんたは、一体、何をやってるんだ?」
ハンスさんが呆れている。
「いやー、今のところ周りには魔獣もおらんでな。手持ち無沙汰なんじゃよ」
「どうでもいいが、うちの連中にちょっかい出さんでくれ」
「すまんすまん。ならば仕方ないな」
ナンパに失敗したパウルさんが、鞍に覆いかぶさるようにうつぶせになって両手両足でしがみついた。
何をするのかと思ったら、木の間を猛スピードで吹っ飛ばしていった。
大きく旋回して再び戻って来ると、シュ―ン、と風を切る。
右手の拳を上げ、雄たけびと共に衛兵隊の横を前から後ろにすっ飛んで行く。
歓声が上がる。流石はパウルさんだ。
後ろの方で再び旋回して帰って来ると、両手離しでのガッツポーズも勇ましく、歓声の中をあっという間に追い越していくかと思いきや……操作を誤ったのか、茂みに突っ込んだ。
「やばいんじゃないの、あれ?」
「お師匠様。怪我してないかなぁ」
ガサガサと音がするところをみると死んではいないようだ。
恐る恐る近づくと、失敗したな、と茂みを掻き分けるようにして出て来た。
顔中血だらけだ。
「キャー!」
慌てて駆け寄ってヒールで回復し、ベアトリクスがウォーターで血を洗い流し、ボニーが手拭で顔を拭く。
「いやー。すまんな。今度はもうちょっと上手くやるよ」
全然反省してないし!
「お前達も不良中年相手に大変だな」
「不良中年はお互い様だろう」
パウルさんが笑いながら言うと。ハンスさんが両手を広げ盛大に肩をすくめた。
この時以来、パウルさんは衛兵隊にブラッディ・パウルの異名で呼ばれるようになった。本人も気に入っている。
「セルトリアは、中の原に住むクレイジーな魔法使い。ブラッディ・パウルたあ、あっ、俺のことよ~!」
そう言いながら大見得を切る。
やんやの喝采だ。
「ブラッディ・なんとかって言ったらさ、普通相手の返り血を浴びて血塗れになるのよね? 全部自分の血なんだけどいいの?」
ベアトリクスが聞いてきたのは、聞こえなかったことにした。




