第五話 原初の遺跡
原初の遺跡を探索する。
どうせなら皆で行こうと、ベイオウルフとヴィルの休みの日に合わせた。
パウルさんとロビンソンさんを含めて総勢八人だ。
ベイオウルフとヴィルがいるから四人漕ぎでスピードも出る。ベイオウルフは衛兵隊で渡河訓練を受けているし、ヴィルは身体を動かすことなら何でもできてしまう。
お弁当も用意した。女神様へのお供え物も買ってた。準備万端だ。
船を湖に浮かべ、ゴブリン達に見送られながら出発した。
秋らしく羊雲が空に浮かんでいる。少し風があるが、四人漕ぎの船なら問題はない。
霧は湖の真ん中ら辺に漂っているので、その中心目掛けて真っ直ぐに進んだ。
二時間ほどで霧の近くに到着する。打ち合わせ通りに私が女神様を讃える唱を詠う。
霧が出ているだけあって、なんとなく肌寒い。
皆緊張しているのか、漕いでいる四人以外は船の縁を握りしめている。
何故かリュドミラだけが船から顔を出して水面を見ている。
「リュドミラ、どうしたんだ? 魚でもいるのかい?」
「何もいないよ。水面を見ているだけ」
ベイオウルフが声を掛けるが、顔を上げもせずに返事をする。まあ、良いだろう。研究家は何か思う所があるに違いない。
そうこうしている内に、霧の中に突っ込んだ。
体にしっとりとした霧がまとわりつき、完全に覆われる。
随分と濃い霧だ。
辛うじて船の中が見えるだけで、辺りは真っ白だ。
上を見ると、太陽の位置すら分からない。
一年中こうなのか……。
今更ながら自然の霧ではないと感じた。
「何にも見えないわね。いつもこうなの?」
「前来た時もこんな感じだったぞ」
「これじゃあ、島があっても見えないわね」
「あっても無くても、どうせたどり着かん」
「分からないわよ。ジャンヌがいるし。お供え物も買ってきたし」
私がいるからと言って、何が変わるというわけでもなかろうが、現役神官が一人いるのは確かだ。
「あっ、霧が晴れて来た!」
半時間も漕いだろうか。寒くなってきた頃にベアトリクスが声を上げた。
前が明るくなり、私達を包んでいた霧は薄くなり、そしてお日様の暖かさが戻ってきた。
「島は見当たらないわね」
ベアトリクスの言う通り、遠く離れた岸辺が見える。
太陽は左手にある。霧の中に入る前は右手だった。
どうやらいつの間にか船は半回転したようだ。
言い伝えは正しかった。
「リュドミラ、何か分かった?」
詠唱を止め、未だ顔を湖に突き出し水面を見ているリュドミラに声を掛けてみた。
今度はこちらを向き腕組みをする。
「分かんない。でも、回ったのは船だけじゃないみたい」
どうやらリュドミラは、船端から木の切れっぱしを結び付けた糸を垂らしていたらしい。
木の切れっぱしを水に浮かべて観察していた。
リュドミラの言い分では、船だけが回転したのであれば船と切れっぱしの距離が変わったはず、らしい。
しかし、変わらなかった。
「きっと水面も一緒に動いたんだよ」
リュドミラの説が一つできあがった。
ならばと、霧の近くからは櫂二本で漕ぐ。
一本の櫂にロープを結びつけ湖に放り込み、それを引っ張りながら進むことにした。ロープは幽霊屋敷の屋上から吊るすと地面に着くだけの長さがある。
ロープの長さより狭い範囲で水面が動いているのであれば、ロープは船を跨ぐはずだ。
結果は跨がなかった。
ロープの長さより広い範囲で水面が動いているのか……。
他にも、船を固定する時に使う重しをロープに縛り付けて水中に沈めた状態でロープが捻じれるかどうかを試してみたり、霧の中を進む最中に進む方向を変えてみたりしたのだが、全て同じ結果に終わった。
どうも単純な方向転換ではない。
ボニーが投石紐で石を飛ばしたら、霧の中からこちらに向かって飛んできた。
テレポートではないか、との意見も出たが、私とベアトリクスが感覚的に違うのではないか、という意見を出した。なにせ二人共マルセロさんと一緒に何度も跳んでいる。目の前が一瞬真っ暗になる感覚がなかった。
女神様のお創りになった結界が凄いんだ、との結論になりかかろうとした時に、パウルさんが一言追加してきた。
「お前達、手つなぎ歌を知っているか?」
無論知っている。孤児院では良く歌った。お遊戯の時や遠足……と言っても、中の原川の河原に行ったり、正門の東の原っぱに行ったりする程度だが……の行きと帰りに皆で手を繋ぎながら歌った歌だ。
歌ってみろ、というので皆で歌った。
「窓から光が見える時
四つの門が口を開け 灰色の鳥が羽ばたいた
南の門では炙られて 北の門では水浸し
東の門では飛ばされて 西の門では埋められて
上から来たのは白い鳥 下から来たのは黒い鳥
灰色の鳥と手をつなぎ 手を離したらさようなら」
「この歌に原初の遺跡の秘密が隠されているという噂がある」
とんでもないことを言いだした。
昔から子供達が誰でも歌える唱、つまり大人も含めてほとんどの人が知っている歌に秘密が隠されていると噂されていると言う。
そんなものは、もう秘密とは言わないのではないか。
「良くおとぎ話にそんな話があるわよね」
ベアトリクスが笑っている。そりゃあ笑いたくもなるだろう。
「つまり、この歌の作者がおとぎ話の真似をしたということか」
ヴィル、逆だと思うぞ、それは。
「原初の遺跡は一つだが、偽物が三つあると言っただろう? 一つと三つを合わせれば四つだ。歌には門が四つあると歌われている。門が遺跡の入口だとすれば、数は合うと思わんか? その内の一つがここの遺跡かも知れんぞ」
「仮にそうだとして、歌にどういう意味があるの?」
「それが皆目分からんのだ」
意味がない議論のような気もする。
「遺跡が四つあるとして、ここの遺跡は水浸しになる北の門ですか?」
ベイオウルフの言い分には一理あるかも知れない。なにせ湖の真ん中だ。
「そうかも知れん。いずれにしろ、問題は一番最初だ」
「窓から光が見える時……四つの門が開くんですねぇ」
「そうだ、ボニー。門が口を開けるとは、門が開くことを言っているのだろう」
「じゃあ、窓から光が見える時にここにくれば中に入れるってわけね」
「ベアトリクスの言う通りだとは思うが、その時がいつなのかが分からん。窓とはどこのことかを含めてな」
皆が真剣になってきた。ベイオウルフを見ると、皆目分からん、とばかりに首を傾げている。
「おとぎ話に出てくるのは、何か宝物を決められた場所に置いた時に宝物が輝いて光が差すとか、夏至や冬至の時に石造りの遺跡の窓から朝日が見えるとかですよね」
その手のおとぎ話は良く読んだ。作者が実際の伝承にヒントを得ているのであれば、当たらずとも遠からずではないだろうか。
「窓から光が差すのだから、朝日が昇る時ではないのか?」
「夕暮れ時だって、ランプ灯したら家の窓から外に向かって光が差すよねぇ」
皆口々に言いだした。
「今のところ、何もわかっとらんのだ。歌が本当に秘密を隠したものかどうかすら、実は分からん」
堂々巡りだ。
「分かったかもぉ」
ボニーだ。
「水浸しになればいいんじゃないかなぁ。泳ぐとかさあ」
「それも試した。水の中を行って帰ってきただけだ」
若い頃、山の幸亭のご主人と一緒に、思いつくものはなんでもかんでも試したそうだ。
風の魔法で霧を吹き飛ばしながら進もうとしたらしいが、ここの霧はパウルさんの風の魔法でも動かないらしい。
物は試しとベアトリクスがファイアー・ボールを放ったら、霧に触れたとたんに消えてしまった。
「女神様がお創りになった結界だからな。簡単には破れんだろうて」
至極簡単な結論になってしまった。
「それはそうと、お供え物はどうしましょうか?」
神官としてはそれが心配だ。折角買ってきたのだからお供えしたい。
「ああ、それは大丈夫だ。筏を持ってきただろう。それにお供え物だけを乗せて霧の中に向かって流せば、受け取って貰えるぞ」
「?」
筏とは木の棒と板を組み合わせた人の胸の幅くらいの小さいやつだ。
パウルさんが持ってきてくれた。
時々教会の神官がお供え物を流すそうだが、帰って来ることはないそうだ。
実際に水に筏を浮かべてお供え物を乗せ、霧に向かって押して進めると帰って来なかった。
追いかけてみようか、と不信心な魔法使いが言ったが、追いかけたが追いつけんかった、とさらに不信心な魔法使いが返してきた。
いずれにしろ、お願い事を書いた木の札も一緒に乗せておいたのだから、受け取って貰えたらそれで良いのだろう。
あれっ? ちょっと待てよ……。
「手つなぎ歌なんだから手を繋いでみましょう」
孤児院でこの歌を歌う時は、先生達を含めて、皆で手を繋がなければならなかった。歌う時に手を繋ぐのではなく、手を繋がなければいけない時に歌うのだ。
「手を離したらさようなら、ですよね。手を繋いだらこんにちは、になりませんか?」
そう言えば手つなぎ歌だな、と皆頷く。
「なら、いっその事、皆で手を繋いで歌を歌いながら進もうか」
パウルさんの音頭に、そうだそうだ、と皆で盛り上がって、手を繋いでみて、ハタと気付く。
「で、誰が漕ぐのだ?」
ヴィル……。
あんたにだけは言われたくなかったかも……。
結局、私の会心の思い付きも、漕ぎ手をなくすと言う技術的な壁に阻まれ実現しなかった。
お弁当を食べながら作戦会議をする。
いっそのこと皆で手を繋いで泳ごう、という意見も出るには出た。しかし、そんな泳法は知らない。それに、船を捨てて皆で泳いでいって失敗だったらどうするのか、という慎重論も出た。風に乗って船が遠くに行ってしまえば溺れてしまう。
止むを得ず、この日は一旦帰り、改めて十分な準備をして挑むことになった。何を準備するのかは分からないが、パウルさんとリュドミラが何やら楽しそうに話していたので、何とかなるのだろう。
帰る途中は、残りの三つがどこにあるかも話題になった。
噂があるのは一つだけらしい。
滅びの都の神殿だそうだ。
広大な地下墓地があると言う話だ。
ここの門が北の門だとすると、恐らく埋められる西の門に当たる……。
皆、何となく納得した。
「そうだとすると、中心はエングリオとの国境になる。今のところ何もそれらしいものは見つかっとらんが、そのうち何か見つかるかも知れんな」
「中心には何かあるの?」
「こういうものは、何かが中心に埋まっとるのがお約束だ」
女神様が人間風情のお約束にのっかってくれるかどうかは分からないが、行ってはみたい。
「ロビンソンさんの国にはそういう言い伝えは無かったの?」
「何も聞いてないね。ついさっき初めて教えて貰ったんだよ」
手繋ぎ歌自体を知らなかったらしい。
「もしかして、セルトリアだけの話なんですか?」
「中の原の南に国境の森があるだろう? 他国ではあの森の周辺の者は知っとるみたいだ。セルトリアは初代国王が中の原の出だから国中の者が知っておるがな」
色々な地名を挙げて説明してくれた。
ふーん。
皆頷いたが、パウルさん以外は土地勘が無い者ばかりだ。盛り上がらない。その話題はそれっきりになった。
うやむやのままになってしまったが、この世には不思議な力があるということが分かっただけでも良いと思う。人はそういった力を恐れる。その恐れは、そういったものを含めて全てをお創りになった女神様への畏れになり、信仰に繋がる。
「やっぱり、女神様のお力は私達人間には計り知れないものがあるのでしょうね」
神官らしく上手くまとめようとしたのだが……。
「折角ジャンヌが結界を破る糸口を思い付いたのだから、次は必ず突破してやろうぞ!」
決意を新たにするクレイジーな魔法使いの言葉に皆が頷いたのは、見なかったことにした。




