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清貧に生きる野良神官は魔物退治をしながらお金を稼ぐ夢を見る  作者: 兎野羽地郎
第六部 第三十四章

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第二話 テスタメントの発動② 

 さて、どうするか?

 四方八方真っ白けだ。それだけでは無い。上も下も真っ白けだ。おまけに、霊術も魔法も発動しない。


「仕方に無いわ。下手に動くよりも休憩しましょう」


 こう言う事もあるうかと、物入袋に一通りある。ボニーが持たせてくれた。


「一応少ないけど鍋も出来るわよ。それを分けて食べる? それともワインと街道クッキーにする?」


 鍋は特製の小さい奴で、今日のためにと、マチルダの旦那が作ってくれたらしい。お腹一杯に食べる訳じゃないのでこれで良い。皮袋に土台にする石と木炭も入っている。油もある。


「あはははは! ジャンヌといたら、なんにも心配いらないね! 折角だから鍋にしようか」

「遠征多いしね。一食分位はね」


 ヘンリー様とエレノア様が悪い。遠出する時は、基本無一文と野宿で終わらせる。私はちゃんと干し肉を持っているが、あの二人は現地調達だ。最近は、街道クッキー・デラックスを持ち歩いている様だが、どうせどこかでお土産に化ける。随行の三人が、干し肉やら鍋やら街道クッキーやらを持っているから何とかなるのだろうけど。


 ワンセット用意して火打石で火を付けて鍋を仕込む。辺りに良い香りが広がる。朝ご飯前だからお腹が空いて来た。お椀にワインを注いで乾杯だ。


「ここって、反対側なの?」

「そうだと思うけど……」


 フィオナは魔王の洞窟の真上の反対側に行った事がある。あそことは、ちと違う。


「でも、反対側って、こんなに真っ白けだっけ?」


 湿地の巫女の言う通りだ。今まで経験した反対側は、ある程度の空間があってその先に霧が広がっていた。でもここは、空間が無い。霧の中だ。でも、本物の霧では無いだろう。本物の霧なら自分の手も霧で白く霞むが、自分の手は愚かフィオナや湿地の巫女もはっきり見える。でも、やっぱり霧の中にいる様に思える。魔法で作った結界だ。


「もしかして、あれかな?」


 もう一つの可能性がある。


「何?」


 二人同時に聞いてきた。やや声が甲高い。きっと怖がっているのだろう。


「反対側を囲んでる霧の中、だからちょっと進んだら元に戻るかも」


 反対側に行く途中だ。方向が分からないからどっちが反対側で元の世界なのか分からないが、今まで見た反対側は、霧を抜けると元の場所に出た。ほんのちょっとの間だ。でも、ここは……。


「ねえ、二人はここにいて、私がロープ持って歩くから」


 物入袋には食べ物以外も入っているのだ。念のためと色々入れている。一時間用の小さい蝋燭数本と蝋燭立てもある。


「私が行こうか?」

「えーとね、私が行った方が良いと思うの」

「どうして?」

「ちょっとね、覚えがあって」


 デューネに出会った時だ。

 あの時もこんな感じだった。


「試してみたい事があるの」


 そう言ってロープの先をフィオナに渡すと、巫女も一緒に持ってくれた。


「何回かやらないといけないかも知れないから、そうやって持っていてね」

「分かった」

「はい」


 立ち上がって、息を深く吸い込む。しっとりと冷えた空気が胸の中に広がる。ロープの端をお腹に回して括りつける。途中で切れなきゃ大丈夫だろう。


「じゃあ、行ってくるわ」

「気を付けて」

「何かあったら、引っ張るんだよ!」

「分かった」


 方向なんて分かんない。適当だ。エレノア様は、判断に迷う時は危険な方に行けと言った。全く同意できないが、こういう非常時はその位の覚悟と勇気をもって行動すべきなんだろう。




 蝋燭に火を付けて、霧の中をてくてくと歩く。ロープの長さは大股二十歩だから体に巻き付けている分を含めても、普通股で三十は行けるだろう。とりあえず三十歩圏内の探索だ。


 数を数えながら歩く。三十歩を越えても全然ロープが一杯にならない。

 やっぱりそうか。

 四十歩でも大丈夫。

 五十歩を越えた所で元に戻った。真っ直ぐ歩いたのに、まるで左回りで歩いた様に、二人の左手側に帰って来た。


「ジャンヌ! 帰って来たんだね」

「大丈夫だった?」


 かなり嬉しそうだ。初めてこんな場所に来て心細かったに違いない。


「大丈夫よ。ここはね、それほど危険な場所じゃないわ。だから安心して。大丈夫だから」

「本当?」

「本当よ」


 デューネの結界と一緒だ。それに、女神様に授かった魔法を発動してここに運ばれたのだから、ここにいて命を落とす様な事は無いはずだ。




 とは言え、ずっとここにいても仕方がない。二回目のチャレンジは、女神様を讃える唱を詠いながら同じ事をやった。


 駄目だった。


 湿地の巫女に残って貰って、フィオナと二人で行ったが、駄目だった。


 いっその事と、ロープを物入袋に括りつけて三人で行ったが、駄目だった。

 置いて行ったものが全部あったのだから、よしとしよう。


「ちょと、休憩しようか」


 街道クッキー・デラックスを出す。今回は三つ持って来た。


「三つも持って来たの?」


 フィオナがびっくりしている。確かに三つは多いかも。


「うん。女神様に食べて貰おうと思って。私達はこれね」


 普通のやつも持って来た。私達はこれでいい。


 早速、開けて三人で一個ずつ食べる。


「んー、やっぱり美味しいわ」

「でしょう?」


 いつでも甘くて美味しい、街道クッキーだ。


「これってさ、ありがたいことに私はデラックスしか食べた事なかったの。でも、味は一緒なんだね」


 湿地の巫女だ。他国の人だけあって、普段は贈答用しか食べていないのだな。


「詰め合わせの数が多いの。普通はね、一個売りしてるのを買うのよ」

「へえ、そうなんだ」


 駅逓毎に一店舗だ。その駅逓独自の焼き印を押して貰う。デラックスは結構な数を詰め合わせていて、何箱かまとめて買えばコンプリート出来る。


「後ね、これ」


 白い島産ではあるが特上のワインだ。


「総大司教様に頂いたのよ」

「これも女神様にお供えするの?」


 湿地の巫女がごくりと生唾を飲み込んだ。残念ながら、これは飲まない。


「そう。これをここにおいてね、お祈りしてから行こうよ」

「そ、そうだね。女神様にお願いしよう」


 魚心あれば……と言うわけでは無い。ただで女神様におすがりするのはおこがましい。感謝の気持ちを捧げなければいけない。


 三人でお祈りした後、お供え物に背を向ける。女神様を讃える唱を詠いながら霧の中を歩き出した。




「止まって」


 五十歩を数えたのに、まだ霧の中だ。可笑しい。もしかして、迷ったか? ロープはまだ一杯にはなっていない。もしかして括ってあったのが外れたか?


「どうしたの?」


 フィオナが聞いて来た。基本幽霊は歩いている様で歩いていない。歩数を数えると言う感覚が無いのだろう。

 これこれと事情を説明する。


「じゃあ、ちょっと私がロープ見て来るね」


 湿地の巫女がロープを伝わって荷物の所へ行ってくれた。




「繋がってたよ。ここまでで、五十四歩」


 五十四? 巫女のいる場所から私のとこまでで五、六歩だから、六十歩くらい? 多くないか? ロープが延びる訳はないし、ノームがやった様に途中で空間を繋げているのか?


「試しに、もうちょっと歩いてみよう。私がここにいるからさ。お互いが見えるとこまで」

「分かった」


 五歩歩いて後ろを見ると、巫女の姿がはっきり見える。

 更に五歩でロープが引っ張られた。巫女の姿が少し霞んでいる。十歩だ。全部で七十歩を越えた。


「じゃあ、フィオナはここにいて。ここから少しだけ先に行くから」

「うん。気を付けてね」


 フィオナに蝋燭を渡す。火があれば少しは遠くへ行けるかも知れない。問題はロープだ。まだある。一体、どうなっているのか?


 疑問はあるが、更に十歩。八十だ。後ろを見るとフィオナが霞んでいる。蝋燭の火も見える。


「もう少し先に行くね」

「うん。気をつけてね」


 更に十歩。後ろを見ると、大分フィオナが霞んでいる。蝋燭の火はまだ何とか見える。もう、十歩……。百だ。


 抜けた! 霧が晴れた! 地面が土だ! 十分に明るい!


 しかし、元の場所では無い。どこだ? ここは。 

 と思ったら、前方に見覚えのある建物が……。


 正面に真っ黒い色の石で組み上げた長い柱が何本も並んだ通路があり、その奥に入口が見える。


 あれって、まさか、魔王の神殿?




 概ね百歩で霧を抜ける事が分かった。

 ロープを地面に垂らしてフィオナの元に戻る。


「抜けたわよ。小股で百歩ね」

「本当! 良かった!」


 飛びついて来た。余程不安だったのだろう。良かった良かったと半泣きだ。


 大声で巫女を呼び、抜けた事を話す。


「やりい! じゃ、荷物取りに帰ろうか!」

「そうね。ロープ垂らしたままにして、辿って帰ろうか」

「おっけー!」




 荷物は全部残っていた。お供え物も祭壇とかに置いたわけではないし、神殿が見つかったらそっちに捧げた方が良いので、持って行く事にした。

 床に垂らしたロープは特に異常もなく、そのまま巻きながら神殿に向かった。


 ロープの先っぽまで辿り着いた時はちょっと怖かったが、そのまま三人で手を繋いで霧に中に踏み出した。


 四十数えて霧を抜けた時は、三人で抱き合って喜んだ。




「魔王の神殿って、あんなだっけ?」


 湿地の巫女は魔王の神殿を見ている。


「違うかな?」

「似てるっちゃあ、似てるけどさ」


 女神様に授かった魔法を使って、魔王の神殿に辿り着くと言うのも、考えたら変な話ではある。でも、似てる。尤も、神殿の造りはどれも一緒かも知れないが。人間が作った託宣の神殿とは明らかに違う。ただ、魔王の神殿なら四層と繋がる搭の入り口があるはずだが、何処にも無い。霧に囲まれているだけだ。


「もしかしたら、女神様の神殿じゃないかなあ。だったら、いいよね」


 フィオナの言い分が自然だな。




「じゃあ、行こうか」

「そうだね。ここまで来たら、行くしかないよね」

「大丈夫?」


 そのまま、てくてくと歩く。


「あっ! 霊力回復したかも!」


 巫女が手のひらから青白い炎を出した。


「本当だ!」


 真似をしたフィオナも出せた。


「じゃあ、魔法も使えるかな」


 二人に当らない様に、しゃがんで水筒を床に置き、右手を向けてライトを放つ。水筒の影が地面に落ちる。


「出来た!」


 ホーリーを放っても出た。フィオナと巫女は初級の雷を飛ばした。


「やったあ! 戻った!」

「良かった。霊術が使えないのがこんなに心細いなんて思わなかった」


 フィオナが半泣きだ。抱きしめて頭を撫でるとしがみついて来た。


 迂闊に魔王の神殿なんて口走ってしまった私のせいだな。反省しないと。




 建ち並ぶ黒い石の柱の間を通り入り口の扉へ向かう。黒い石を積み上げて作った神殿の入り口には、何か獣の様な物の顔が彫り込まれている大きな鉄の扉がある。


 いや、違う。


「ねえ、ここ見て。やっぱり、魔王の神殿じゃないわ」


 輪っかをガンガンと打ち鳴らす獣の顔が明らかに違うのだ。


「これがどうかしたの?」


 巫女は気付かない様だ。


「前見たのと違うよね?」

「私、ちゃんと入り口から入るの初めてだよ。セルトリアの洞窟って壁無かったし」


 そういや、そうだったな。忘れていた。


「ごめんね。そうだったわね」

「いいよ。で、この模様が違うの?」

「うん。なんかね、獅子とか言う動物の顔だったの」


 フェンリルよりもフワフワと広がった鬣で、鼻もそんなに長くなかった。大口を開けて咆哮していた。


「ふーん。これは獅子って言うよりも鳥だね」

「鳥……。そうね。鳥ね」


 顔が丸いし、耳もあるし、嘴もあんまり長い感じじゃないから分からなかった。何かの魔獣かと思った。


「梟じゃないかな。耳があるし、目がやたら大きいよね」

「梟か」


 梟の紋章か。梟は知恵を象徴するとかって水竜の神殿のお婆様が言っていたな。

「良し、入ろうか」


 輪っかを持って、二回紋章にぶつける。ガンガンと金具同士が触れ合う音が響く。

 暫し、待つが何の反応も無い。

 もう一回やる。

 同じだ。


「誰も来ないね」


 フィオナが不安そうにしている。


「前もこんな感じだったのよ」


 魔王討伐戦の時に、ヘンリー様とエレノア様に引っ張って行かれた。あの時も、ガンガン叩いた。何の反応も無かった。


「それで、どうしたの?」

「勝手に入ったの」

「え?」


 フィオナがドン引きしている。

 普通に考えたら、そうだろう。しかしだ、魔族的には、中にいるなら呼びかけに答えない方がおかしい。こうなる。


「開けちゃうよ」


 両手でグイッとドアを押すと、ギイイイと簡単に開いた。




 中に入ると様子が違った。

 魔王の神殿の場合は、扉の向こうは広間があって、いきなり魔王が玉座に座っていた。

 ここは違う。お甚大のお屋敷の正面玄関と言って良い構造の部屋になっている。玄関の先には前室があり正面に扉がもう一個ある。

 扉は左右にもある。右手の扉の横には窓が付いている。窓を除くと小さな部屋がある。普通なら、扉をガンガンやったら、この部屋にいる使用人の方が出て来るのだろう。もしかしたら、外からは分からなかっただけで、部屋の中からは玄関に立つ者が見えるのかも知れない。


「どうしようか?」


 湿地の巫女が聞いて来るが、ここまで来たら躊躇しても仕方がない。


「正面よ。行こう」

「え? そ、そうだね」

「ジャンヌ、大丈夫?」


 保証なんか出来ないが、戻っても仕方ないしなあ。エレノア様じゃないが、行くしかないな。


 大きく深呼吸して、真ん中の扉をノックする。


 少し待って、何の反応も無いのを確認して、もう一回ノックしようとしたら、扉の方から勝手に開いた。


「入って来なさい」


 女性の声が聞こえた。

 だ、誰かいるぞ!


 湿地の巫女とフィオナがしがみついて来る。力が入っているのか、半分合体している。


「し、失礼します」


 扉を押し開き、中に入ると。真っ白な貫頭衣を着た若い女性が立っていた。

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