第五話 潜入④
魔族が言うには、テスタメントを発動されてしまった以上は、発動者が死ぬか、魔王との戦いに勝つかしなければ洞窟外には出られないそうだ。それは、魔王も同じで、つまり洞窟内に封印された事になる。ある意味、そのまま戦わなくても良いと言えば良いのだが、発動者は手持ちの食料を食べ尽くして飢え死にしても負けらしい。発動者が生きて外に出るには魔王に勝つしかない。
魔族が盛大にため息をついているところを見ると本当だろう。
確かに、テスタメントは魔王を封印するための魔法だと聞いてはいた。しかし、発動者まで封印されるなんて聞いてないぞ。
外界がどうなるのかは知らないらしい。ただ、変化があるとは思えないそうだ。単にこの洞窟から出られなくなるだけだと言っていた。
「ま、今二層にいる奴が発動者だろうよ。この俺様がそいつらをぶっ潰してやるからさ、それまで待ってろよ」
グルグル巻きが言うな!
「そうかい。じゃあ、しょうがないねえ」
「ホーリー・オーバー・フロー!」
反射板付き八斉射を頭に放つ。次いで心臓、もう一発心臓。ネコの石の効果で素早く後ろに跳び下がると、二人の轟雷が魔族を捕らえた。
最後はフィオナが白銀のナイフで喉を掻き斬ってくれた。
倒した後は、そうそうにお弔いを上げる。魔族は塵の様に崩れて消え、ロープだけが残った。
最初の一撃で気絶したはずだ。貴重な情報提供者に対して、可哀そうと言えば可哀そうだが、どうせその気になれば復活できるし、おまけに長く苦しませずに倒せたと思う。
「このまま魔王と戦わなきゃいけないんだ」
送った後で石から出て来た巫女がため息をついた。
戦力は三人だ。しかも攻撃の主体は魔法だ。現英雄は確かに様々な魔法を駆使して魔王を倒した。しかし、ロバーツ様は魔王討伐後の英雄達の演武の際に愛用の白銀の槍を持ち、最後はホーリーとこれだ、と言った。白銀の槍なら兎も角も、ナイフ一本で、あの魔王に勝てるのか?
「わ、私が姿を隠して喉笛を狙います。二人は、なんとかして魔王が油断する様に気を逸らして貰えないかな」
フィオナの声が裏返っている。手が気刻みに震えている。事の重大さを認識したのだろう。止めはフィオナが差すしかない。責任重大だ。
「それがね。私らが姿隠してても魔王には通用しないんだなあ。フィオナも知ってるでしょ? 前会った時にあっさり見つかったの」
そうなのだ。完全合体していたにも関わらず、あっさりと魔王に看破された。副魔王にもバレなかったにも関わらずだ。
「じゃあ、どうすれば……」
当然の疑問だ。普通に戦って勝てる相手ではない。
「会いに行くだけ行って、話しをしてみよう」
「話?」
巫女の声まで裏返ってしまったが、他に方法が無い。
「魔王となんの話するの?」
「テスタメントについて聞いてみようと思うの」
「魔王に?」
「うん」
教えてくれないかも知れない。知りたければ自分で調べろとか言って突き放されそうだ。
「宣託の内容からしたら、光の魔法の使い手は魔王と対決しないといけないはずよね?」
「そうだね。そう聞いた」
「対決ってなんだろう?」
普通に考えたら決闘になる。二層の魔族も発動者が魔王と戦って勝たないと封印の解除は出来ないと言っていた。でも、殺し合う必要があるのか? もっと平和裏に解決できるんじゃなかろうか?
「話し合いじゃないと思うけど」
「うん。それは分かるわ。だから、対決の方法をどうするかを相談するの。出来れば殺し合い以外で」
「魔王と?」
「そうよ」
「ぷっ!」
なんか知らんが、いきなり巫女が吹き出した。
「あはははは!」
「え? 何? どうかした?」
「うふふふふ」
フォオナまで笑い出したぞ。冗談ではなく、大真面目に答えてるんだけどな。
「分かった。じゃあ、そうしよう」
「そうね。そうしましょう」
「え? あっ、二人共いいの?」
「いいよ、いいよ、ね? フィオナ」
「はい。ジャンヌの考えで良いと思います」
「あ、ありがとう」
なんか知らんがまとまった。まあ、いいや。
魔王の所まで行くとなると、三層と四層を突破しなければならない。魔族も倒した方がいいだろう。二層の魔族は戦って勝つとか言っていたし。多分、三層と四層の奴も同じだろう。
ご飯にはまだ早い。しかし、魔力は大分使った。ディアナ様に貰ったお酒を飲んで魔力を回復したら三層にチャレンジだ。
「三層はムシが出るんだよね?」
「うん。森の攻略よ。木がたくさん生えてるし天井も低いからお椀じゃなくてお皿にして飛んで行こう」
「分かった」
カモフラージュ、マジック・リフレクション、そして、お皿を冷やして、いざ出発だ。
「ライト!」
腹這ったままで目一杯のライトを唱え、壁を消す。ある意味懐かしい地中の黒い森に向けて出発だ。
姿を隠す飛行術と闇を見通す目。これだけあれば魔王の復活する洞窟であれど怖くない。急ぐ必要はないので、ゆっくりと祠探しに勤しんだ。
「これが三層か。ムシが沢山いるね」
「本当。あれって蛾の魔物かなあ。葉っぱに乗っているわ」
二人は三層に来るのは初めてだ。て言うか、こんなにのんびりした三層攻略は、私も初めてだが。
「池には気を付けてね」
「ノーザン・グラムの湿地で沢山湧いてた頭が二つあるヘビがいるんだっけ?」
「エングリオの洞窟にはいたのよ。カエルが沢山いるから大丈夫だと思うけど警戒はするに越した事はないから」
「池や湿地の近くはご法度だね」
「うん。迂回しよう」
いないとは思うが、万が一って事がある。ヘビと二つ頭は複数いた場合区別しにくい。いきなり水が飛んで来て撃墜されたら大変だ。
池や湿地の上を通過しない分移動に手間取り、予想以上に時間が掛かる。三層って本当に広かったと実感した。特に奥行きがあり過ぎる。ゆっくりと山とか池とかを迂回して一番奥まで行って、少しずらしたルートで帰って来たら二時間近く経ってた。四分の一も済んでいない。
「これは、四層に降りて行く塔の入口見つけても、魔族と戦うのは明日だね」
「仕方ないかなあ。時間あるし、ゆっくりやろうよ」
「私とフィオナはいいけど、ジャンヌは水と食事が必要だよね? 大丈夫?」
元々それなりの食料はある。おまけにディアナ様に頂いたパンとお酒がある。何と言っても、飲食が必要なのは私だけだ。ただ、ディアナ様のパンとお酒は追加効果が有るかも知れない。パンは三人で食べたら四食分、お酒は十杯分貰った。なので、例えば各層の魔族との戦闘前か後の様な体力と魔力の補給が必要な時に三人で一緒に食べたり飲んだりして、水とその他の食料については私だけが飲み食いする事で話がまとまった。
休憩は塔の中だ。安全のためにお椀を維持出来る時間内に戻って来る事にした。尤もお椀を冷やすためのフリーズ……フィオナの霊術だから氷だ……はしょっちゅうかけた。正直面倒だが、以前不意を打たれて墜落した味方の救出をやった時に苦労した。今は私達だけだ。池の中に落ちたりしたら大変だから、安全第一にした。
因みに、雷の上級を放って貰ったのだが、アリは出て来なかった。
そんなこんなで焦らずのんびり探索し、五回目の出撃で遂に祠を見つけた。結局、本当に丸一日かかり、三層探索二日目の朝……だと思う。正直言って良く分からない。私の腹時計を基準にしたので曖昧だ……に三層の魔族に挑む事にした。
魔族に対しては完全な奇襲を狙った。三人の完全合体、冷やしたお椀による移動、カモフラージュ、オールマイティ・ガードで姿を隠して接近し、背後から巫女の狙いによる私のオーバー・フローの連射で両足に向けて初撃を加え、動きが鈍った所で移動してお椀を解体、強化用のオーバー・フローを放ちながら轟雷二人分をかまし、追撃で八斉射に轟雷の同時発射で動きを止め、最後はフィオナが白銀のナイフで喉を掻き斬って止めを刺した。
二人に石に入って貰い、魔族を送って作戦完了だ。
二人に出て来て貰い、ディアナ様のお酒で乾杯する。
「フィオナ、お疲れ様」
「やったね! もう手慣れて来たね」
「また勝ったね!」
あっさりと勝った。私にとってはまっ暗闇の中での戦闘になるから、三層で一回練習した。
塔内で動きだけを何度も繰り返して体に覚えさせた。その上で、羊皮紙にライトの魔法陣を描いて木の枝に括りつけ、それを発動させてムシを集め、オーバー超上級の連続技を放った。勿論、練習ではフィオナの止めは無しで、ナイフを抜いて体から抜け出したところまでだ。標的にしたムシ達はバラバラになってしまった。
「やっぱ、私達って最強だね」
三人だけで三層まで突破した。被害は全く無い。ここまでなら、伝説の八人より凄いんじゃなかろうか?
「次は四層だね。探索だけでも済ませられるかな?」
四層は入り組んではいるが三層ほど広くはない。多分、一層と同じかちょい広いくらいだろう。
「私、前回一人で出口見つけたのよ」
あの時は、最強の斥候フィオナの頑張りで英雄達を塔に送り込めた。牽制が魔獣たちを
引き付けたのもあって、見事英雄達はナンバーワンと魔王との連戦に打ち勝ったのだ。
「四層はね、通路が狭いし空飛ぶ魔物も沢山いるの。魔獣だからちょっとした変化にも敏感に反応するでしょ? でも、木や草が生えていないから身を隠す事もやり過ごす事も出来ないし。だから、飛行術よりも壁抜けした方が早いし安全よ。相手が魔獣なら攻撃されても幽霊には当たらないしね」
「じゃあ、私とフィオナで手分けして偵察に出て、ジャンヌには休んでて貰おうか?」
「うん。それでいいと思うわ」
えーと、私は一人で留守番か? 正直言って怖いんだが。それに、ライトで壁を消して送り出すまではいいが、その後で壁が元に戻ったら連絡が一切取れなくなる。大丈夫だとは思うが、斥候に出た二人に何かあった場合、救出できなくなる。
「じゃあ、交代にしよう。最初は私ね」
と言うわけで、四層偵察の一番手は経験者のフィオナになり、巫女と私がお留守番をする事になった。
ライトで四層への出口になるはずの壁を消す。壁から前進して四層に出たところで、フィオナが超上級のビジョンでカモフラージュし、私がダークで、更に巫女がウインド・バリアで蓋をする。蓋の内側からなら外が見えるから、帰って来たフィオナが霊術で青白い炎を吹き上げたら解除すれば良い。一回目の偵察が終了したら中に入って休憩だ。もし、ダークやウインド・バリアの継続時間が過ぎても帰って来なかったら、巫女が捜索に出る。そう決めて、フィオナを送りだした。
フィオナが帰って来たのは、ダークやウインド・バリアの維持に少し余裕があるくらいだ、本当に丁度良い頃に帰って来てくれた。
「見つけたわ!」
素晴らしい!
「流石は最強の斥候ね!」
「これが経験者ってやつかあ!」
前回と言い、今回と言い、フィオナって本当に凄いや。
フィオナ曰く、四層はざっくりと言って、四角形の区画を縦に三つ並べた様な形をしていて、その区画同士が真ん中にある一本の通路で繋がっている構造になっているのだそうだ。
「だから、中心の少し横を、壁を抜けながら真っ直ぐに進んだら、一番奥の区画に辿り着けるの」
奥の区画のどこかに最下層に繋がる搭の入り口があるから、後は横にひたすらに壁抜けを繰り返すと行き着くらしい。
うーむ。素晴らしい。私なんかエングリオで完全攻略に参加したが、そこまで見抜けなかった。片っ端から瓦礫にしていたせいか、構造なんて覚えていない。
「でもね、一つ問題があって……」
「問題?」
「何?」
ここまで来たら、問題なんて全部解決しちゃおうじゃないの。
「さっきも言った様に区画を繋げる通路があるんだけど……」
「一つ目にベヒモスがいて、体が大きいから通路との隙間がほとんど無いの。だから、私や巫女は何とかなるけど、ジャンヌは通れないかも」
「ベヒモスね。うんうん……って、ベヒモス? イノシシの化け物の?」
「うん。前もいたよね?」
「頭は一個? それとも二個?」
「え? 一個だけど。二個あるのもいるの?」
どうやらエングリオにいた新型じゃない。
よくよく聞いてみると、前回の魔王討伐戦やフィニスで倒した従来型の様だ。大きさも十分で、横幅もたっぷりあるらしい。
「ベヒモスって、有名な魔獣だよね?」
湿地の巫女は見た事が無いらしい。まあ、普通はそうだろう。魔王の復活する洞窟とフィニスにしかいないはずだ。
「通路で寝てた?」
「うん。いびきかいていたかな」
やっぱりそうか。定位置だな。きっと地中にでっかい魔石を埋めているのだろう。一体、どこで調達したのか知らないが、魔王も厄介なのを持って来たな。一瞬、氷の島へ跳ばしたのを連れて来たのかと思ったが、あれは二つ首があった。別物だろう。まさかと思うが、フィニスで倒した奴のつがいとかではなかろうな。
「戦う? Bランクだよね? やれないことは無いと思うよ」
巫女の言う通りだろう。四層の魔族は一番手だ。かつての格付けでも四番手だから上級魔族の幹部クラスだからランクはAランクになる。全力を出せば倒せるだろう。しかし、その後が大変だ。ベヒモスを倒して、魔力が切れてしまった場合、私はただの足手まといになる。魔獣の群れの只中から簡単に脱出出来るとは思えない。ベヒモスと四層にいる魔族との連戦なんて猶更無理だ。ちょっと考えた方がいいぞ。




