第五話 潜入②
念のためにと腰に差してきた白銀のナイフをフィオナが抜いた。私と巫女は神職である以上刃物を持っての戦闘は許されていない。フィオナは、私との合体を解くと、魔族の首筋に突き立てて、ぐいと捻って完全に止めを刺した。わざわざ合体を解いたのは、私に刃物で攻撃させないためだろう。優しい娘だ。
三人で一層の魔族幹部を倒した。
ボスオークが上級魔族を連れて来るとフィオナに聞いた時、塔の最下層で待伏せしようと決めた。完全な不意打ちをしたかった。
溜まり場に潜入し魔族が来る時に奥側の扉が開くのを待った。後はすれ違う様にして扉を抜け、フィオナの案内の元に塔の最下部まで降りた。そして、椅子の斜め後ろで待ち伏せをした。
念のためにセンス・ライビングを掛けて、塔内に生き物の反応が無い事を確認する。全く反応が無い。当面は安全だ、
「フィオナ、お疲れ様」
自らが止めを刺した魔族の傍らでぺたんとしゃがんでいるフィオナの所に行き、声を掛けるとナイフを捨ててしがみついて来た。手が震えている。
「勝ったわね。私達だけで倒したのよ」
「うん……」
「頑張ったわね。もう大丈夫よ」
抱きしめてあげる。上級魔族に止めを刺したのだ。
「やったね!」
巫女が飛びついて来た。三人で輪になる。
「オーバー超上級四連発ってのは効いただろうね」
強化型四連射轟雷二発に反射板付き八斉射二発だ。しかも不意打ちだ。
「初手が二人の轟雷だったのが効果的だったのよ」
上級魔族の初手は大体雷の魔法だ。エレノア様は、それが最大の攻撃力を持つ魔法だからだと説明していた。しかし、四連発轟雷二発分に勝る魔族の一撃を見た事が無い。もっとも、全部で八発分だから見た目が凄い。でも、それを差し引いても、前回の四天王ナンバー・ワンの雷以下ではないと思う。ましてや、今回の対戦相手は前回の七番手以下だ。自分の最大攻撃力を上回る雷を食らったのだ。きっと、心が折れたに違いない。
「本当?」
「本当よ。だって、私がオーバー・フロー放った時って、オールマイティ・ガードを解除してたんだから。相手が動揺してなきゃ放つ前に気付かれてたわ。でも、全然避ける素振り無かったし」
「じゃあ、私達もきっちり成長したんだね」
成長も何もオーバー超上級だ。しかも、これからも成長する可能性が大だ。正に最強だ。
「フィオナなんか止めまで刺したしね。私ら出来ないし」
「いや、あれは……。ジャンヌの魔法で決まっていたわよ」
「いやいや、首はやっぱりやっとかないとね。ねえ、ジャンヌ?」
「そうね。喉か頸骨はしっかりと斬っとかないと。兵士や斥候の経験者は皆そう言っていたわよ。神職は出来ないから、フィオナがいてくれて助かったわ」
「うふふ。ありがとう」
改めて喜びあった。何と言っても、たった三人で上級魔族を倒したのだ。誇ってもいいだろう。
一旦二人には石に入って貰い、ホタルで照らしながら祈祷をして魔族を送る。塵のように崩れて消えたのを確認して、三人合体に戻す。
魔族幹部を倒したせいか、巫女はテンション上がり目で、対するフィオナは脱力気味だ。
「フィオナ、大丈夫? 疲れた?」
「え? ごめんね。なんか上級魔族倒したら安心しちゃって」
なるほど。緊張が緩んだんだな。気持ちは分かる。
「ジャンヌ、交代で一人ずつ休もう。私もフィオナも轟雷放ったし、ジャンヌだってオーバー超上級四回使ったよね?」
その通りだと思う。戦いに勝った興奮で気付かないが、実際は巫女や私も結構疲れているはずだ。
「そうね。ここで休もうか。最初はフィオナが休んでね」
「ここで?」
「うん。ここはね、さっき倒した魔族の居場所なの。だから、上で何も起きなければオークも来ないわ。二層の魔物もここには簡単には入って来ないはずよ」
あのベヒモスでさえ遠慮していた。一層にいるオークの様な人型が報告する必要でもなければ入って来ないだろう。
「じゃあ、休ませて貰ってもいいかな?」
「いいわよ。でも、ここの安全確認だけしておくからその後でね。疲れてるのに悪いけど、カモフラージュだけかけて貰える? 私がマジック・リフレクションかけるから」
「うん」
ビジョンとオールマイティ・ガードは流石に無理だからな。
安全なはずだが確認は必要だ。ホタルで照らしながら塔内を探索すると、今まで入ったのとは構造が違う。二層への出口が無い。正確には、それらしい跡があるのだが壁になっていた。白銀のナイフで切り付けても傷が付かない。
「これって、もしかして例の壁?」
そうかも知れない。
「ちょっと、偵察に行って来ようか」
巫女が申し出てくれたのでお願いした。
ホタルを消して、代わりにフィオナに青白い火の玉を一個出して貰う。そして、巫女が合体を解いて壁に向かって行った。
「通れないね」
やっぱりそうか。
確か魔王の洞窟は、構造そのものは一緒のはずだ。ただし、各層を繋ぐ塔の位置は毎回変わると言われている。過去の攻略の経験を少しでも役に立たない様にするためだろう。ライトと飛行術を使って大々的な偵察を始めたのはつい最近だ。真っ暗闇の中、迷宮や森を探索するなんて魔王討伐の名目がなければ誰もしたがらないだろう。
今回の塔は、今までにあったパターンかどうかは知らないが、魔王が光の魔法の使い手対策に作ったのだろう。一体、どれだけの魔法制御力を持ってるんだろうか?
「隣の壁はどうかな?」
今まで入った搭は、扉の横は単なる石の壁だった。抜けられるはずだ。
「無理。この先は岩盤だね」
右腕が肘まで埋まった状態で言ってきた。
岩盤……。出入り口の構造が全く違う。塔が二層の壁の奥深くにめり込んでいるのか?
念のために上の方を調べて貰ったのだが、やはり岩盤だった。つまり、壁の向こうは長い通路が存在する事になる。今までとは明らかに違う。ちと、話が違う。ただし、やはりここに魔物が入って来るとは考え難い。魔力が足りない状態で打って出るよりも、ここで休む事にした。
右手をフィオナに預けて、白銀のナイフで壁に切り付けて貰ったら、傷を付けられなかった。ライトで照らそうかとも思ったが、壁の向こうに強いのがいたら大変なので、そのままにして休憩を優先した。
合体を解いて、階段の下で輪になって座り、水筒のワインを回し飲みする。ディアナ様に貰ったお酒は、今日の分はディアナ様の所で飲んでしまった。パンは体力を回復してくれるらしいが、今は魔力が低下している状態なのであまり意味が無い。魔物からは姿が見えない状態なので、交代で休んだ方が良い。最初に、明らかに疲れているフィオナに石に入って休んで貰う。カモフラージュは解除されるが仕方ない。巫女と私で見張る事にした。蝋燭を一本立てて火を付ける。燃え尽きたら二時間だ。とりあえずフィオナに二時間休んで貰う。蝋燭は三本あるから、二番目が私、三番目が巫女、の順で休む事にした。
「ねえ、ジャンヌ、ここどこだろう?」
フィオナが石に入ったので、巫女と二人で干し肉を齧りながらの話になった。
「多分、魔王が復活した洞窟だと思うわ」
「じゃあ、メディオランドにいるの?」
「そうだと思う」
ヘンリー一行の調査では、魔王が復活した洞窟の入口は白銀の剣でも魔法でも傷を付けられない壁で塞がれていた。きっとここだろう。
「じゃあ、私達で魔王と対決するの?」
「それよりも、一層の壁を消して外に出ない?」
外に出ればメディオランドの斥候がいる砦に行けるはずだ。そうしたら、とりあえず安全な場所でゆっくりと休憩できるし、何と言っても援軍を呼べる。英雄達は駄目でも、英雄候補は各国にいる。各地での戦闘が無いのであれば、即魔王討伐に動けるはずだ。
「そうだね。そうしようか」
賛成はしてくれたものの、何となく浮かない表情だ。
「何か、気になる事があるの?」
「ん? そうね。テスタメントってさ、何だったんだろうなって」
それは、私も大いに気になる。
私の体から意志が独立して精霊が産まれるはずだ。にも拘らず、どこにも生まれた気配が無い。ディアナ様に会えたのは、もの凄い事だとは思う。魔法も教えて貰ったし。ただ、あれは、私がテスタメントの発動者として相応しいかどうかの確認とか言っていた。元に戻ったし。仮に、あの場で精霊が産まれていたとして、私がここに来る理由が分からない。もっとも、唯一の情報と言って良いゲルマナの発動時は、魔王がいなかった。なので、何か根本から違う可能性もある。
結局、テレポートみたいなものだったのか?
あれ? テレポート?
「ねえ、書簡送信用の魔法陣で外と連絡とってみようか?」
「出来るの?」
巫女の疑問は当然だ。光の魔法でなければ消せない壁で閉鎖されている空間は、基本テレポートが通じない。そんな事が出来るのはノームくらいだ。ノームの場合はトランスレートかも知れんが。
「相手はエレノア様でいいよね。とりあえず、三人共無事だって送るわ」
「そうだね、ここがどこだかはっきりしないもんね」
羊皮紙の切れっぱしは沢山持って来ている。それと、魔石を混ぜたインクとペンもある。簡単に要点だけ書いて魔法陣に乗せ、合言葉を唱えた。
「光らないわ」
もう一回やってみる。
同じだ。魔法陣が光らない。つまり、発動しない。テレポートは使えないわけだ。という事は、壁を突破するしかないわけだな。
「どうしようか?」
「そうね……」
巫女と二人で腕を組んで考えた。
一人二時間の交代を三人分とった後、ご飯にする。朝ご飯は夜明け前に済ませてあったので、お昼ご飯にはちょっと遅い。くらいのはずだ。私のお腹の空き具合からして、午後の休憩時間くらいの可能性もある。いずれにしろ、魔力を回復するお酒はまだ飲めない。半日以上ある。なので、出来る事を優先的にやる事にした。
「じゃ、行こうか」
三人が完全合体して湿地の巫女のお椀に乗って上昇する。姿は隠していない。上に上がると後は徒歩だ。二人の霊力で私の体が青白い炎に包まれているので、照明は十分だ。あえて目立つ様にした。
そのまま、溜まり場へ突入した。
ボスオークを含め、場が騒然となる。今までの事があったせいか、皆逃げ腰だ。その目の前に魔族の剣をガランと放り出した。それを白銀の錫杖でガンガン叩くと火花が盛大に散った。
オーク共は呆然となっている。
溜まり場には、ボスオーク、門番役であろうトロルが一匹、オークがニ十匹くらい、そしてオーガが三匹いた。
最初に気を取り直したのはボスオークだ。剣を抜いて、なんだか叫んだ。ボスをやっているだけの事はある。
命令を受けたのだろう。トロルが雄叫びを上げながら両手を大きく振り上げた。この辺りも、流石はトロルと言うべきだろう。ヘタレのサイクロプスとは違う。
こうなると、可哀そうだが仕方ない。片膝立ちになって錫杖を足元に置くと、左手をトロルに、右手をボスオークに向けて雷を一発ずつ放った。とても初級とは思えない轟音と共に黄色い光が放たれると、両者の肩を貫いた。
バタンと、二匹ともその場にぶっ倒れて、ビクビクと痙攣している。こう見えてもオーバー超上級だ。敵ではない。
トロルの後ろに隠れていたオーガが逃げ遅れたのか、トロルのぶよついた脂肪に足が挟まってもがいている。丁度良い。そのままの状態で近づいていく。オーク共は恐れをなしたのか、後ずさりして道を作ってくれる。錫杖の先をオーガの角に当て、ホーリーを放つとぽろっと角が折れた。引きつった顔をしているオーガのもう一方の角に錫杖を当てる。巫女に任せてあった左手が勝手に動くと、背後に向かって雷を放った。私は後ろなんか一切見ずに、二本目の角を折って角無しにする。
振り向くと、ひっくり返ったオーガがビクビクしている。背後からファイアー・ボールでも放とうとしたんだろう。相変わらず姑息な奴だ。オーガはもう一匹いる。こそこそとオーク共の後ろに隠れているのを見つけ、雷を放って痙攣させた。
足が挟まって苦しんでいる角無しを助けてやらないといけない。フィオナが右手でクランプ・サンドを放って角無しを救出している間、巫女が左手で痙攣させた奴にフリーズをかけて凍らせ始めた。
一連のはったりは効果が有った様で、オーク共はすっかり大人しくなった。トロルの下敷きになった角無しの足をモルドで治してやったのも大きいだろう。角無しは、私にお礼を言うかの様に何度も頭を下げて来たので、頭を撫でてあげた。
言葉が通じないのが残念だが、オーク共の戦意をくじく事には成功した。溜まり場の出口を指差し、あごで指し示すと一斉に逃げ出した。
魔族の剣を巫女のお皿……剣を見せびらかすために斜めに傾けた……に乗せて移動する。右手に錫杖を持ち、のしのしと歩いたのだが、オーク共はどこかに逃げ散った様で何の障害も無く進めた。行先はテスタメントの魔法陣で跳ばされたところだ。あそこなら光の魔法が無ければ入って行けないはずだ。あそこで十分な休憩を取り、出直す事にした。
既に通った道のりだ。簡単に到着した。魔法探知でアラームの魔法陣を探り、見つけて使用不可にした。その代わり、魔物除けの結界を開けっぱなしにした二つの扉の前に描いておいた。これで、オーク共は来ないはずだ。そうしておいて、ライトで壁を消して中に入った。
休憩は、三人同時に入った。ここまで来て、襲撃されるとなったら魔王だけだ。それはもう仕方ない。それにあの魔王が寝込みを襲うとは思えない。そう高を括って、半ばやけっぱちでそのまま寝た。ただし、幽霊二人は憑りつく石を使わなかった。




