ネズミ退治の成果
約束の二週間が経った。アドルフさんに成果を報告しないといけない。
ベイオウルフは門番の仕事で時間が取れないので、ベアトリクスと二人で昼食後の報告になった。午前中は私もマルセロさんのお店に行き巻物作りを手伝っていたので丁度良い。
「お店に戻らなくてもいいの?」
「平気、平気。ちょっとくらい遅れたって大丈夫よ」
あんた、たまにベイオウルフの爪の垢を煎じて飲みな。
町長室に通されると、アドルフさんが出迎えてくれた。
「お久しぶりー!」
相変わらず自由なベアトリクスが能天気に挨拶する。
ソファを勧められたので、それでは、と座る。
既に座っているベアトリクスは見てないことにした。
ひとしきりネズミ退治の話をした後、町長は私達の成果を聞いてきた。
「随分と頑張ったのう」
「悪くないでしょ?」
ベアトリクスが豊かな胸をはる。私も胸を張りたかったが……なんとなく止めておいた。
二週間の私達の成果は、六回出動、六十六匹退治、一日の最高退治数十五匹、獲得報酬合計は金貨一枚に銀貨十三枚になった。一枚とはいえ金貨を稼いだのだ。三人で割っても、成人したばっかりの私にとっては大変な額だ。
因みに、ベアトリクスのお給料は月金貨一枚と銀貨十枚らしい。
うーん。高給取りね。
「どう合格?」
前振りの世間話も何も無く、気になることをずばり聞く。
「いいだろうな。合格だ」
よっしゃ! 通過した。
「てことは、来週は北の森の水源地に行けるわけね」
「そうだな。ある程度準備を整えてから行くと良い」
準備を整えなきゃいけないって、そんなに危ないのかぁ。ベイオウルフは衛兵隊の装備があるからいいとして、私とベアトリクスの装備なんて、ハンスさんに貰った中古の楯と一七五の会の麻袋しかない。幾らするんだろう。武器の値段なんか分かんないや。
「準備って、一体何を準備すればいいの?」
「それは、ハンスやマルセロに聞いてみればいい」
「分かった、そうするわ」
ベアトリクスは簡単に返事をすると、出されたお菓子を頬張っている。
随分と簡単なやり取りなんだけど大丈夫なのかな。
「聞きたいことがあるんだが、いいかな?」
「いいわよ。何?」
「ネズミの大きさは変わらないかな? 他と比べて大きいやつとかは、いなかったかな?」
「測ったことないから、正確には分かんないけど、見た感じ同じね」
ふむ、とアドルフさんは、なにかを納得したようだ。
何の事だかさっぱりわからない。
「それと、もう一つ。下水道で虫は見るかな?」
下水道の虫と言うと、ごきぶりとか、げじげじとか、なんか嫌な虫しか思いつかない。
ベアトリクスがこっちを見る。
全然気にしていなかった様だ。
「たまに見ます。気持ち悪いから、松明の火で追いやってますけど」
「大きいのはいたかの?」
大きいのと言うと……どのくらいかな。別にびっくりするようなのは見た覚えがないけど……。
「見て驚く様なのは、いなかったと思います」
「なにかあるの?」
とたんにベアトリクスが食いついてきた。
「ネズミは何を食べると思う?」
「残飯かな?」
「他には思いつかんか?」
そうか、分かった。
「虫ですね」
「ほう、分かったようだの。言ってみなさい」
ネズミは虫を食べると聞いた。そのネズミが減りすぎると虫が増える。しかし、下水道では大きくなるものが出てくる。
アドルフさんにそう言うと、良く分かったの、と褒められた。
えっ? てことは、ネズミを退治し過ぎると駄目って事? 虫が大きくなっちゃって、ネズミ退治どころか虫退治しなきゃいけなくなるの?
ごきぶりやげじげじと戦うのは嫌だなあ。
「では質問じゃ」
おほん、とばかりにアドルフさんが畏まった。
「ネズミの数が多い場合と少ない場合、どちらが大きくなると思う?」
「そりゃあ、少ない方でしょ。餌をより多く食べられるんだから」
正解じゃ、とアドルフさん。
「なら次はどうかな? 大きいネズミと小さいネズミは当然大きいネズミの方が強い。ならば、大きいネズミがいるか、それとも小さいネズミがいるか予想するにはどうすれば良いか?」
「なるほどね。餌が、と言うか、住む環境が適しているかどうかね。だから、餌は多い方が、もしくは大きいほうが、ネズミはより大きく強くなる。が正解でしょ?」
ベアトリクスの頭の回転の速さについていけない。
正解じゃ、の声にベアトリクスが胸を反らす。
「魔王軍に属している奴らはともかく、野生の魔物はそうやって判断していくのだよ」
「そっか、わかったわ。ありがとう。今度からは虫の大きさにも気を付けるわ」
なんか、本当にお爺ちゃんと孫みたいね。この二人。
「じゃあ、明日はネズミ退治に行ってもらうとして、来週からしばらくの間は、週にネズミを二回と森へ一回の割合にしようか。今の調子ならそれで大丈夫だろう」
「よっし! 頑張るわよ」
私はさっき感じた疑問を口にしてみた。
「ネズミは沢山倒さない方がいいのでしょうか?」
さあどうだろうな、とアドルフさんは、首を捻った。
「良く分からんのだ。なにせ、ネズミが激減した事は過去に例が無い。普段は配管の中に隠れているらしいからな。なので、このところ、変化がない程度に退治しとる。一回で退治する数が多ければ回数を減らしても問題はないだろう。少なければ回数を増やせば良い」
「つまり、私達は衛兵隊が三回行ってたとこを、二回行けば良いって意味ですか?」
「そうだな。それで丁度いいと思うよ」
あれ? それって、私達が衛兵隊より優秀って事のお墨付き?
ハンスさんに自慢しちゃおうかなあ!
「あんた、今変なこと考えたでしょ?」
あら、何のことかしらね。えへへ。
「要するに、衛兵隊は退治するネズミの数を加減してたってわけね」
「ほう、気づいたか」
「そりゃあ、分かるわよ。何十年も前からやってるはずなのに、たった二週間で私達が追いつけるほうがおかしいわよ」
あれ? そうなるの? なんだ、ハンスさんに自慢し損ねちゃった。残念だわ。
「でもなんでそんなことをしてたんですか?」
わざわざ、手加減する必要なんてないわよね。回数減らせばいいなら、まとめてやっつけて、後は他の仕事すればいいんだから。
「正確には、手加減ではなくて調査だな」
「なんの調査?」
アドルフさんは、ニコニコと私達を見ている。
あっ、もしかして……。
「まさかとは思いますが、週に何匹倒せばネズミが大きくなったりしないかの調査ですか?」
今までの話から、なんとなく思いついたことを言ったんだけど……。
「正確には、何匹程度しか退治できなければ、見かける虫の数や大きさに目立った変化が出るのか、だな」
やっぱり、そうなんだ。
「ベアトリクス? アドルフさんに私達が魔物退治屋をやりたがってるっていう事を最初に話したのはいつ?」
「へっ? 年明けてすぐくらいかな?」
「調査を始めたのはいつからですか?」
恐る恐る聞いてみると予想通りの答えが返ってきた。
「年明けてすぐくらいかの」
つまり、私達がやりやすいように配慮しててくれたって事か。あらかじめ退治する目安を作っておいて、達成出来たら次に進める様に……。
優しい……。なんか、震えてきちゃった。
「衛兵隊も知ってたの? それ」
「そうだな。ネズミ退治は不人気だからな。他の者が代わってやってくれるのであればと、賛成してくれたぞ」
ハンスさんも協力してくれていたんだ。他の人達も皆……。
って、あれ? おかしくないか?
ベアトリクスも同じ疑問を持ったようだ。
「ベイオウルフも知ってたの? それ」
アドルフさんはニコニコしている。
ベアトリクスと二人顔を見合わせた。
「規約違反だ!」




