嘴付きの船
翌日、ベアトリクスとボニーと三人でネズミ退治に行くために、マルセロ商会に顔を出した。
作業場では、パウルさんとリュドミラが金属製の筒を前に話をしている。どうやら漕がずに進む船を開発しようとしているらしい。
「どうやって進ませるの?」
方法は二つ考えていると言う。
「風の魔法を使う」
「魔法は打ち消されるんじゃなかったっけ?」
ベアトリクスのファイアー・ボールは、簡単に消えてしまった。
「魔法は打ち消されても、一旦船が動き出したら魔法は関係ないだろう?」
確かにその通りだ。
「この間空を飛んだろう。あれと船をロープで結んで儂が霧の上を飛んで行く。船は水面だ。これなら打ち消されはしまい」
なるほど。霧の上を飛んで行く分には大丈夫そうだ。
「もう一つは?」
「固めた空気を少しずつ解放すれば、その勢いで船が進む」
「?」
この間水の上を滑走していた。その時、お椀の一部を解除しながら進んでいたらしい。
浮かんでいる時に魔法を維持できなくなった。仕方なく泳ぐ覚悟で徐々に解除したら、風が勢いよく噴き出してお椀が前に進んだそうだ。私達が目撃したのは面白くなって滑走している最中だった。
最後にお椀から落ちた時は、固めた空気がほとんど残っていなかったらしい。
「それは落ちるでしょう」
半ば呆れて言うと、形を工夫すれば大丈夫、と言っている。
「儂は必ず三回転、いや、四回転を成功させてみせるぞ!」
何やら妙に意気込んでいる。
「四回転は兎も角も、船の話はどうなったの?」
正直、私もパウルさんの趣味はどうでも良い。
「そうだそうだ、船の話だ。これを見ろ」
見せてくれたのは一本の金属で出来た筒だった。
人の背丈ほどの長さ、太さは胴体ほどだ。
一方の口は潰されて塞がれていて、もう一方の口は鴨の嘴の様に平たくなっている。嘴は閉じられているわけではなく、腕が入るくらいの隙間が空いている。
「何? それ?」
「青銅製の水道管だ。町役場の倉庫から引っ張ってきた」
「そんなの勝手に持ってきてもいいの?」
「なあに、死んだ親父が個人的に買っといたやつだから、今は儂のもんだ。石の水道管が傷んだ時の応急修理用に使うものだが、一本二本持ってきても大丈夫だろう」
床には五、六本転がっている。
本当に大丈夫だろうか。パウルさんが窃盗犯扱いされたら、私達まで引っ張られるかもしれないな。
「この筒が船を漕がずに進める新開発だ」
こんなもので?
「この嘴は何ですか?」
聞くと、嘴とは上手いことを言う、と褒められた・
「この筒に空気を圧縮した後、解放したらどうなる」
嘴が風を吐き出すだろう。
「あっ、そうか! 船に取り付けたら、風が噴き出る勢いで船が進むんだ!」
「その通りじゃ。上手く進まんかったら、風を起こして帆で受けても良い」
パウルさんの身振り手振りの説明を受け、船が前に進むということはなんとか分かったのだが……。
そう上手くいくのだろうか?
「ウィンドウ・バリアを使うんですか?」
「そのつもりだが、これが中々難しい」
指さす方向を見ると、所々に裂けめの出来た銅管が転がっている。ウィンドウ・バリアを解除した瞬間に破裂したらしい。
「じゃあ、どうするの?」
「クランプ・エアを使う。一回では力が足りんだろうから、両手で交互に少しずつ詰め込んで行く」
なるほど。私のホーリーも十回分まとめて放つことが出来ればマルセロさんのホーリー・ランス位の威力はあるだろう。
空気の塊を作っては押し込み、作っては押し込みして圧縮するらしい。ある程度詰めたところで蓋が出来れば出来上がりだそうだ。
「これが蓋だ」
取り出したのは粘土だ。
「この様に蓋をする」
パウルさんが粘土を嘴に詰め込んで魔法を解除すると、嘴はあっさりと粘土を吐き出した。
「どうだ。難しいだろう?」
何故自慢する?
「実験が上手くいった暁には、儂はこいつを、栄光の銅管、いや、栄光の嘴、と呼ぼうと思っとる」
そんな、大袈裟な……。
「あら、それはおかしいわよ」
全くベアトリクスの言うとおりだ。大仰にも程がある。
「嘴の名付け親はジャンヌなんだから、ジャンヌの嘴、が正しいわよ」
だから、どうしてそうなるんだ! 嘴を作ったのはパウルさんだろう!
「確かにベアトリクスの言い分には一理あるな」
いいえ、無理しかないですよ。作った人の名を取って、パウルの嘴、にするか、手伝った人の名を取って、リュドミラの嘴、が正しいですよ。栄光の嘴なんて最高じゃないですか!
「ジャンヌ、いいなあ」
「良いと思う? ならリュドミラの嘴にしようね」
「やだ」
この娘は……。
「お揃いだからなあ。どちらかの名前を取った方が良いよねえ」
ボニーは青銅管を撫でている。
あんた、何を触って言ってんのよ。言っとくけど私はそんなに固くないわよ。
結局、結果が出るまで名前は保留になった。
こうなったら何としてでも、私の名前を使うのは阻止しなければならない。
パウルさんはリュドミラと一緒に川で実験をするそうなので、ネズミ退治が終わった後に合流することにした。
ネズミ退治も不思議と調子よく、二十五匹退治出来た。記録更新だ。
アンジェリカさんが山賊達を手なづけたのを見習って、最近は毎日少しずつ鶏ガラを竪穴に放り込んで餌付けしていた。効果が出てきたのかもしれない。
残念ながら記録の二十六匹には届かなかったが、いずれ達成出来るかもしれない。
川に行くと、人だかりが出来ていた。
「来たぞ!」
皆が一斉に川下を見る。
一緒になって見ていたら、轟音と共に水柱が近づいて来た。
パウルさんだ。
船首は完全に宙に浮きあがっていて、船尾の方から沈んでしまいそうな位傾いている。
リュドミラが船尾に掴まっているのは舵を操っているのだろうか。後ろ向きなのに髪が全部後ろになびいているので、顔が全く見えない。
パウルさんがこっちに向かってガッツポーズをしている。
あっという間に水しぶきをあげて川上の方へ行ってしまった。
このままでは、湾曲部で岸にぶつかるんじゃないかと心配していたら、町を半分過ぎたくらいで減速して普通の船に戻ってしまった。
嘴に詰めた空気が無くなったのだろう。
早いのは良いが、あっという間だ。
そのまま、えっちらえっちらと二人で漕いでくる。
川岸に着くと歓声が上がり、パウル・コールが鳴り響いた。
やあやあ、と両手を上げてパウルさんが応える。
「流石はパウルだ!」
「見たか? あの速さ。水の上を飛んでいるみたいだったぞ」
「それよか、あの水しぶきだよ。随分と高く上がっていたなあ」
皆、興奮し口々に褒めている。
そこへリュドミラが船から降りてきた。
それまで船をバックにポーズをとっていたパウルさんが一転、人差し指を口元に持ってきて群衆を一旦静める。
「紹介しよう。今回の高速船開発の我がパートナー。中の原町公認農業研究者にして、マルセロ商会契約社員、今をときめく魔物退治屋一七五の会のメンバーでもある、リュドミラ嬢じゃ!」
誰がときめいているんだ。大袈裟な。
リュドミラが真っ赤な顔をしてお辞儀をすると、今度は盛大なリュドミラ・コールが沸き起こった。
流石にこれは無理だろう。こっちこっちと声を掛けると、そのまま走ってきて私の懐に顔を埋めてきた。
両袖で顔を隠してやる。
「さて、皆さん!」
パウルさんの演説は続いている。
「我らマルセロ商会が今回作り出したるは、この青銅の嘴!」
一本予備を置いていたのか、よっこいしょっと、起こすと、皆不思議そうに見ている。
「この嘴をば、あのように!」
と船を指さすと、舷側に一本の嘴が斜めにくっつけてあった。両舷合わせて二本だろう。嘴の部分は水の中に浸かっている。嘴のせいで船尾が重くなっているのか、ただ浮かんでいるだけなのに船尾が沈んでその分船首が浮き上がっている。
「あの様に船体に装着し、ちょっと工夫をするだけで、何と何と! 高速船の出来上がり!」
さあ皆さん御覧じろ! とたたき売りが始まったみたいだ。
「早いのはいいけどさあ、あの状態で皆が乗り込んで手つないで歌が歌える?」
ベアトリクスの心配する通りだ。とてもじゃないが落ちないように掴まっているだけで精一杯だ。
て言うか、乗りたくない。
「さて、皆さんにお聞きしたい」
パウルさんの叩き売りはまだ続いている。
「この魔法の嘴に、名前をば付けなければなりません。さて、ここで皆さんにお聞きしたい。この銅管を見て嘴と名付けたるは、中の原マドンナの一角、そこなジャンヌであります」
オー、と皆が私を見る。
話が変な方向になってきたぞ。
「私がこれを栄光の嘴と名付けようとしましたところ、ある者は、ジャンヌの嘴が良いと言い、またある者はこれをパウルの嘴と、いやいやリュドミラの嘴が良いと、それぞれに意見が分かれておりまする。」
今度は皆がリュドミラを見る。リュドミラは私の袖を顔に当てて隠れている。
「さて、皆さんにお聞きしたい。この画期的な銅管に名前を付けるとして、どのような名前が宜しいか?」
いかん、これは最悪のパターンだ。その証拠にベアトリクスが私を見てニヤニヤしている。
「さて、皆さん。手始めは、栄光の嘴から……、何? 大仰過ぎる? いや、これは手厳しい。では、お次はパウルの嘴では? 何々、オッサンはいらない? これはしたり、中の原の紳士諸君は辛口でございますな。では、リュドミラの嘴では? 何?子供の名前は可哀そうだ? 事故が起きたらどうすると? なるほど、なるほど。皆さん、お優しいですなあ」
ちょっと、待って下さい。リュドミラは十五歳ですよ。成人してますからね。リュドミラが可哀そうなら、同い年の私も可哀そうなんですよ!
「さあ、では残るはジャンヌの嘴のみ。これで決まりで宜しいかな、皆さん?」
いつの間にか、ジャンヌ・コールが起きている。見物のオッサン達は皆私を見て拍手を始めた。
待って下さい! 待って下さい! そんな、私の名前なんておこがしいじゃありませんか。これを発明したのはパウルさんなんですよ!
懸命に言い募るも、誰も聞いてくれない。
オッサン達は、皆、口々におめでとうと言ってくる。
なにもおめでたくはない。どうして、こうなるんだ!
「ジャンヌ。ランクインした有名税よ、諦めなさい」
散々に反対する私の耳元で、ベアトリクスがボソリと呟いてきた。それを聞き、がっくりと項垂れた私を他所に、遂に嘴の名前は決まってしまった。
パウルさんの話を聞いたアドルフさんは、二つの条件を満たせばお金を出してくれることになった。
一つは中級魔法で操作できること、もう一つは速度を押さえても良いからノンストップで隣村まで行けることだ。
やる気になったのはパウルさんだ。できなかったら借金で良いから金を出して欲しい、と交渉しその通りになった。そして、衛兵隊の工作所の二人が嘴の開発を手伝ってくれるようになった。
幾つかの試作品を経て遂に零号機が完成した。
当初の予定通り圧縮した空気を貯め込む方法に目途が立ったからだ。嘴の根元を細い肉厚の円筒にして、そこに二本のネジを埋め込んだ。ネジを回せば空気が出る仕組みだ。
後日、改良型の川船が完成した。
ジャンヌの嘴一号と名付けられたその船は、アドルフ町長立ち合いの元に進水式まで執り行わ、私も祭衣を着て出席させられた。
今後、二号、三号、と数を増やして中の原川の高速移動に使用し、ゆくゆくは王宮に献上される予定だ。
料金は普通の川船の三倍だ。距離を延ばすために速さを押さえても、人や荷物を載せて駅逓の倍の速さで移動できる。風の中級魔法使いが必要だが、例えば戦争や事故で引退を余儀なくされた魔法兵の新たな再就職先にもなった。
ちなみに、私は生涯タダで乗せて貰える。
支払ったものは大きいような気もするが、十分元は取れるだろう。




