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清貧に生きる野良神官は魔物退治をしながらお金を稼ぐ夢を見る  作者: 兎野羽地郎
第六部 第三十三章

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第六話 臨時大同団結会議

 無事に水槽付き岩小屋の素材は手に入った。材料さえ揃えば後はベアトリクスの仕事だ。

 元々、ベアトリクスが言っていた様に、一日二日で出来る様なものでは無い。なので、一人で伯爵のお屋敷に泊まり込み、コツコツと作業する事になった。何せ、四月になったら竜人と一緒に耐魔の資材作りをやってモランディーヌの囲いを完成させなければならない。残り日程は十日ほどだ。


 伯爵も手伝ってくれる……と言うか、多分ベアトリクスがやるよりは早いだろうし完成度も高いと思うが、教会から依頼を受けたのはあくまでもベアトリクスなので自分でやると言うしか無かったらしく、それを聞いたリュドミラが無償で応援したいと言い出した。三月は一応農閑期だ。やることはあるのだろうが、計画は既に出来上がっていて、関係者には説明済みらしい。四月まではベクティス島にいても問題無いそうだ。きっと、カーブを覚えたいのだろう。リュドミラの申し出は伯爵も喜んでくれて、島の農業指導を兼ねて招待される事になり、ベアトリクスと共に滞在費は全部みてもらえる事になった。




 二人が滞在するので、そのまま港で別れた。そして、そのまま帰国の途についたのだが、国境の関所に入った時点で国王様からの伝言がヘンリー様あてにあった。私を王宮へ連れて来いと言う内容らしい。呼ばれたら仕方ない。中の原へは寄らずに、直接王宮へ行った。




 謁見の間に行くと、セルトリア王都大教会長様、フィリップス様にハリス様が先着していた。


「ああ、ジャンヌ司教。貴方も呼ばれたのですね」


 目を合わせると同時に言ってきた総大司教様に挨拶をする。


「皆様がいらっしゃるという事は、黒腐病対策でしょうか?」

「何も聞かされてはいないのですが、恐らくはそうでしょうね」


 急な要件なのか? まさか、白い島で患者が出たとかじゃないだろうな。




 謁見の間に行くと、臨時の大同団結会議開くとの連絡が来たと聞かされ。セルトリア代表として、フィリップス様、ハリス様と私に参加して欲しいと言う話だった。


 大同団結会議は、今までに四回開催されているが、年に一回だった。秋だ。確か、一回目が九月で、二回目以降は十月にやっている。去年も十月だった。五回目と言うか四回目半になるのかは分からないが、半年たった四月に臨時と銘打ってやるらしい。きっと、黒腐病対策だ。間違い無いだろう。


 発信元はゲルマニアのテレジア様になる。そして、開催地もゲルマニアだ。テレジア様もなかなか度胸がある。この時期に黒腐病が発生している国からも学究の徒を招集する気だ。最悪、ゲルマニアが感染源になりかねない。

 テレジア様は、そういった状況を見越した上で、なお黒腐病が蔓延する前に早急に開催したい、と言って来たらしい。同時に、魔法水が効くのであればそれを会議の場で公表し、その上で輸送経路を含めた蔓延防止策を皆で協議したいのだそうだ。妥当な考え方だと思う。


「ローランドもそうなのだが、ゲルマニアと併せて両国ともにジャンヌが作る魔法水が大量に必要で、供与されれば自国が白い島への感染拡大の防壁になり得ると言っている。魔法水供与を引き出すための口上だとは思うが、あながち間違った事を言っているわけではない」


 つまり、国王様は、会議の場で魔法水を無心されるのではないかと心配しているらしい。正確には、会議に参加した学究の徒が一致団結して魔法水の供与元に矛先を向ける可能性を心配しているのだろう。


「北西海岸条約のお考えは存じております。教会としても戦争には絶対反対の立場。それに、軍隊の移動が疫病の蔓延を助長しているのは定説になっております。である以上は、国家、教会、そして会議参加者が団結し、東西リーベルに圧力を加え停戦を約束させ、然るべき後に本格的な魔法水の供与を開始するべきだと思いますが」


 ハリス様だ。流石は教会と王家の橋渡し役をやっているだけあって、上手くまとめている。


「大司教様、いかがかな?」

「ハリス司教のおっしゃる通りかと」


 国王様が聞くと即座に返事があった。既にまとめて来たのだろう。


「フィリップス司教、そしてジャンヌ司教。今聞いた通りだ。わが国としては、黒腐病蔓延防止策の一環として、手始めに教会と連携をとって、東西リーベルの一刻も早い停戦を求める事により、感染者の移動の危険性を大きく減らす事を訴えていこうと思う。何か存念は無いか?」


 無論、フィリップス様も私も異論はない。大体、途方もなく凶悪な疫病がすぐそこまで来ていると言うのに、戦争なんて言語道断だ。そんな為政者は真っ先に処刑するべきだ。


 それにしても、会議前にここまで突っ込んだ話をするのは今回が初めてだ。これは、メディオランドからかなり強く言われてるんじゃなかろうか。


「それから、国境や港の隔離について、各国で徹底するべきだとも言っておいてくれないか。まずは自国に感染者を入れないことが最大の蔓延防止策になるだろうからな。隔離の具体的な方法は、ヘンリー一行からの報告書に書いてある通りで良い。人間だけではなく、鼠や虫も対策をするのだろう? あれは多分メディオランドから発表されるはずだから、それについて我が国からも重ねて訴えておいて欲しい」


 それについても異論はない。ただ、それだけでは足りないのではないか。


「あの、よろしいですか?」

「何かあるか? ジャンヌ。遠慮なく言ってくれ」

「ありがとうございます。ではお言葉に甘えまして……」


 大陸では下級魔族の魔法を使った鼠退治は出来ないにしても、輸出前に毛織物なんかを虫よけ効果付き魔法水と虫寄せ水を使って処理する事は出来るはずだ。入り口での実施は無論大事だが、出口での処理も大切だと思う。人間は所詮人間だ。間違える。見落としなんていつもの事だ。それを一回でやり切ろうなんて言っても仕方ない。


「それは必要なのか?」

「はい。特に荷口が織物や毛皮の類の場合は、その荷口を輸出時点で洗浄しないと感染源になり得る蚤やだにと言った寄生虫が潜みますので。船員が着る衣服やベッドのシーツなんかは出口で処理できますが、荷そのものは木箱とかに入ってますよね? 船員が簡単に開けられるでしょうか? そう言った事を考えると、輸入時だけでは徹底できないかも知れません」


 ふうむと腕を組んで天井を見ている。白い島は羊毛の産地だ。そして、ローランド公国は羊毛を原料とした毛織物の一大産地だ。白い島の各国は、そこまで毛織物産業が発達していない。原料を輸出し、加工品を輸入している。白い島でも頑張って育成しているみたいだが、まだまだそのバランスは崩れていない。つまり、多量の布製品が大陸から輸入されて来る。特にローランド公国だ。


 暫し考えていたが、腕組みを解いてエバンス様を見た。


「どうだ、エバンス。交渉の種になるか?」

「なると思います。条件が付きますが」

「条件?」

「はい。処理をしたものでなければ輸入を認めないのです。そうしなければ徹底できません」

「誤魔化す者が出ないか? ごく普通の真水で濡らしただけとか」

「その国の発行する何らかの証明書類が必要ですね。公式の書類であれば疑うわけにはいきませんので」

「面倒だな。相手が飲むかな」

「飲まなければ輸入を認めなければ良いのでは。そして、魔法水の供与もしなければ良いのではないでしょうか」

「なるほどな。しかし、それを出汁に魔法水の供与を要求して来ないか」

「来るでしょう。ですので、メディオランドと相談しなければなりません。そして、メディランドの了解を取り付けたとして、エングリオやモランディーヌが承諾しないと意味がありません」


 考えてみたら大ごとだ。白い島の各国が足並みを揃えなければいけないのだった。

 ちっと、言いすぎたかなあ。


「ジャンヌ」

「は、はい!」


 かと言って、今更撤回は出来ないな。


「その件は、少々時間をくれないか。各国との協議が先だ。だから、今回の会議では発言を控えてくれ。他国が同様の発言をして、意見を求められたとしても、個人的な考えに留めておいてくれないか」

「はい。分かりました」

「うん。これは、フィリップス司教とハリス司教にもお願いしたい」


 お二人も巻き添えにしてしまった。


「では陛下。そこまでしなくても良いのではないかと、個人的に否定的見解を述べてもよろしいので?」


 ハリス様だ。真面目くさった風を装っているが、なんとなく目が笑っている様な気もするぞ。


「個人の見解だ。思うがままを言えば良い。それが原因で議論が起こるなら、それはそれで良いじゃないか」

「承知しました」


 なるほど。そうなるとそうなったで、全員参加の協議になるな。その方が面白いかも知れない。




 出発は四月の北東の森の回復が終わってからになった。フィリップス様やハリス様は先行して船で出発していた。私は私で例によって、ヘンリー一行のお椀に乗って合流予定のプライモルディアに先行して立ち寄った。


 四月も半ばを過ぎると十分に暖かい。柔らかい緑に覆われた山並みを眺めながら飛んで行った。その頃になると、大陸の情勢にも少し変化があったそうだ。道中、エレノア様が教えてくれた。東西リーベルが歩み寄りを開始したのだ。非常に良い事だと思う。ただし、西リーベルに、なんか我儘な大貴族が一人いて軍事行動を起こしているらしい。西リーベル国王の制止も聞かずにとある町を囲んでいるそうな。全く、そんな事をやっている暇があれば、自分の領地を黒腐病から護れば良いのに。対戦相手はローランド公リチャードらしく、苦戦が予想されるらしい。聞けば、ローランド公国からは随分と南に離れた場所らしい。わざわざ、そんなとこまで行って戦争をしているせいで、ローランドは魔法水の供与が受けられないそうだ。さっさと兵を引けば、魔法水の供与も受けられるはずなのに、防波堤が聞いて呆れるな。一体何を考えているんだ。




 プライモルディアに着くと、今回もヨーグ様とセルトーニュのジャンヌがいた。カドガン様やアンリ様もいて、直ぐに会議になった。


「ローランド公は現在最前線にいるのですが、西リーベル南部の大貴族の攻撃を受けて籠城戦を戦っている様です」


 どうして和平交渉をしないのだろうか?


「ローランド公としては和平を呼び掛けているのですが、上手く行かないそうです」


 何か逆鱗に触れた様で、聞く耳を持たないらしい。交渉の使者を送ったら、首だけ帰って来たそうな。


「黒腐病の方はどうなのですか?」


 こちらとしては蔓延状況の方が気になる。戦争をしている人間は救いようがないが、苦しむのは一般の民衆だ。


「それが、西リーベル南部では既に蔓延が始まっています」


 アンチェロッティ様の努力は実を結ばなかったか……。


「実は、そのアンチェロッティ神官が殺害されました」

「え?」


 教会所属の歴とした神官が殺害される? そんな事があっていいのか?


「何が起きたのか? そう言った詳しい事は分かりません。色々な事が取り沙汰されていますが、憶測の域を出ていないので、ここでは話をするのを控えさせて頂きます。ただ、その直後、一時的かつ限定的に港の入港制限が緩和されました。その結果、感染者が出て、そこから蔓延が始まった様です」


 なんてこった……。皆、憂慮はしていた。アンチェロッティ神官も命がけだった。魔法水の実験を一緒にやった。魔法水が黒腐病に効くと分かった時は、あんなに嬉しそうにしていたのに……。

 最前線で疫病と戦い、感染して死ぬかもしれないと思っていた。本人もその覚悟はあったはずだ。死ぬ事は怖くないと言っていた。常に信奉する神様と共にあるからだと。それが、事もあろうに殺害されるなんて……。一体、どこの馬鹿が、そんな事を……。別れてから半年も経っていないじゃないか。行動を共にした八人はどうなったのだろうか? まさか、全員殺されてしまったわけじゃなかろうな。




「現在東西リーベルの戦争に従軍している兵士は感染している可能性があるのですか?」


 エレノア様の言葉に我に返った。いや、正確には声じゃない。隣に座っているエレノア様は、ヨーグ様に聞く前に私の肩に手を回し、力を込めて握ってくれた。その感触で我に返ったんだと思う。


「大いにあります。何故なら、感染者が大勢出た南部の港町は傭兵の拠点でもあるからです」


 つまり、感染した傭兵が従軍している可能性があるのか?


「進軍は雪解けに伴う街道の泥濘化が治まった三月末です。そして、傭兵の募集は二月には始まっていたそうです。その頃には、既に黒腐病はその地に上陸していた。傭兵達は、黒腐病から逃げる事が出来、かつ稼ぎになる戦役への参加のために大挙北上したでしょう。事実、ローランド公リチャードの対戦相手は多くの傭兵を連れて来ています。当然、彼らが連れて来た輜重部隊も含めてです」

「まさか、その部隊内で既に被害が出ているとか……」

「公表は無論ありません。しかし、僕の手の者が集めた情報では、何らかの理由で脱落した兵達が一定数いるとの話です」


 なんて事だ。完全に感染源じゃないか。しかも周辺にばら撒く可能性がある。ローランド公はそこまで分っていて徹底抗戦しているのだろうと、ヨーグ様は言った。


「では、もしローランド公が敗退すれば……」

「その町は間違い無く危険に晒されます。そして、そこからさらに北へと蔓延して行く可能性があります」

「その町の場所は分かりますか?」

「ええ、地図がありますから」


 即座にセルトーニュのジャンヌが広げて見せてくれた。ヨーグ様の説明では、東西リーベルの戦争の結果、その町から北へ幾つかある町は、去年から始まった戦争で東リーベル軍が占領するところとなったらしい。その南北に長い地域の東には森が連なっている。そして、大きな川が流れていてローランド公国まで繋がっている。ローランド公リチャードは、その川の水運を利用して軍を運んでいるらしい。川の西は東リーベル王国だ。つまり、川を越えて東リーベルへ黒腐病が蔓延する危険を含んでいる。それどころか、一気に白い島の対岸に飛び火する恐れもある。


「今回の臨時大同団結会議は無論ゲルマニア公国が主催なのですが、ご存じの通りテレジア様は東リーベルの王のご息女です。自国だけではなく母国すら危うい状況です。何としても戦争を止めさせ、北西海岸条約によるローランド公国への魔法水の供与を再開させたいでしょうね」


 これはもう、緊急事態じゃないか!

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