第六話 その先へ④
選ばれた子とは、持って生まれた資質が非凡で正に天才と言える存在なのだそうだ。女神様に選ばれた存在なわけだ。歴代英雄がそうなんだろう。
「そうですね。かく言う私も天才と呼ばれていましたから」
「やっぱり、そうなんですね」
そりゃあ、そうだろう。伝説の八人なんて言われてるんだから。
「でも、それだけです」
「そ、それだけ?」
英雄と呼ばれようとして、一体どれだけの人が命を落としたのか。各国の本命は皆勇敢で優れた方達だった。ヘンリー様もロバーツ様も、それが分っているからこそ魔王討伐の最後の瞬間に立ち会う事が出来た事を、そして無事に討伐した事を、運が良かったと言うのだろう。
「ええ、それだけです。それよりも、もって生まれた資質が平凡だったにも関わらず、他者に選ばれ助力を得、そして私達英雄と呼ばれる者や魔王と互角の戦いをする。その様な特性を持つ選ばれる子の方が遥かに人間として……いや、この島に住む生き物として優れていると思います」
「はあ」
そう言うものなのだろうか? 確かに、私は色々な人に助けて貰った。精霊達に色々な加護を貰ったり影響を受けたりして、魔力や魔法防御が上がった。疫病対策だって、色々な人達の協力があったが故だ。
精霊達には、ジャンヌがジャンヌだからそう言った事が可能だと言われた。その意味は、私が選ばれる子と言う事なのだろうか?
「私は、私達八人が英雄の中の英雄と呼ばれ、出身地だけではなく白い島全土で伝説となっている事を知っています。しかし、それだけでは、ただの魔物退治の得意な者でしかない。決定的なものが不足していたのです」
女神様の教えの第一である共存共栄。これを実現しようとする者は、ある意味魔族と正面から戦える恵まれた資質を持って生まれた者では駄目だとガヴァン様は言う。敵対する者の魂をも救うべきだと本気で考える者でなければならないのだそうだ。
「私達は、ディアナ様に献策するために、どの様な人物に光の魔法を授けるべきかを相談していました。ご存じだとは思いますが、光の魔法の使い手は凡そ200年に一人しか出現しません。私達の仲間の次の代の使い手を一代目としたら、ジャンヌ司教は二十代目になります」
二十人か。試行錯誤の連続だったんだろう。狙いが狙いなので神職を中心に託宣と言う形で光の魔法を授けたのだが、ディアナ様の意向で何もかもを伝える訳には行かなかった。なので、対象を見つけるには一本釣りによる人選をし、その者にライトを授けたらしい。始めの十人くらいは、資質の有る十代後半の者、つまり選ばれた子を狙い撃ちしたそうだが、何故か上手く行かなかった。黒石に辿り着けなかったそうだ。元々黒石でさえ秘術だ。在処が簡単に分かるものではなく、唯一水竜が護っている黒石の存在だけが分っていた。しかし、あれはアンチ・セプシスに対応する黒石だ。ライトの魔法を最初に覚えたとて、関連付けが難しいはずだ。
魔力のうねりの関係で高い資質を持った子が産まれ育つ二千年や千年の区切りの年代には特に期待したらしい。神官である以上、魔物退治や悪霊退治で名を馳せる者は多かったが、共存共栄を強く推し進められる人物を引き当てる事は出来なかった。
「それで、考え方を変えたのです。魔族や魔物を含む白い島に住む様々な種族と誼を通じる可能性の有る人物を狙う様にしました」
その結果、体力的にも魔力的にも平凡な資質の者が多く含まれるようになった。しかし、平凡であるが故に世に出る事が無かった。中には、若くして病を得た上に光の魔法の使い手として残されんがためにレヴァナントになった挙句南北の諍いに巻き込まれて滅ぼされた人、モランディーヌで冤罪により破門された挙句悪霊になった人、生きながらにして強制的にレヴァナントにされた挙句自ら放ったピュリフィケイションで自爆した人の様に、敵対する者を打ち倒すことが出来ない平凡な資質だったが故に非業の死を遂げた人もいた。
「ジャンヌ司教は、色々な意味で丁度良かったのですよ。まずは、この島の比較的中央部で生まれ育ったにも関わらず、大陸から渡って来た血が余り流れていない血統の持ち主でいらっしゃる。故に光の魔法を授かりやすい。そして、貴女がお産まれになったセルトリアは、光の魔法の使い手としては先代にあたるウィリアム初代国王が様々な精霊と誼を通じていらしたお国柄です。特にウィリアム公が誼を通じた水の精霊が住まう中の原湖やドライアドの森の近くでお生まれになった。地理的な意味では、ライトに対応する黒石が眠るグリフィス王の墓所近くだったのも大きい。しかも、良き師匠に出会い、幼いころから魔法の鍛錬を行うと同時に、共存共栄の精神について十分な薫陶をお受けになられた。その結果、魔物退治屋になってもご自身が関わった魔物退治の後に人間と同様に丁寧に祈祷を上げて魂を送られていらした。そして、魔王軍に大量に編成された結果、ほぼ魔物として扱われていたゴブリンと何ら問題無く誼を通じられた。様々な種族の生き物が、それぞれに関わり合いながら、この島で生きて死ぬ。それらがどう言う事なのか、そしてそれが共存共栄にどう繋がるのかを俯瞰的に見る力を養う環境が揃っていたのですよ」
だから私は光の魔法を覚えたらしい。
ただの偶然の様な気もするが……。
「偶然ではありません。それら全てが繋がった事が奇跡なのです。選ばれるべくして選ばれたのではなく、まるで魔法が貴女を選んだように自然と光の魔法を覚えたのです。そして今、貴女は超上級魔法使いとして、今ここにいらっしゃるのですから」
確かに、今ガヴァン様が言った事の全部が繋がるのが奇跡的な確率である事は間違い無いな。
「そして、貴女は教会所属施設の孤児院でお生まれになった。その分、ディアナ様にとっても見つけやすかったらしいですよ」
今の話からすると、私は生まれた頃から古の英雄達の注目を浴びていた事になる。しかし、同じ世代の大体十年間くらいの幅で候補者が数十人はいたらしい。セルトリアの特に中の原が注目されていた事は事実だが、手分けして白い島の北から南まで念入りに見ていたそうだ。ガヴァン様は他の候補者と同様に私を観察する者として、数年に一回程度私を見に中の原に来ていたらしい。ただ、一切関与しない。単に観察するだけだ。問題が見受けられた場合は、候補から外したのだそうな。
「貴女の観察は楽しかったですよ。例えば、中の原マドンナの連続八位記録保持者であるとか。絶妙な選ばれ方ですよね?」
クスクス笑っている。て言うか、そんな事まで知っているのか?
「ええ。貴女は有名人ですから。私が中の原に行った折に、何もしなくても貴女の噂話は聞こえてきましたからね」
「くっ!」
くそお。聞き捨てならないな。どうせ、有る事有る事言いふらされていたのだろう。
ちょっと、こっち側の人間までクスクス笑わないでよね!
「そして、ディアナ様がジャンヌ司教に新しい魔法をお授けになられる時に、不意に脳裏に光の魔法であるライトが浮かばれたそうです。そう言った事は滅多に無いそうで。ましてや、光の魔法では皆無だったそうです。これは魔法が自らの使い手としてジャンヌ司教を選んだのではないか、そう思われたそうですよ」
その結果、私はライトを覚え、私の担当者であるガヴァン様以外の伝説の英雄達による観察は終わった。
うーむ。光の魔法が私を選んだのか。しかし、不意にディアナ様の脳裏にライトが浮かんだって……、結局、良く分からない話になってしまった。ディアナ様にもう一度お会いする機会があったとしても、聞いたってご本人も分からないだろう。もしライトに聞けば教えて貰えるなら、何故私を選んだのかを聞いて見たい。
「何故、その様なお話をして下さったのですか?」
ガヴァン様も神官だ。何か意図があるはずだ。
「この先に進もうとするジャンヌ司教に知っておいて欲しかったのです。光の魔法の使い手が、この先何をすべきかを」
魔族との共存共栄……。ごく僅かなのかもしれないが出来始めていると思う。だがその前にここまで来たきっかけが一つある。
「湿地の巫女とフィオナと、私達は三人でテスタメントを発動しました。その結果、魔王を洞窟に封印してしまったのです。でも、それは望むところではありませんでした。魔王には本来いるべき場所に帰って貰うだけで良かったんです。ですから、この先に力をお持ちの方がいらしたら、第一にそれをお願いする積りです」
ガヴァン様は、唖然とした様に私を見た。そして、魔王を見た。魔王は、いかにもバツの悪そうな表情で頷くと、すぐにそっぽを向いた。なんかいたずらがバレた子供みたいだ。意外と可愛いじゃないか。
「そうなんですね」
「はい」
なんか不味かったかな。
「良く分かりました。と言うか、今ようやく分かったのかも知れません」
なんか急に晴れ晴れとした笑顔になったし。何が分かったのか、私にはさっぱりだが。
「何故、ジャンヌ司教が選ばれる子なのか。魔王をも道案内に従えてここまで来られたのか。そして、私達に何が不足していたのか」
「はあ」
「ジャンヌ司教、お礼を言わせて下さい。今の私は神官としての初心に帰った思いです」
頭を下げられてしまったが、私には全然分からない。
「では、この部屋での第一幕は終わりです。次は、第二幕ですね」
「へ? 第二幕?」
「はい。最初にお伝えした通り、私はジャンヌ司教とその仲間たちがこの先へ進むための判者の一人です。進みたければ、私と戦って倒して下さい」
「え? そうなるんですか?」
「はい。そうなります」
「でも、魔法が使えないんじゃ」
「はい。使えません。でも、神聖魔法を使えたとしても、皆さんにはなんらダメージを与える事は出来ません。ああ、幽霊と魔物の方達がいらっしゃいました。でもその三人だけです」
「じゃあ、どうやって戦うんですか?」
「私は、棒術と体術の心得があります。ですので、もし私の要望が受け入れて貰えるのであれば、最初はお一人とだけで魔法抜きで戦って下さればありがたいのですが」
対戦相手の一番手はヴィルになった。ボニーに庇われた事もあるし、魔法が使えない。であれば残っている者ではヴィルが適任だ。双方長物を獲物とし、体術も得意だ。良い勝負になるだろう。
双方獲物を手に挨拶をした後、後ろに跳び下がって間合いを取った。かなた伝説の英雄であり、こなたヘンリー様や院長先生と言った今に生きる元英雄達の薫陶を受けた者だ。油断や隙があろうはずがない。双方腰を低くしてすり足でジリジリと間合いを詰めた。共に獲物の先を相手の喉元に突き付けている
不意に、ガヴァン様が、右足を大きく踏み込んだ。半身と言うか、手に持った杖を体に巻き付ける様に左に半回転させて背中に回した。右の肩越しにヴィルを見ている。杖の根元を持った右手をヴィルから見て後ろになる左肩に回し、杖の中ほどを持った左手は右腰の後ろに回しているから杖の先は斜め下を向いている。
ヴィルは、少し間を取った後、前方に小さく飛び、一気にガヴァン様の頭を狙って槍を突き入れた。
それに対してガヴァン様は、更に回転すると共に、右手を高く掲げる事によって、ヴィルの槍を弾いて狙いを逸らし、同時に高く掲げた右手を頭上でくるりと回して杖を旋回させて一気にヴィルの頭を狙った。
ヴィルは、逸らされた槍を一旦斜め前に捨てて、右に転がり一撃を避けると、片膝立ちになった。その時には槍を拾って構えている。とベイオウルフに教わった。
「お見事! 良くぞ私の杖を躱しましたね」
「私に杖との対戦をご教授下された方が同じ技を使われていたので」
答えたヴィルがゆっくりと立ち上がる。
「もしや、ジャンヌ司教をお育てになったカトリーヌ司教ですか?」
「カトリーヌ司教をご存じなのですね」
「存じ上げております。あの方と練習していたとは。これはやりがいがありますね」
こんな所で院長先生が出て来た! しかも、伝説の英雄に認められている感じだし。やっぱり、天才カトリーヌはどこか違うんだ。もし数十年遅れて生まれていたら、院長先生こそが光の魔法を覚えたんじゃないか?
その後も、二人はからからと何度も打ち合い、外し合い、持久戦の様相を呈して来た。室温は寒くはないが温かいわけでもない。それにも拘らずヴィルの顎から絶え間なく滴り落ちるものがある。対してガヴァン様は汗一つ掻いていない。魔物との対戦で最も気を付けるべきは持久力戦にしないこと。そう教わった。しかし、ヴィルの攻撃は全て躱されている。無論、ガヴァン様の攻撃を全部躱しているからこうなったのだが。
「不味いな」
ベイオウルフが呟いたその時だ。
執拗にヴィルの足を狙っていたガヴァン様の杖が遂にヴィルの左膝を捕らえた。
「ガキン!」
岩を殴ったんじゃないかと思う様な音が響き、ヴィルが一瞬よろめく。オールマイティ・ガードをかけているから骨折とかはないと思うが、痛いだろう。よろめきはしないが少しだけ態勢が崩れた。ガヴァン様は、その隙を逃がさずくるりと回した棒でヴィルの右頭を叩き、更に一気に前に詰める。と、棒を目の前に取り落とした。風に見えた。ヴィルが穂先を使って地面に転がった棒を遠くへ飛ばそうと槍を下げた。
「いかん!」
ベイオウルフが舌打ちをする。
すっと瞬間移動したかの様にガヴァン様が間合いを詰めると同時にヴィルの槍の上に立ち、そのまま顔面に右足で回し蹴りを入れ、吹っ飛んだヴィルに圧し掛かって、ヴィルの首に両手を当てる。すると、一体、どうやったのか、ヴィルがくたっとなった。一瞬で気絶したのか?
「あの誘いに乗った時点でヴィルの負けだね。視線と注意を棒に逸らされてしまった。しかし、あれだけ巧妙にやられたら、私も引っ掛かるな」
これこれとベイオウルフに解説して貰う。その解説を聞いたガヴァン様がニコニコとこちらを見ている。
「私の勝ちですね?」
すくっと立ちあがったガヴァン様が判定役の魔王に言う。
「気絶したな。相手方の戦闘不能により、ガヴァンの勝利とする」
判定が出て、ヴィルの負けが決まった。でも気絶だ。良かった。首を落とされていたら助からなかった。神官だけあって最後に加減しくれたんだ。